第二百十話 門前
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Side:柊
籠屋市の南に位置する、智多市。
海を見下ろす山の中腹に、霧島本家はあった。
「……随分と時間がかかってしまいましたね」
腕時計を見ながら、奏さんが呟いた。
瑞峰学園からは車で一時間ほど。
だが、先生の運転は今日に限って異様に慎重で――
気付けば二時間近く経っていた。
辺りは、すっかり暗くなっている。
「……帰宅ラッシュでしたからね」
「それだけじゃないと思うんだけど〜」
先生の言葉に、光流くんが苦笑いしていた。
「……ありがとうございました」
お礼を言って、僕は車から降りた。
続いて奏さんと光流くんが降りると、
「あっちに車を停めて来ますね」
先生の車は駐車場へ向かった。
――霧島本家。
黒塗りの塀が、どこまでも続いていた。
「……でか」
思わず声が漏れる。
僕はそびえ立つ数奇屋門を見上げた。
橙色の照明が、やけに眩しい。
奏さんが僕を見た。
「柊くん。
約束なしで詠慈様に会うのは、難しいかもしれません」
「……うん」
わかってる。
それでも、お願いして連れて来てもらった。
「すげー!映画みてぇ!」
光流くんが戸の隙間から中を覗いていた。
「……いてっ!」
あ。
今、麗子さん……光流くんの頭を叩いたな。
光流くんは手で頭を押さえながら、
もう片方の手で門の内側を指差した。
「ね、奏ちゃん。
ここって、最近火事あった?」
「火事?」
光流くんの言葉を繰り返す。
言われてみれば……。
戸の隙間から、
黒く焼け焦げた木の幹がちらりと見えていた。
「……篝くんですよ」
――篝くん?
奏さんも、門の内側を見ながら話した。
「小須商店街の事件の日です」
「あ……」
二ヶ月前――六月二十日。
小須商店街での騒動。
その裏で、
霧島家が常夜の襲撃を受けた、あの日。
「篝くんが霧島家の援護に来てくれていたんです」
庭を渡る潮風が、焼け跡を撫でる。
傷跡は消えかけていた。
けれど。
完全には消えていない。
あの日ここで戦った者たちの痕跡だけが、
静かに残されていた。
――篝くん。
君はいつも、見えないところで戦ってくれている。
「確か、紫苑さんが篝くんに連絡してたんだっけ?」
光流くんは耳元のピアスをいじりながら尋ねた。
「今更だけど、紫苑さんと篝くんって仲良いの?」
「……良くないですよ」
奏さんは苦笑した。
「子どもの頃から犬猿の仲です。
まあ……
紫苑さんは篝くんが妬ましかったのかもしれませんが」
あの紫苑さんが。
篝くんを?
僕の隣で、
颯が険しい顔をしている……気がした。
僕たちがそんな話をしていると、
「お待たせしました」
斎賀先生が歩いて来た。
重々しい顔つき。
先生だけは霧島家に行くことに乗り気ではなかった。
名家に、夜分に。
しかもアポ無しで僕たちを連れて行くのだから、当然なのかもしれないけれど。
先生はため息を漏らした後、
インターホンに指を伸ばした。
高級そうな音が鳴る。
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
呼吸が早くなる。
本当に会えたら、僕は何を聞くんだろう。
どうして僕たちを置いて行ったのか。
どうして僕に封印をかけたのか。
本当に、
父親なのか。
『……はい』
インターホンから、年配の女性の声が聞こえた。
「夜分にすみません。斎賀蓮太郎です。
詠慈様にお話があって来ました」
先生の緊張した声に、
僕も身体に力が入った。
『……蓮太郎様ですね。
本日、詠慈様とのお約束は無かったと思いますが。
急ぎのご用件でしょうか』
先生が僕たちを見る。
僕は訴えるように、視線を送った。
「まあ……そうですね……」
『詠慈様は外出中でございますので、言伝がありましたら承ります』
「中で、待たせて頂くことはできますか?」
『申し訳ございません。
現在、本家は少々立て込んでおりまして』
インターホンの向こう側から、
『響様のお薬は?』
『お休みになられました』
そんな慌ただしい声が、かすかに聞こえた。
「すみません!霧島奏です!」
奏さんがインターホンの前に出る。
「響は、帰ってきているのですか!?」
『申し訳ございませんが、お答えいたしかねます。
見たところ、そちらには霧島家と関係のない方もおられるようですし』
「彼らは私の友人です!信頼できます!」
『本日はお引き取りください』
やっぱり、だめか。
僕は肩を落とした。
『詠慈様に、蓮太郎様と奏様がお見えになられたことはお伝えしておきます。では、失礼致します』
通話は途切れた。
先生が振り向く。
「今日は、諦めようか」
――会えなかった。
……少しだけほっとしてしまった。
みんなの視線が光流くんの斜め上へ向いた。
麗子さんが、何か話しているのだとわかった。
「……麗子さん。それはいけません。
それに霧島家の人間は、全員見える人ですから」
先生がたしなめる。
「最悪、封印されますよ」
光流くんが斜め上を指差しながら僕を見た。
「麗子が不法侵入しようとしてた」
「……うん。なんとなくわかった」
力ずくでも、何ともならない。
重い空気が漂った。
その時――
「お父様!」
屋敷の反対側。
幼い声が響いた。
僕たちが車で登って来た山道から、
軽快な足音が近づいてくる。
「お客様がお見えになられていますよ!」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月20日12時
第二百十一話 父と子




