第二百二話 同じ願い
***
Side:柊
僕は臨海公園の奥へ向かって走っていた。
祭りの声が次第に聞こえなくなってくる。
「こっちで合ってんのかよ!?」
僕にもわからない。
だけど、迷っている時間もなかった。
バチィィッ!!
「……!?」
また、霊力が弾けるのを感じた。
前方――近い。
「当たりだな!?光流呼ぶか!?」
「……うん!」
僕は走りながら甚平のポケットに手を突っ込んだ。
その時、
シャラン、と。
鈴の音が響いた。
「――!?」
目の前に現れた、人影。
強い霊気が肌を撫で、
ポケットの中でスマホを握る手が固まった。
敵か?
でも――妙に懐かしい気配。
近づくと、
白い着物の男が見えた。
半面に隠されて顔はわからない。
僕たちは立ち止まっていた。
唾を飲み込む。
「……誰ですか?」
「……」
男は、何も答えなかった。
「おい!」
前に出ようとする颯を、
僕は片腕を広げて止めた。
「……っ……」
わずかに男の息が漏れる。
その肩が、何故か震えているように見えた。
「……この先は、危険だよ」
「……!?」
――声が。
「それでも、行くのかい?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
聞き覚えがある。
いや、違う。
似ているんだ。
……僕の声に。
颯が目を開いて僕を見た。
「あいつ……!」
「行きます」
颯の言葉を遮って答えた。
「退いてください」
誰なのかはわからない。
でも今はそれより。
「仲間が待ってるんです」
奏さんが優先だ。
「仲間、か」
男が僕へと近づいてくる。
男が歩くたび、
帯紐から垂れた鈴が音を立てた。
「柊!やるか!?」
「……待って」
根拠はない。
だけど、この人は敵ではない。
そう思ったから、
この時、僕は止まってしまったんだ。
それが、
間違いだった。
一歩。
また一歩。
男との距離が縮まる。
何か言わなきゃ。
そう思うのに、
喉の奥が締め付けられて言葉が出ない。
ドクン……ドクン……。
心臓が嫌な音を立てる。
隣の颯も息を呑んだ。
共鳴するように、
その鼓動まで聞こえてくる。
「……あ……」
目孔の隙間から覗く、
男の瞳と目が合った。
――悲しげな瞳だった。
男が掌をかざした。
そこへ急速に光が集まる。
危ない――そう思った。
のに、身体が動かなかった。
「おい柊!」
……目を離せなかったんだ。
あの瞳から。
咄嗟に口を開いた。
「退いてください!!」
バチンッッ!!
言い切るより先に、
男の掌が、僕の腹部に触れた。
ヘソの上の――あのアザの場所に。
青白い光の中、
ほんの一瞬、不思議な紋様が見えた。
「っあああ!!」
焼けるような熱が走る。
痛い……!
視界が白む。
息が上手く吸えない。
身体の奥で、
何かが無理やり押し込められる感覚がした。
霊力が、急速に遠ざかっていく。
「……君を守るためなんだ」
遠い花火の音に混じって聞こえたその声は。
泣きそうなほど、優しかった。
まるで――謝るみたいに。
意識が遠くなる。
「柊!!」
僕を呼ぶ、颯の声。
だけど――
その声を最後に。
――颯の声は、聞こえなくなった。
***
Side:颯
反面の男に触れられて、柊が倒れた。
攻撃じゃない。
それよりも。
呪いのような、
いや、祈りのような。
――そんな光に見えた。
「おい柊!!」
名前を呼ぶ。
柊は目を閉じたまま、動かない。
「てめぇ何やったんだよ!!」
男は何も答えず、俺たちに背を向けた。
「待てよ!!」
俺が飛び出すと、
バチィィィンッ!!
「ってぇ!」
見えない壁にぶつかった。
――おかしい。
柊から離れられる距離が短すぎる。
最近、伸びてきてたはずだろ……!?
これじゃ、
あの事故の日の夜と同じだ……!
去って行く背中に向かって叫んだ。
「おい!誰なんだよてめぇ!!」
「……僕は、君と同じだ」
「はぁ!?」
鈴の音が遠ざかっていく。
「あの子を守りたい」
その言葉を最後に、
男は暗闇へ姿を消した。
「おい!しっかりしろ!!」
柊の肩へ手を伸ばす。
……触れられない。
両手を見た。
透けてやがる……!?
柊から付与されていた霊力が消えている。
だから、
俺の声はもう届かない。
「柊!!」
――返事はなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月13日15時
第二百三話 終幕の花火




