第二百九話 二人の父親
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白瀬家。午後七時二十分。
「おかえりなさい」
帰宅した透を玄関で迎えたのは、篝だった。
「……ただいま」
透は靴を確認するように視線を落とした。
「柊は?まだ帰ってないの?」
「遅くなるそうです」
「そうなんだ」
透は洗面所へ向かった。
手を洗う透の背後に、篝が立つ。
「透さん」
「……何?」
透は手を洗いながら答えた。
「もう全てを隠し通すのは、難しいかと」
ザー……。
水音が響く。
「詠慈さんも、それを覚悟で近づいたのだと思います」
「……」
透は答えなかった。
「柊くんは、すぐに本当の父親に辿り着くはずです」
「……それでも」
水音が止まる。
鏡越しに、二人の目が合った。
「綾のことまでは、わからない」
「……っ」
透の真剣な視線に、
篝は思わず一歩退いていた。
「例え柊が詠慈さんに会いに行ったとしても、
詠慈さんは何も話さないよ」
透が振り返る。
「そういう約束だから」
篝は言葉を失った。
――この人は、時々。
別人みたいに、恐い顔をする。
「力を封じ込めることは……
本当に、彼を守ることになるのでしょうか」
「君は柊を危険な目に遭わせたいの?」
透は篝の横を通り過ぎ、リビングへ向かった。
篝が後を追う。
「ですが。
これまで、彼の力が彼自身を守っていたと思います」
透の足が止まった。
「僕もそう思ったから、これまで見守ってきた。
君も、蓮太郎くんも付いていてくれたからね」
「だったら――」
「でも。これ以上は危険なんだよ」
リビングのテーブルに両手をついて、透が俯く。
「詠慈さんも、柊を遠ざけるしかないと思ったんだろう」
「……透さんは、
颯くんを元に戻したくはないんですか?」
「そんなわけあると思う?」
暗いリビングに、
透の声が静かに落ちた。
「颯を戻すのは、柊がやらなくても良い」
「……透さん」
「僕の役目だ」
その声に、迷いはなかった。
「……そのために、僕は今まで動いてきた」
「ですが」
篝は目を細めた。
「透さん一人で背負える話だとは思えません」
篝の背後で二匹の蝶が舞い、
暗闇に緋と蒼の光が瞬く。
透には……見えない光だ。
「力があるとかないとかじゃないんだ」
透は俯いたまま言った。
「――僕が、二人の父親なんだ」
その声は、柊によく似ていた。
「柊と颯はこれ以上、戦わせない」
――柊くんの父親は、二人とも。
遠ざけることで守ろうとしている。
それが正しい選択なのかもしれない。
彼を守るためにも。
三流派の均衡を、守るためにも。
それでも。
「紫苑くんは気付いてますよ。
おそらく……綾さんのことにも」
透の肩がわずかに動いた。
「このまま僕たちが何もしなければ、
彼は柊くんを壊しに来ると思います」
きっと、箱を開けに来る。
透が振り向いた。
「君が、柊を守ってくれるだろう?」
「透さん」
――守るさ。
でも。
守り方は、僕が決める。
篝の瞳が透を捉えた。
「あの事故の日。
あなたは僕に柊くんと颯くんを守るようにお願いに来ました」
「……うん」
「あの日も言いましたよね。
僕は、あなたと約束をしたわけじゃない」
――僕だって、箱を開けるのは怖い。
「……紫苑くんみたいに壊したりしませんよ」
だけど。
――『開けなきゃいけねぇなら、俺は開けるよ』
――『僕は、僕のやり方で見つけるから』
二人はきっと、開けに行く。
……それなら、僕は。
篝は目を閉じた。
「僕は、柊くんの選ぶ方を選びます」
それだけ言い残して、
篝は二階へ向かった。
リビングに透が取り残される。
「……っ!」
透はテーブルを拳で叩いた。
「……綾……僕はどうしたら良いんだ……!」
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※次回更新:6月19日21時
第二百十話 門前




