第二百三十七話 箱が開いた
紫苑さんは吹き飛んだ。
体育館の壁へ激突する。
「——箱が開いた」
篝くんの声が静かに落ちた。
……そうか。
箱は、僕自身のことだったのか。
はっきりと周囲の音が聞こえる。
視界がクリアになる。
感じる。
——颯を。
世界が戻ってきた。
いや。
前よりも——?
『柊!』
「……颯」
『戻ったんだな!?』
「うん」
懐かしい。
安心する、暖かさ。
だけど。
何かが違う。
その瞬間、
一閃。
青白い光が瞬いた。
「来る!」
ブンッ!!
咄嗟に頭を下げた。
紫苑さんの鉄槌が、鼻先を掠める。
ドォンッ!
背後の壁が砕けた。
「へぇ⭐︎」
紫苑さんが笑う。
「見えてるね⭐︎」
「ああ」
僕は床を蹴った。
バキィッ!!
紫苑さんの鉄槌と僕の拳がぶつかる。
「……っ⭐︎」
紫苑さんが後ろへ滑った。
体育館の床に靴跡が線を引く。
「やるじゃん⭐︎」
そう言った紫苑さんの瞳が、
わずかに暗く濁る。
『柊!変わるか!?』
「いい!!」
——右だ。
わかる。
やれる気がしたんだ。
颯と変わらなくても。
振り向きざまに拳を放った。
ドガァッ!!
紫苑さんの鉄槌を受け止めた。
——軽い。
以前なら、
押し潰されていたはずなのに。
何だ、これ。
「なるほどね⭐︎」
紫苑さんは楽しそうだった。
「お前、戻っただけじゃないだろ⭐︎?」
紫苑さんが後方へ飛ぶ。
距離を取って向き合った。
「そうか……」
篝くんが息を呑んだ。
「そこまで解放されたのか」
紫苑さんが床を蹴る。
ブワァッ!
鉄槌が青白い光を纏った。
「!?」
バギッ!!
僕は、
紫苑さんの鉄槌を脚で弾いていた。
鉄槌が、宙を舞う。
『え!?』
僕の奥で颯が叫んだ。
ガンッ!!
鉄槌が床に落ちた。
『おい待て!!俺何もしてねぇぞ!?』
「……それはわかってる……」
今前面に出てるのは、僕だ。
固まった僕の目前。
紫苑さんがだるそうに首を回す。
「柊」
紫苑さんが動きを止めた。
「それが、本来のお前なんだよ」
***
一方その頃。
校庭。野外ステージ。
「以上!!
ミスター瑞峰、御影篝くんに代わって、二位の朝倉光流くんでした〜!!
ミスターコンを終わります!!」
「うぇーい!!」
「一位出せー!!」
「イケメンどこ行ったー!?」
「下がれ光流〜!!」
「扱いひどい!!」
ヤジが飛び交う中、光流はステージを降りた。
「光流!おつかれ!」
「かなり引っ張ったわねェ」
「姉ちゃん!麗子!」
ステージ下では、光知瑠と麗子が待っていた。
「ババアは開店準備で先帰ったぞ〜」
「それより体育館!バレてない?」
「ええ。
あんたがバカやってたおかげで、誰も校庭から動いてないわァ」
「でも——」
「次は軽音部によるライブです!!
準備が整うまで、しばらくお待ち下さい!!」
ステージ上から司会の声が響いた。
「トイレ行っとく?」
「つか、さっき体育館からでかい音しなかった?」
生徒たちが動き出す。
「まずいな……!」
光流は校庭から体育館への導線上に飛び出した。
「体育館のトイレ詰まってるらしい!!
校舎一階のトイレ使って——」
ドガァン!!
衝撃音。
生徒たちがどよめく。
「あーーー!!
斎賀先生が体育館でなんか実験やってるってー!
危ないから近づいちゃだめー!!」
「下がれガキども!!」
光知瑠も光流の横に出た。
「は!?実験!?行ってみようぜ!!」
「おい、どけ二位!!」
生徒の波が押し寄せる。
「二位って呼ぶのやめて!?」
——てか、この人数はマジで無理……!
「うわ!言うこと聞けよガキ、コラ!!」
「姉ちゃん口悪いって〜!!」
光流と光知瑠が押し飛ばされた。
その時——
ウーウーウーウー!!
サイレンの音が耳をつんざいた。
「警察!?」
生徒たちが足を止める。
一台のパトカーが中庭へ侵入してきた。
中から三十代ほどの警察官が現れ、
体育館へ続く通路に素早く規制線テープを張った。
「みなさん下がって!」
「えーっと……?」
警察官が光流に向かって警察手帳を見せる。
「三岳です!!」
「あ!!」
光流は三岳警部補を指差した。
「東雲警部の右腕!!」
「霧島さんから連絡は貰ってます!
祓い師関連は動ける警察が少なくて、最小限の人員しか出せませんでした!」
「全然〜!ありがとう!!」
三岳警部補が前へ出る。
「理科実験中の事故です!!
安全確認を行います!
生徒のみなさんは校庭で待機してください!」
その時。
ガキィィン!!
バキバキッ!!
体育館の方向から、氷が砕けるような音が響いた。
「うおっ!?」
生徒たちが、規制線テープの向こう側を覗こうと身を乗り出す。
しかし。
「気にしないで!下がってください!!」
三岳警部補は両手を広げて叫んだ。
「実験設備の破損です!!」
「……いや無理あるだろ」
光流は小さく呟いた。
「つか俺も行くわ!柊たちヤバそうだし!!」
「朝倉くんが行ったら怪しまれるでしょ!?」
三岳警部補が即座に止める。
「君はここで僕を手伝って下さい!!」
「でも——!」
「戦うだけが祓い師じゃないんでしょ!?」
「……っ!」
光流は唇を噛み締めた。
——ここにいる生徒たちを守るのも、祓い師の役目だ。
「体育館周辺のみ立入禁止です!
文化祭は予定通り続行します!!」
「ほらほら〜!
警察まで来てるんだから大丈夫だって〜!」
光流がいつもの笑顔を見せる。
「次ライブだろ!?最前列取られるぞ〜!!」
——頼むぞ柊。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:7月11日12時
二百三十八話 御影の血




