第二百四十話 唯一無二
***
数分前——。
体育館入り口から少し離れた、武道場前。
葵と暮羽は向き合っていた。
霊刀を構える暮羽の背後に、
「久世の連中が何をしに来たのかしら?」
桃華。
葵はにっこり微笑んだ。
「私は紫苑お兄様が、
ちゃんと動くかどうかを見に来ただけです」
「それなら、どうして奏を人質にとったりしたのよ」
「そうですね……」
葵が口元へ手を当てる。
斜め上を見上げながら、思い出すように話した。
「懐かしくなったと言いますか……。
奏さんが、“葵さん、お久しぶりです!”なんて、
何の警戒もせず近付いてくるものですから」
葵はふっと口元を緩めた。
「少し、意地悪したくなってしまって」
「随分と性格が悪いみたいね」
「ふふっ。お互い様では?
先ほどは随分と派手に転ばせて下さいましたね」
「……久世葵」
暮羽の霊刀が青白く光る。
「久世紫苑へ加担はさせない」
「別に加担するつもりはありませんよ」
葵は肩口で切り揃えられた髪を手で払った。
「私はただ、御影篝がやられるところが見たいだけ。
……ふふっ」
葵の堪えた笑い声が漏れる。
「もう既にボロボロになっていましたけどね」
「あら。御影篝のことを嫌う女もいるのね」
「あの端正な顔が、余計に腹立たしいんですよ」
葵の瞳は、薄氷色に光っていた。
「私は、あの顔が崩れるところを見たいんです」
葵が手をかざす。
「だから——」
バキンッ!!
葵の掌から、一直線に。
暮羽へ向かって氷柱が伸びた。
「邪魔をしないで下さい」
「!?」
暮羽が目を見開く。
ガキィッン!!
氷柱と霊刀がぶつかった。
「硬い……!」
——だが、押せる。
バキンッ!!
葵の掌から放たれた氷柱が砕け散った。
葵が小さく舌打ちする。
「やりますね」
「……」
暮羽の視線が霊刀をなぞった。
氷柱と交わった刃。
自分の霊力が凍りついた様子はない。
先ほど身体を押さえつけられた時だけ霜が張った。
——なるほど。
少なくとも、
氷柱そのものに触れた程度では凍らない。
暮羽は目を細めた。
「……何か気づきました?」
「ええ。少しだけ」
葵の掌へ霊力が集まっていく。
「気づいたところで問題ないですけれどね」
瞬間。
バキンッ!!
放たれた巨大な氷柱。
狙いは暮羽ではなく——
「桃華様!!」
桃華は片眉を上げた。
掌を前へかざす。
「暮羽」
「はっ」
ブワッ!!
桃華の霊力が流れ込み、
霊刀が青白く輝いた。
暮羽が飛び出す。
そして——
ガキィンッ!!
霊刀を振り抜いた。
氷柱が真っ二つに裂ける。
砕けた氷片が宙を舞った。
「……ふん」
桃華が鼻を鳴らした。
「そんな程度で御影篝に張り合おうだなんて」
「……はい?」
「振られて当然ね」
「……何の話ですか」
葵の肩がわずかに上下する。
「久世葵。息が上がっていますね」
暮羽は霊刀を下ろし、葵を見据えた。
「その力、まだ使いこなせていないのでは?」
「……そんなこと……!」
「御影篝の共霊には、到底及びませんね」
「——っ」
その言葉に、
葵の顔つきが変わった。
「……誰と誰を比べているんですか?」
ウーウーウーウー!!
遠くからサイレンの音が響く。
だが、
葵は構わなかった。
「あの日の屈辱……!」
しゃがみ込み、暮羽を睨みつける。
「私は、一日たりとも忘れてないんですよ……!」
葵が地面へ掌を叩きつけた。
バキバキバキバキィィッ!!
凍結が波のように広がってくる。
「桃華様!!」
——『あなたがどうしたいか』
前に、桃華様はそう言った。
——桃華様を守る。
結局、私が選ぶのはいつもそれだ。
暮羽は迷わず桃華を抱え上げた。
しかし——
バキッ。
着地した足元に氷が絡みついた。
「っ……!」
暮羽の表情が歪む。
脛へ。
膝へ。
氷が一気に駆け上がっていく。
「暮羽!」
桃華が叫ぶ。
「あなたには、わからないでしょうね」
葵がかざした掌へ、
霊力が集まっていく。
「初めから、唯一無二ですから」
葵の額から、汗が滴った。
「ねぇ?燦宮桃華」
バキンッ!!
巨大な氷柱が形成される。
グワッ!!
真っ直ぐ——桃華を抱える暮羽の元へ。
氷柱が伸びた。
「まずい……!」
暮羽が霊刀を振り上げる。
間に合わない。
氷柱が目前まで迫った。
その時。
「おい葵⭐︎」
——ピタッ。
葵の指先が止まる。
氷柱もまた、静止していた。
「僕は帰るよ⭐︎」
その声は、
武道場の上から落ちた。
「……紫苑お兄様」
葵は真っ先に体育館の方を見た。
「御影篝は、処分したのですか?」
「お前は本当に篝が好きだね⭐︎」
「ご冗談を」
葵が嘲笑う。
「潰してないけど時間切れ⭐︎
警察とお喋りしたいなら、お前は残れば⭐︎?」
「……」
一面の氷が、ゆっくりと溶け出す。
暮羽は担いでいた桃華を地面に降ろした。
「てか別に僕は篝のこと狙ってないし〜⭐︎?」
紫苑は鉄槌を折り畳みながら続ける。
「それにこれ、リハーサルでしょ⭐︎?」
「……紫苑お兄様は久世についたと、蒼嶺お兄様に伝えておきます」
「ついでにさ⭐︎」
紫苑は体育館を指さして言った。
「天才が増えたって、蒼嶺に言っとけ⭐︎」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:7月12日15時
第二百四十一話 向き合う




