第二百十八話 重なる封印
僕はTシャツの裾を捲り上げた。
露呈した腹部に——魔法陣みたいな模様のアザ。
「……なるほど」
響さんが目を細める。
「妙ね」
「え?」
「確かに霧島家の封印だけど。
古い封印の上から、後からもう一つ重ねたみたいになってる」
「重ねた……?」
「ええ。かなり強力」
古い封印。
生まれつきと言われていたアザ。
違う。
生まれてすぐに、かけられたんだ。
響さんが右手を僕の腹部へ向けた。
「解けるかわからないけれど、やってみる」
ごくりと唾を飲み込んだ。
——静寂。
「……すごい」
奏さんの言葉で、
響さんが何かしてくれているのがわかった。
わずかに、暖かい感じがする。
響さんの手が動いた。
その瞬間——
「……っ!!」
「響!大丈夫ですか!?」
「大丈夫。でも、弾かれた」
響さんが右手を引っ込め、左手を添える。
「ごめん。……私では解けない」
畳の部屋に、その声が静かに落ちた。
「……そうですか」
——無理か。
響さんは悪くない。
それだけ強力な封印がかけられているということだ。
じゃあ、どうすれば?
僕はTシャツの裾を元に戻した。
しばらく誰も、
言葉を発さなかった。
「……パンダ」
響さんは僕の腹部へ視線を落とした。
Tシャツにプリントされた、パンダのイラスト。
「可愛いけど、本当は獰猛な一面もあるって知ってた?」
「……え」
「封じ込められているのも、案外そういうものかもしれないね」
——『もし、君が誰よりも強い力を持っていたらどうする?』
「気になるの」
響さんが立ち上がる。
「どうしてあんたが封印を解きたいのか、私は知らないけれど。
……詠慈様は、傷つけるために封印を使ったりしないから」
ちりんと、風鈴が鳴った。
「封印を解く方が、
むしろ誰かを傷つけることになるんじゃない?」
封印を解くことで、
僕が誰かを傷つける?
……考えもしなかった。
「それでも、解きたいの?」
「僕は……」
例え、
どんな力が隠されていたとしても。
「誰も、傷つけるつもりはありません」
傷つけるんじゃなくて。
「守りたいんです」
「……そうなんだ」
響さんの口元が、わずかに緩んだように見えた。
「母や鈴子叔母さんなら、
昔の封印について知っているかもしれない」
「鈴子さん……?」
僕の問いに奏さんが答えた。
「斎賀先生のお母様ですよ」
「私の方でも色々探ってみるから。
何かわかったら連絡する」
響さんの言葉に、力無く頷いた。
——期待していた答えは、得られなかった。
わかったことは、
二重封印と、誰かを傷つける力。
僕の気持ちは、一層沈み込んでいた。
*
帰りに河川敷に寄った。
光流くんたちへの報告も兼ねて。
「んじゃ、次の方法探すか〜!!」
「だね〜!きっと何とかなるよ!」
光流くんと伊吹さんは明るく言っていた。
だけど、
僕の気持ちはちっとも晴れなかった。
「……」
視線を落とす。
僕のポケットの中から、スマホが浮き上がった。
【悪い】
……颯。
画面の文字が、止まる。
【俺、何もできてねぇ】
「……ううん」
それは僕の方だ。
「柊くん」
奏さんが僕を呼んだ。
「麗子さんが“封印は二重だったんでしょォ?アザって、前はどんな感じだったのよ?”、と」
「アザは……」
僕はTシャツを少しだけ捲って確認した。
「こんなに濃くなかったんです。
むしろ生まれた時より薄くなってる感じでした」
宙に浮くスマホが動く。
【そう!薄くなってたんだよ!】
「……あ」
——『お前、そのアザ。なんか薄くなってね?』
前に、颯はそう言ってた。
奏さんが左隣の空間を手で指す。
「……“いつから薄くなってたのォ?”、と」
あれは確か、篝くんに初めて会った日の翌日。
——僕たちが意図的に共霊できるようになった後だ。
「三ヶ月くらい前かな?」
奏さんが左隣を見ながら頷いている。
麗子さんと話しているのだろう。
「……なるほど」
「麗子さん、何だって?」
「おそらく、柊くんに生まれつきかけられていた方の封印は、解けかけていたのでは?と。
時間経過による可能性もありますが、おそらく……」
奏さんが僕の左側——浮いているスマホを指差した。
「共霊の影響ではないかと」
「……共霊……!」
僕は目を見開いた。
光流くんが指を鳴らす。
「それって誰かに解いてもらわなくても、柊自身で解ける可能性があるってこと?」
「じゃあさ!また共霊してみたら良いんじゃない!?」
「伊吹さん。
柊くんは今、颯くんが見えないんですよ」
奏さんの言葉に、伊吹さんは肩を落とした。
「そうだよね……」
「でも霊力扱えないのと、共霊は別なんじゃね?」
光流くんが顎に手を添えて言った。
「共霊に必要なのは器としての才能なんでしょ?
見えなくても、ワンチャンできるんじゃねーの?」
颯と、共霊?
颯のこと、
何も感じられないのに?
「……できないよ」
僕は目を瞑った。
今までやってきた感覚が、まるで思い出せない。
「できる気がしない」
そこにいるとわかっているのに。
少しの沈黙の後、
光流くんが苦笑いした。
「まあそうだよな〜」
「……」
拳を握りしめる。
「……切羽詰まった状況でも、無理なんかな?」
「どんな状況ですか?」
「ん〜そうだな。
颯が消されかけるとか?」
光流くんの冗談めいた言葉に、
胸の奥が嫌な音を立てた。
——そんなこと、
考えたくもなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月26日21時
第二百十九話 茶色い封筒




