第二百二十二話 別に
***
Side:柊
九月一日。
夏休みが終わり、二学期が始まった。
——その頃。
僕たちはまだ、
三日後に何が起こるのか知らなかった。
二年A組。
「そっちどんな感じー!?」
三日後の文化祭に向けて、
今日から三日間は準備に充てられている。
教室はお化け屋敷に姿を変えつつあった。
隣のB組も借り、本格的なコース作りが始まっている。
「問題ないです!」
僕は奏さんと一緒に、教室に暗幕を貼っていた。
ドン!ドンドン!
校庭からは応援団が練習する音が聞こえる。
二日間の文化祭の後、体育祭も連続して行われるのだ。
「柊くん、昨日どうでしたか?」
暗幕から手を離し、奏さんが僕を見る。
「篝くん、喜んでました?」
「あ……うん」
昨日。
知っていたのか、偶然なのか、
父さんはパックのお寿司を買って帰ってきた。
篝くんは相変わらず少食だったけど、
僕たちが買ったケーキの一ピースは残さず食べていた。
「“美味しい”って、言ってたよ」
「それは良かったです」
ケーキに立てた蝋燭の火を、
篝くんは三回目でようやく消した。
「……ふ」
思い出して、少しだけ頬が緩む。
……だけど。
あの新聞記事のことは誰にも言えなかった。
そんな話をしていると。
「お〜!もうほとんど完成してんじゃん!」
教室の入り口から、学ラン姿の光流くんが現れた。
黄色いはちまきと、同色のたすきをかけて。
「光流くん、応援団だったんですね」
「そ〜!黄団!イナズマ魂〜!」
光流くんが胸の前で両腕を交差させてポーズを取る。
「夏休み中、謹慎で全然練習行けなかったんじゃないですか?」
「リモートで練習してた〜!
合わせるの今日が初だけど、何とかなるっしょ〜」
光流くんが笑う。
「で?柊たちは?何団?」
「赤だよ」
「フェニックスね〜!奏ちゃんも?」
「はい」
僕と奏さんは赤団だ。
一年の時に決められた所属は、
卒業まで変わらない。
「颯は青だろ?エース抜けたのデカいな〜!」
奏さんが空中を指差す。
「……颯くんがリレー走りたがってます」
「あ……」
——もう五ヶ月近くも経つのに。
颯を全然戻せない。
僕は視線を床に落とした。
ごめん。
そう思っても、何もできない自分が情けなかった。
「光流くん、練習行かなくて良いんですか?」
「そうだ!もうすぐ場所交代の時間だわ!」
気づけば、太鼓の音は聞こえなくなっていた。
「“何しに来たんだよ?”って?
学ラン姿見せたかっただけ!じゃなー!」
光流くんはウィンクして去って行った。
ほんのり柑橘の香りが教室に残る。
「柊くん」
「ん?」
「颯くんが、“謝んなよ”と」
奏さんは眉を寄せて微笑んだ。
「“来年もあるから”……って言ってます」
「……ありがとう」
来年。
その頃には、
全て元通りになっているのだろうか。
ピコン。
奏さんのブレザーのポケットから通知音が聞こえた。
奏さんがスマホを取り出して確認する。
「……えっ?」
奏さんが目を見張った。
「どうしたの?」
「紫苑さんから、DMが……」
「紫苑さん!?」
咄嗟に声を上げた。
ずっと連絡がなかったのに。
「何だって?」
「“文化祭のプログラム送って”、と」
「えっ……!?」
奏さんの表情が険しくなる。
「文化祭、来るつもりなのでしょうか?」
何か企んでるんじゃ……。
奏さんが画面を操作した。
「聞いてみます」
奏さんが送信した直後、
ピコン。
奏さんがスマホの画面を僕に見せる。
【別に⭐︎】
「……」
僕たちは顔を見合わせた。
紫苑さんの“別に”ほど、
信用できない言葉を僕は知らない。
本当に興味がなかったら、
あの人は何も言わないはずだ。
——何かある。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月28日15時
二百二十三話 あと三日




