第二百八話 面影
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Side:柊
八月十六日。
一晩経っても、颯は見えないままだった。
午後五時十五分。
僕は斎賀先生の車で河川敷へ向かっていた。
相変わらず慎重すぎる先生の運転に、勝手に膝が揺れる。
……僕は、早く知りたいのに。
だけど今の僕は、
車を飛び降りて一人で走ることもできない。
もどかしさだけが募る。
後部座席に座る僕の隣。
宙に浮いたスマホが、僕の方を向いた。
【焦んなよ】
「……うん」
わかるよ。
でも――
君が見えないだけで、僕はうまく息が吸えないんだ。
先生は、河川敷の空き地へ車を停めた。
「着きましたよ」
「……ありがとうございます」
「柊!颯!!」
車から降りると、すぐに光流くんが駆け寄って来た。
「光流くん……謹慎は?」
「斎賀先生に許可貰った!そんなことより!」
僕の目の前で光流くんが止まる。
「やっぱ、見えてない?」
「……うん」
「そっか〜」
光流くんが左斜め上を見た。
多分……そこには麗子さんがいる。
僕には何も見えない。
光流くんの後方から、奏さんが歩いてくる。
「柊くん」
奏さん。
今日退院したばかりなのに、来てくれたんだ。
今朝、三人のグループチャットで話していたから、
奏さんも僕たちの状況は概ねわかっていた。
「颯くんが透けてないのは、篝くんの力ですか?」
「そう」
篝くんはやっぱり何も話してくれなかった。
それでも、
僕が出かける前に、颯に霊力を付与してくれた。
颯にある程度霊力が流れている時は、
物を介してなんとか存在を確認することができる。
奏さんが顎に手を当てた。
「それで、問題の封印と言うのは?」
「……これ」
僕はTシャツの裾を捲り上げて見せた。
奏さんが目を見張る。
「……これは……!」
「……霧島家の封印ですね」
そう言って、先生はメガネを指で押し上げた。
みんなの視線が、
僕の右側――何もない空間へ向いた。
「颯が先生に、“お前封印解けねぇのかよ”って言ってる」
光流くんが僕に通訳してくれた。
「残念ながら、僕には無理です。
この封印はかなり強力で……
霧島家の中でも、限られた人間しか扱えません」
今度は別の空間に、みんなの視線が動く。
「“じゃあ柊に封印をかけた人物は、霧島家の上の人間ってことォ?”」
光流くんが麗子さんの口調を真似て言った。
「霧島家の……上の人間……それに、お面……」
奏さんは何か思い出すように呟くと、
先生と顔を見合わせた。
「先生、やっぱり……」
「ええ」
先生が小さく息を吸って吐く。
「柊くんが昨日出会った人は、霧島詠慈様でしょう」
「霧島……詠慈……?」
それって……。
「霧島家の当主です」
答えたのは奏さんだった。
「詠慈様は、いつも半面で目元を隠されておられます。
私もお顔を見たことはありませんが、噂では和音くんに――」
そこまで言って、奏さんが固まった。
「あれ……?確か……和音くんって……」
奏さんの顔が青ざめていく。
――嫌な予感がした。
左隣を見ると、
光流くんは眉をひそめていた。
「和音くんって確か、霧島家の後継者だよね?」
……霧島詠慈の息子ということか。
僕は奏さんの顔を覗き込んだ。
「和音くんが、どうかしたの?」
「私……すごく大切なことを見落としていたのかもしれません……」
肩が震えている。
「……っ先生!!
先生が和音くんに最後に会ったのはいつですか!?」
「僕ですか?確か……まだ赤ん坊の時でしたね」
先生も不審そうに奏さんを見ていた。
「僕は仕事で、継承の儀には参列できませんでしたから」
「ってことは……私だけ……!?」
奏さんが、僕の両肩を勢いよく掴んだ。
「柊くん!!
今のお父様とは、血が繋がっていないんですよね!?」
「えっ、うん……そうだけど……?」
……父さん?
奏さんの瞳が揺れる。
「そうだ……だから初めて会った気がしなかったんです……!」
――『……あの、以前どこかでお会いしたこと、ありましたっけ?』
あの時、
確かに奏さんはそう言っていた気がする。
「やっと思い出しました……!」
奏さんが、僕の右隣の空間に顔を向けた。
「颯くん!昨日の男は、柊くんに声が似ていたと言いましたね!?」
奏さんがまた、僕の方へ向き直る。
「和音くんのお顔は、柊くんにそっくりなんです!」
「――え?」
点と点が、
ゆっくり繋がり始める。
――声も、顔も。
僕と似ている人たち。
鼓動がうるさい。
まるで、耳元に心臓があるみたいだ。
「柊くん、実のお父様のお顔を見たことは!?」
奏さんが勢いよく詰めてくる。
「……ない」
「颯くんは!?」
「……“柊の顔にそっくりだ”ってさ」
僕に聞こえない颯の声を、光流くんが代弁した。
「和音くんは、柊くんに似ています。
そして柊くんは、実のお父様に似ている……!」
――それって、つまり……。
奏さんが息を呑んだ。
「柊と和音くんが兄弟とか?」
光流くんが呟く。
だとしたら、
霧島詠慈は――
「……僕の」
パァンッ!!
堤防の上を走る車が、
空のペットボトルを踏み潰した。
「……」
沈黙が流れる。
僕の、実の父親は。
僕を認知した上で、
僕と母さんの前からいなくなった。
顔も知らない。
名前も、今日まで知らなかった人。
息が、上手く吸えない。
「――柊くん」
先生の声が、沈黙を破った。
「和音くんの顔は僕もよく覚えていないのでわかりませんが……
似ているというだけで、そこまで言えないでしょう」
「でも先生――」
「証拠がないでしょう。
似ているだけで決めつけるのは危険です」
奏さんの言葉に、先生が被せる。
「詠慈様に隠し子がいるなんて、聞いたことがありません」
奏さんの手が、僕の肩からゆっくり離れた。
光流くんが一歩前に出る。
「……仮に、柊の実の父親が霧島家の当主だとしても、
隠してる意味がわかんなくない?
柊の力を封じ込めたのも何で?」
光流くんの目線が斜め上を向く。
「……そういうこと?」
麗子さんが何か言っているようだ。
奏さんも、麗子さんがいるらしい空間へ向かって話す。
「じゃあ、和音くんや響はどうなるんですか?
彼らだって霧島家の祓い師として育てられています」
みんなが黙った。
麗子さんが何か話してる。
突然――
「そんなこと、あるわけないでしょう!!」
麗子さんの言葉を否定するように、先生が声を荒げた。
「……あり得ません」
先生は自分の声に驚いたみたいな顔をして、
ぐっと口を閉じた。
――何の話?
聞こえない。
わからない。
みんなの声が遠くなる。
「……っ!」
眩暈がして、僕はしゃがみ込んだ。
――頭が、ぐちゃぐちゃだ。
その時――
「……あ」
優しい風が吹いた。
呼吸が、楽になる。
「颯……」
――『ちゃんと、いるから』
……そうだった。
誰が本当の父親か、そんなことよりも。
僕は、
颯を元に戻したい。
だから――
「……っ奏さん!」
立ち上がって叫んだ。
「その、詠慈って人に会いたいんだけど!!」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月18日21時
第二百九話 二人の父親




