第二百六話 封印
見えない。
聞こえない。
それでも颯は、確かにそこにいる。
そんな奇妙な状態のまま、
僕は病院を後にした。
「柊、ちゃんと水分とってね」
車の中、父さんは僕にペットボトルの水を渡した後、
それ以上何も話さなかった。
父さんはきっと、
本当に僕が熱中症で倒れたと思っていない。
根拠もないのに、なぜかそう確信してしまった。
「……あ」
家に着くと、
玄関の前で篝くんが立っていた。
「篝くん!」
父さんの呼び声に、篝くんが首を傾げて微笑む。
「こんなに遅い時間にすみません。
やっぱり実家は居心地が悪くて……」
僕は目線を上げて篝くんを見た。
ぱち、と目が合う。
「またお世話になっても良いでしょうか?」
「もちろん!」
父さんが玄関の扉を開く。
「待たせて悪かったね」
「いえ。勝手に来たのは僕なので」
また、目が合う。
……やっぱり。
彼も、僕の異変に気づいている。
*
颯の部屋。
ベッドに腰掛ける篝くんと向き合う形で、
僕は床に座っていた。
「大変だったね」
篝くんが僕の左側へ掌をかざす。
まだ何も話していないのに、
彼には全部わかっているみたいだった。
「……ありがとう」
僕が頭を下げると、篝くんは柔らかく笑った。
「ふふ……。君を守りたいのは、僕も同じだから」
「……守る……」
――『君を守るためなんだ』
あの、仮面の男の声が蘇った。
僕の力を奪って、
一体あの人は、何から僕を守ると言うんだ。
篝くんが手を下げる。
「それで、何があったの?」
「……仮面の男が現れて――」
僕は、数時間前の出来事を簡潔に話した。
篝くんは相槌を打ちながら、
僕の話を静かに聞いていた。
「触れられたのって、お腹のあたり?」
「うん……確か」
僕がヘソの上を触ろうとした、その時。
「見せて」
篝くんが手を伸ばす。
「え?」
肩を掴まれた次の瞬間。
ドサッ。
気づけば床に押し倒されていた。
篝くんは僕の肩を押さえたまま、
腹部へ視線を向ける。
「……ちょっと……!」
僕が見上げると、
ガタンッ。
篝くんの背後で物音がした。
颯と、宵くんと灯さんが何かやり合っている。
……見えないけれど、なんとなくそう思った。
「ごめんね」
腰にひやりとした感覚が落ちた。
「――っ!」
「確認するだけだから」
篝くんの手が僕の甚平を捲り上げ、
腹部が顕になる。
「待ってよ……!」
両手を伸ばして隠そうとした。
だけど――
「やっぱり……霧島家の紋様に似ている」
篝くんの真剣な眼差しに、
僕の手は止まった。
「え……?」
彼の視線を辿る。
――ヘソの上の、アザ。
「……何で……!?」
アザが濃くなっている。
はっきりと褐色に浮かび上がる紋様。
夕方に見た時は、こんな風じゃなかった。
「柊くん」
篝くんの身体が離れる。
「落ち着いて聞いてね」
僕は起き上がりながら頷いた。
はだけた甚平を整える。
「君に、封印がかけられている」
「え!?」
「霧島家の……しかも強力なものだよ」
「何で!?」
僕は前のめりになった。
ガタッ。
ローテーブルが揺れる。
まるで颯まで動揺したみたいに。
「二人とも、落ち着いて」
篝くんは、掌を僕に向けて突き出した。
「柊くん。このアザ、いつからあった?」
「……生まれつき」
物心ついた頃からあったし、
母さんにもずっとそう言われてきた。
篝くんが目を伏せる。
「そうだよね」
何か知ってるみたいな言い方だった。
「生まれつき、僕には封印がかけられてたってこと?」
「……」
「誰が?何のために?」
篝くんの唇が開いては、閉じる。
まるで正しい言葉を探ってるみたいに。
「篝くん」
僕は篝くんの手を取った。
真っ直ぐに彼を見る。
「教えてよ」
「……っ……」
篝くんは手を引こうとした。
だけど僕は離さなかった。
「知ってるんでしょ?」
「……それは――」
篝くんの視線が、ふと扉へ向いた。
同時に、
「柊!!」
扉の向こう側から響いた声。
勝手に肩がビクッと震えた。
「お風呂沸いたから、入って」
――父さん。
いつからそこにいた?
「うん……すぐ行く」
篝くんがそっと手を離す。
「柊くん」
苦しそうな顔。
「……僕は、迷っているんだ。
君に、話すべきかどうか」
篝くんは、意地悪をしてるわけじゃない。
僕は立ち上がった。
「うん。ごめんね、問いただしたりして」
無理に話させるのは違うだろう。
それなら――。
「霧島家に、関係することなんだよね」
「……うん」
「僕は、僕のやり方で見つけるから」
明日、斎賀先生に会う。
奏さんも来るかもしれない。
――自分の力で、辿り着けばいい。
コンコン!
僕に同意するみたいに、
颯がテーブルを小突く音が聞こえた。
その夜は、それっきり。
夜が明けるまで、
颯の気配は、わからなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月16日21時
第二百七話 あなただけの命




