第二百三話 終幕の花火
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臨海公園の奥。
ミラが作った花園の内側。
不気味に咲き乱れる真紅の薔薇に囲まれて、
響と桃華は戦意を喪失していた。
奏は蔦に絡め取られたまま――気絶している。
「……はぁ……はぁ……」
荒く息を吐く桃華の腕の中、
暮羽もまた、意識を失っていた。
「終わりじゃな」
ミラが腕を組んで顎を上げた。
その時。
……パリンッ。
微かに聞こえた――結界が破れる音。
花園の中では、誰も動いていない。
ミラは眉間に皺を寄せた。
「……誰じゃ」
ズバァッ!!
青白い光が瞬き、
花園に穴が開いた。
その空洞から、
鈴の音が響く。
現れたのは、
白い着物を纏った半面の男。
「ここまで、よく耐えたね」
懐かしくて、優しい声。
「……っ詠慈様!!」
響は声を絞り出して叫んだ。
「あとは僕に任せて」
ミラの目が細くなる。
「なんじゃ。詠慈か。
でかくなったもんじゃな」
「貴女はお変わりないですね。琴子様」
詠慈は小さく息を吐いた。
「僕だけが歳を取ったようだ」
指の間にお札を挟み、
詠慈が右手を伸ばす。
「常に霊を縛りつけたままだなんて、
随分と傲慢な生き方をしていらっしゃる」
「それは褒め言葉か?」
ミラの足元から蔦が伸びた。
「さあ、どうでしょうね」
空気が張り詰める。
薔薇の花弁が、はらりと落ちた。
「死にたがりめ」
ミラが掌を詠慈へかざした、次の瞬間。
……ウウウー!!
遠くでパトカーのサイレンが鳴った。
「……やれやれ」
ミラは舌打ちすると、目を細めて詠慈を見た。
「霊力だけは外へ漏れぬようにしておいたというのに、
台無しじゃ」
「霊力隠しの結界ですか。さすがですね」
「お主が結界を壊したせいで、犬も猫も寄って来よるわ」
サイレンの音が近づいてくる。
「まあ良い。どうせ――」
ズズ……。
蔦が地面へと戻る。
「所詮、お主らはこの程度じゃ」
ミラは桃華たちを見下ろすと、
ハッ、と嘲笑った。
「桃色を恐れておったが、杞憂じゃったな」
花園がゆっくりと動き、
天井が解けて夜空が顔を出した。
「……懸命なご判断です」
「勘違いするなよ、詠慈」
ミラは踵を返した。
「お主ひとり、どうとでもなる」
カツン……カツン……。
ヒールの音が遠ざかっていく。
「今はその時ではないだけじゃ」
詠慈は答えなかった。
ただ、指の間のお札だけが静かに揺れた。
詠慈はお札を胸元に納めると、
代わりに小刀を取り出した。
ミラが暗闇へ去っていく背後、
詠慈は響へ歩み寄る。
「……貴女こそ、ご覚悟を」
去っていくミラの背へ告げる。
詠慈は小刀に霊力を灯し、
響を拘束する蔦を切り裂いた。
解放された響の身体を支えながら、
ミラの背中を真っ直ぐに捉える。
「霧島の罪は、霧島が贖います」
ドンッッ!!
最後の大輪が夜空に咲く。
その後、
花火の音は聞こえなくなった。
***
同時刻。籠屋市内。
もう使われなくなった町工場。
木の梯子に、伊吹は腰掛けていた。
「……」
膝を抱え、
港から聞こえてくる花火の音に耳を傾ける。
……ガタッ。
工場の入口、
鉄製の引き戸が動いた。
「……!」
伊吹が顔を上げて見ると――。
「……また、来てたんですか」
「狠ちゃん」
「何度来たって同じですよ」
狛の弟――狠は、
動きを止めた工作機械へ歩み寄った。
「お話しできることはありません」
伊吹に背を向け、
機械の近くでしゃがみ込む。
「……無理に話させるつもりはないよ」
伊吹の声は、
いつもと違う静かさだった。
「ただ――
ボクは、隠す方の辛さもわかるから」
――狠ちゃん。
ボクが救いたいのは、
狛くんだけじゃないんだよ。
カチャン……。
狠の手元から、
金属が擦れる音がした。
伊吹は椅子から立ち上がった。
無理やり笑顔を作って見せる。
「今日はさ!花火に誘いに来たんだ!」
狠は振り返らずに言った。
「……興味ないですよ」
「そっか。残念だな……」
沈黙が流れた。
「じゃあ、ボクは行くね」
狠は何も言わなかった。
「……でもさ」
出口へと歩き出した、
伊吹の足が止まる。
「九月四日――
柊くんたちの学園祭は、一緒に行こうね」
――夏が終われば、
何かが変わる気がしていた。
「前から、約束してたでしょ?」
伊吹は、開けっ放しの引き戸を通り抜けた。
カチャン。
背後で、
工具の音が一度だけ止まった。
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※次回更新:6月14日12時
第二百四話 空白




