第二百二十六話 昼休み
*
「え?篝くんが?」
「そう」
お昼休み。
僕は奏さんと二年E組にいた。
A組はお化け屋敷になっているため、
空き教室になっているE組が僕たちの休憩室だ。
「……心配で来たんじゃないでしょうか」
僕の向かいで、
奏さんはお弁当箱を左手で持ち上げながら呟いた。
「文化祭は、他校生や保護者も出入り自由ですから」
「そうなのかな……」
だとしても、
一言くらい言ってくれても良かったのに。
「ミスターコンに出ていたなら、今頃大変そうですよね」
「え?」
「女子たちが放っておかないでしょう」
奏さんが卵焼きを口へ運ぶ。
「……大丈夫かな」
僕は、机の上のお弁当へ視線を落とした。
「さっき、思わず逃げちゃったんだよね」
箸の先で唐揚げをつつく。
父さんが作ってくれた今日のお弁当は、
僕と颯の好物ばかりが揃っていた。
「仕方ないですよ。
思わぬところで目立ちたくないですもんね」
奏さんはそう言って苦笑いした後、
「柊くん」
わずかに目を伏せた。
「紫苑さんは、見ました?」
箸で掴んでいた唐揚げが、ぽろりと落ちた。
「……まだ見てない」
「そうですよね」
「紫苑さんって……
久世紫乃と会ってるらしい……」
「え?」
奏さんはお弁当箱を机に置いた。
「誰からそれを?」
「さっき、桃華さんから」
「……そうですか」
「何か……命令されてるのかな?」
奏さんは少し考え込んだ後、
小さく呟いた。
「あの人が簡単に人の言うことを聞くとは思えませんが……紫乃様ならば別なのでしょうか」
その時——
「いた!柊!!」
教室の入り口から、光流くんが現れた。
「……光流くん!ミスターコンは!?」
「今スマホで投票受付中!結果は夕方!
てか篝くんな!?」
よほど急いできたのか、肩で呼吸している。
「あの後、会場わちゃわちゃで大変大変!!」
光流くんは隣の机の上に腰掛けた。
「どうなったの?」
「俺が篝くん拉致して化学準備室にぶち込んだ」
「化学準備室なら、鍵がかかっているはずでは?」
奏さんの問いに、
光流くんがピースサインを見せる。
「途中で斎賀先生も捕まえて鍵借りた!
先生今、篝くんと籠城してると思う!」
——『へぶぅ!!』
久しぶりに、
斎賀先生の悲痛の叫びが聞こえた気がした。
「俺もうすぐクラスの方行かなきゃだからさ〜!
篝くんのこと、柊たちに頼もうと思って呼びにきた!」
「私たちも、休憩が終わったらクラスに戻りますよ」
「まじか〜!」
光流くんはぎゅっと目を瞑り、
眉間に人差し指を当てた。
「篝くんどうしよ!」
篝くん。
道に迷った猫みたいだ……。
「颯くんが、“メガネに任せれば良いだろ。一応教師なんだから”って言ってます」
「せっかく文化祭なのに、
斎賀先生と二人きりは可哀想じゃね?」
「それもそうですが……。
桃華さんに連絡してみますか?」
「さっき桃華さん、クラスの劇に行くって言ってたよ」
「あちゃ〜」
「それに」
奏さんはお弁当を食べながら話した。
「文化祭を回るつもりなら、変装した方が良いと思います。
誰かが付いていたとしても、結局追われますよ」
「え?“んなもん自己責任だろ。勝手に追われてろよ”?
颯、ちょっと冷たくなーい?」
光流くんの視線が空中をなぞる。
「サングラスなら俺持ってるけど〜。
誰か帽子とか持ってないの?」
そんな話をしていると。
「あ〜!いた!」
甲高い声が飛んできた。
僕たちが入口の方へ振り向くと——
オレンジ色のニット帽。
その隣に、鋭い目つきの学ラン男子。
「伊吹さーん!……と、誰?その中学生?」
光流くんが机の上から飛び降りた。
「そっか、光流くんは会うの初めてだよね〜!」
伊吹さんは狠くんと一緒に教室に入ってくる。
僕はランチクロスの上に箸を置いた。
「狛くんの弟の狠ちゃんだよ〜!中学三年生!」
狠くんが軽く会釈する。
「狛さんそっくり!!」
光流くんが指差すと、狠くんは気まずそうに視線を逸らした。
狛さんの弟。
そうだ。
レプリカ拳銃のことなら、
何か知ってるはず。
……あれ?
レプリカ拳銃。
東雲家。
“機械に強い人間”。
河川敷で東雲家の話を聞いた時、
何か引っかかったんだ。
——点と点が、線を結んだ。
「……あ……」
「柊くん?どうしました?」
僕の反応に真っ先に気づくのは、いつも奏さんだ。
「えっと……」
……何から話せば良い?
僕が躊躇っていると、
「伊吹さんに篝くん頼めば良くね!?」
光流くんの明るい声に上書きされた。
「伊吹さんなら自由に動けるし!
あとニット帽借りれる!!」
「え〜!?何の話〜!?」
伊吹さんは奪われまいとするように、
ニット帽を両手で押さえた。
「まあまあ、詳しくは化学準備室で話そうじゃないか!」
「何か屋台でもやってるの〜!?
ボクお腹すいたんだけど〜」
光流くんに背中を押され、伊吹さんが教室を出て行く。
狠くんも二人の後に続いた。
一度だけ。
狠くんは振り返って僕を見た。
狛さんと同じ鋭い眼差しで。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:7月2日21時
第二百二十七話 本当のこと




