第二百十九話 茶色い封筒
“明日から学校”ということで、
六時すぎには解散になった。
夕暮れの住宅街を、
光流くんと奏さんと並んで歩く。
僕は二人に守られるように挟まれていた。
「……っくし!」
「光流くん。大丈夫ですか?」
「なーんか寒くなって来たよね〜。
夏も終わりって感じー」
確かに、風が冷たい。
日が落ちるのも、少し早くなっている。
「八月最後の日ですからね」
「明日から学校かー!久々ー!」
……長い夏が、終わる。
「え!?」
突然、光流くんが声を上げた。
何だろう。
「それ、本当ですか!?」
奏さんも驚いている。
颯が何か言ったみたいだ。
「柊!!ケーキ屋寄って帰ろ!!」
「え?何でケーキ?」
「篝くん今日誕生日だってよ!!」
*
僕たちは、帰り道を少し逸れてケーキ屋へ寄った。
「何で颯が篝くんの誕生日知ってるの?」
「……“宵と灯が話してるの聞いた”、だってさ!」
「そうなんだ」
光流くんの通訳にも、慣れてきてしまっていた。
光流くんがショーケースを覗き込む。
「篝くんって何が好きなん〜?」
篝くんが、好きなもの……。
——『美味しいね』
あ。
「……焼きそば?」
無意識に呟いていた。
「いや焼きそば味はねぇだろ!」
光流くんが笑う。
「……だよね」
僕も少しだけ笑ってしまった。
でも僕は篝くんのこと、
それくらいしか知らない。
一緒に暮らすようになって随分経つのに。
好きな物も、
好きな色も、
誕生日すら知らなかった。
「色々買って、選んで貰うのはどうですか?」
奏さんの提案に光流くんが頷く。
「それが無難だよね〜。
つか篝くん、ケーキの糖分で倒れたりしん?」
僕は奏さんと顔を見合わせた。
「さすがにないと思いますけど……。
ゼリー系も買っておきますか?」
「……いや」
僕は、ショーケースの中を指差した。
「これにしたい」
いちごのホールケーキ。
僕の誕生日に、いつも食べるものだ。
「颯が“それお前が好きなやつだろ!”って言ってるよ〜」
「そうだけど……」
それでも、これがいいと思った。
きっと、蝋燭が立ったホールケーキ、
食べたことないんじゃないかと思って。
あと。
僕が好きなものは、
篝くんも好きな気がした。
根拠なんてない。
でも、何故かそう思った。
「篝くん、謎多いよな〜。一応高校生なんだよね?」
「うん。“通信制”って灯さんが言ってた」
「どこの高校の通信制なんでしょうね?」
「……聞いたことないかも」
「篝くん、自分のこと全然話しませんからね」
そんなやりとりをしながら帰った。
*
「送ってくれてありがとう」
午後七時十五分。
自宅へ着いた。
外は、もうすっかり夜の色だった。
「じゃ、俺ら帰るわ〜」
その時。
「……“ちゃんと家入るまで見届けなさいよ”」
奏さんが呆れたように息を吐いた。
「麗子さんがそう言っています」
「過保護じゃーん」
奏さんが首を傾げた。
「……“嫌な予感がするのよォ”、と」
「何それ。ホラー?」
光流くんが笑う。
「考えすぎでしょ〜」
「……せっかくだから、篝くんに会ってく?」
僕はポストの郵便物を取り出しながら尋ねた。
「んじゃ、おめでとうだけ言おうかな!」
光流くんの言葉に微笑み返す。
「どうぞ、入って」
僕は二人を玄関へ招いた。
そう言えば、
光流くんも奏さんも、家へ入るのは初めてだ。
「篝くん呼んでくるよ。待ってて」
二人を玄関に残し、僕はリビングへ向かった。
リビングに篝くんの姿はなかった。
先にケーキを冷蔵庫へ入れようと、リビングの灯りをつける。
ダイニングテーブルへケーキと、ポストから取った郵便物を置いた。
「……あれ?」
父さん宛の封筒に混じって、
僕宛の茶色い封筒が一つ。
僕に手紙なんて滅多に来ないのに。
「何だろう」
手に取って裏面を見る。
差出人が書かれていない。
胸の奥がざわつく。
僕はハサミも使わず、手で封筒を破いた。
入っていたのは、四つ折りの紙。
それ以外には何もない。
折り畳まれた紙を開くと——
「……何これ」
新聞記事のコピーだった。
黒地に白で書かれた見出しが、目に飛び込んでくる。
【深夜の小児病棟で火災 患者ら多数死傷】
火災に、死傷者……?
右上の日付を確認する。
——五年前の、七月。
心臓が嫌な音を立てた。
「柊くん」
「っ!!」
背後から、篝くんの声がした。
慌てて紙をズボンのポケットに突っ込む。
「帰ってたんだ」
振り返る。
「……うん、今さっき」
焦っているのがバレないように、僕は必死に口角を上げた。
篝くんがテーブルの上を指差す。
「その箱は何?」
「あ!?これね!?」
僕はケーキの箱を両手で掴んで持ち上げた。
……その拍子に、
茶色い封筒が床に落ちたことには、
気づかなかった。
「篝くん!ちょっと来て!」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月27日12時
第二百二十話 はじめての誕生日




