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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第二百十五話 無力


 *


 一番近い薬局は、

 学園から歩いて十分もかからなかった。

 

「ありがとうございましたー!」


 店員さんの営業スマイルに軽く会釈し、

 僕は薬局の自動ドアを通り抜けた。


「……はぁ」


 また迷惑をかけてしまった。

 自分の鈍臭さがとことん嫌になる。


 早く戻らないと。

 夏服は白シャツだから厄介だ。


 大通り沿いの歩道を早足で歩いた。


 その時。

 

 ……カラン。


 足元に、小さなナットが転がった。


 反射的に見上げる。

 

 建設中のマンション。


 十数メートル上。


 鉄パイプが一本、

 こちらへ傾いていた。


「――え」


 こういう時に限って、

 僕はなぜ、固まってしまうのだろう。


 ドンッ!


「……っ!?」


 正面から何かに突き飛ばされ、

 僕は後方へ尻餅をついた。


 ガンッ!!


 さっきまで僕が立っていた場所に、

 鉄パイプが突き刺さる。


 あと少し反応が遅れていたら、

 僕は死んでいた。


 ……血の気が一気に引いた。


「……危な……!」


 ギギギ……。


 足場が軋む音。


 地面にお尻をつけたまま見上げた。

 何もないのに、足場が揺れている。


 ——颯だ。


 颯が、僕を守ってくれた。


 そして今、何かと戦っている。


 僕は咄嗟に掌をかざしていた。


「……くっ……!」


 何も出ない……!


「颯……!」


 パリーンッ!!


 マンションの窓が割れるのが見えた。

 

 砕けた破片が——落ちる。

 

 下には他にも人がいるのに!


 何もできない。


 僕は誰も、

 守れない……!


 両腕を頭の上で交差させた。


 ——来る。


 そう思ったのに。


「……あれ?」


 何も、起きていない。


 腕を下げて空中を見ると

 ガラスの破片は一つ残らず消えていた。


 足場の揺れも止まっている。


「……何で……?」


 長い影が、僕を覆った。


「無事か?」


 さらりと垂れる前髪。

 その隙間から覗く、紫色の瞳。


「……颯紫さん!?」


 颯紫さんが僕へ手を伸ばす。

 僕はその手を取って立ち上がった。


「どうして!?」


「たまたま通りかかったんだ。

 間に合って良かった」


 颯紫さんがマンションを見上げる。


「祓ってくれたんですか?」


「ああ。中級レベルだった」


 颯紫さんが僕の方を向く。


「……ところで」

 

 その視線が、

 僕の肩の横で止まった。


 まるで、そこに誰かが立っているみたいに。


「君の守護霊か?」


 僕じゃなくて、颯を見てる。


「あ……?」


「いや」

 

 ……まさか。


 心臓が大きく音を立てた。


 ——『“どこにでもいる下級霊”に見せかけといた方がいい』


 あの言葉が脳裏を過ぎる。


「……あの」


「どうした?」


 いや。

 

 聞くのは墓穴かもしれない。


 奥歯を噛み締めた。


「……いえ。ありがとうございます」


「助けるのは当然だから」


「あなたも、祓い師なんですか?」


 わずかに、颯紫さんの瞳が揺れた。

 

 少しの沈黙の後。


「昔はな」


「え?」


「今は違う」


「……どうしてですか?」


「大事な人を、失ったから」


「大事な人を……?」


 颯紫さんの表情がわずかに曇る。


「君もよく考えた方が良い。

 

 ——守ると言うことを」


 それだけ言って、颯紫さんは歩き出した。

 

 ……僕は、何も答えられなかった。


 ただ、立ち尽くしていた。


 颯紫さんの背中が見えなくなった頃、


「柊くん!」


 高い声が響いた。

 

 振り返ると、

 奏さんが走ってこちらへ向かって来ていた。


「どこへ行っていたんですか!」


「あ……ちょっと買い出しに……」


「勝手に一人で行かないで下さい!」


 ……怒ってる。


「ごめんなさい」


 小さな声で謝った。


「颯くんの霊力切れてますけど……!?」


「え!?」


 ……やっぱり……!

 さっきの霊害との戦いで……!


 奏さんが僕の隣の空間へと掌をかざす。


「何があったんですか?」


「えっと……」


 ウウウー!!


 パトカーのサイレンが耳をつんざいた。

 誰かが通報したのだろう。


「話は後です!行きましょう!」


 奏さんに手を引かれ、

 僕たちは走って学校へ戻った。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:6月23日21時

第二百十六話 気付いた者

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