第二百十二話 もう一つの血
***
Side:柊
籠屋市へ戻る車内を、
重たい空気が支配していた。
誰も話さない。
エンジン音だけが、
妙に大きく聞こえる。
……霧島詠慈に会った。
だけど。
何も変わらなかった。
何もわからない。
颯の声も、聞こえないままだ。
――『和音の父親ですよ』
胸の奥で、
あの言葉だけが何度も反響する。
目頭が熱くなった。
気づかれないように、僕は窓の外を見た。
国道沿いの、街の光が滲んでいく。
隣に座る光流くんが、
僕の左肩を軽く叩いた。
慰めようとしてくれたんだと思う。
だけど今は、
優しくされる方が辛かった。
「斎賀先生」
助手席に座る奏さんが、口を開いた。
「響は、本家に戻っているんですよね?
いつ会えますか?」
ウィンカーの音が一定のリズムで車内に響く。
その音に重ねて、先生の声が聞こえた。
「……僕にはわかりません」
「響なら、柊くんの封印を解けるかもしれません」
奏さんの言葉に、僕は思わず前を向いた。
奏さんがバックミラー越しに僕を見る。
「私が本家に面会の約束を取り付けます」
奏さんの瞳に、いつもの穏やかさはなかった。
「……断られると思いますけど」
斎賀先生が呟いた。
赤信号で、車が止まる。
「必ず取り付けます。響にだけ会えれば良いですから」
奏さんだけが、先生をじっと見ていた。
赤信号が青へ変わる。
車が動き出すまで、先生は一拍だけ遅れた。
「ですから柊くん。一緒に行きましょう」
***
Side:颯
柊たちを乗せた車の上。
俺は麗子と並んで座っていた。
麗子の金髪が揺れている。
「なあ、麗子」
「なァに?」
「今日、河川敷で話してただろ」
俺は遠くの灯りを見つめながら話した。
「霧島詠慈は、
柊を三流派から遠ざけようとしてるんじゃないかって」
「ええ、そうね」
麗子が目を伏せる。
「自分の子供を危険な目に遭わせたくないのは、
どこの親も同じよ」
――わかるけどよ。
実の父親かどうかくらい、
教えてやったっていいだろ。
俺は拳を握りしめた。
「だけどねェ」
麗子の顔が俺を向く。
「息子を守りたいのなら、和音ちゃんにも封印をかけるはずでしょ?」
「……確かに」
「会ってみてわかったけど、
あの子には何もかけられていなかったわ」
本家の息子、なのに?
「和音ちゃんは本家の後継者。
危険から遠ざけたいなら、本来はあの子を守るはずでしょ?」
俺は眉をひそめた。
「……柊だけ守られてるってことか?」
「そうねェ……」
わずかな沈黙の後。
麗子が口を開いた。
「柊だけが特別扱いされてるように見えるのよ」
「柊だけ、特別……」
「同じ父親なら説明できないことが多すぎる」
――つまり。
「母親側にも、何かあるのかもしれないわ」
ブォーン!
メガネの車の横を、
車高の低い車が勢いよく通り過ぎた。
「……母さん」
「ええ。先生は否定してたけど。
アタシは、柊の母親にも何かあると思う」
「何かって……何だよ」
「例えば――」
斎賀先生の車が、
やや強めにブレーキを踏んだ。
車体がわずかに揺れる。
「柊の母親が、
御影や久世の血を引いていたりねェ」
歩行者信号が青に変わる。
「……まだ柊には知らせない方が良いわね。
ただでさえ、父親のことで混乱してるはずだもの」
カッコー、カッコー……
青を知らせる音が、やけに耳に残った。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月21日12時
第二百十三話 君が選ぶなら




