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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第百九十九話 星の雨


 ミラはうなじに片手を当て、首を左右に傾けた。

 まるで挑発するように。


 桃華が眉をひそめた。

 

「……余裕ね」


 その額に、汗が滲む。


「……はぁ……暮羽」


「はい」


 暮羽が桃華へ顔を寄せる。

 桃華は首元に下がったコンパクトを開いた。

 その中で、いくつもの宝石が煌めく。


「……っ……わかったでしょ?

 一対一でやり合っても……霊力差で勝てない」


「……はい」


「的を……増やして……はぁ……、

 あの女の意識を……分散……させるの」


 桃華は宝石を取り出して握りしめた。

 ……その手が、震えている。


「必ず……綻びが見えるわ」


「ですが桃華様!」


 暮羽はよろめく桃華の身体を支えた。


「そのお身体で戦うのは、ご無理が……」


「そうじゃぞ」


 ミラは腰に手を当て、冷笑した。


「わしの目的は既に終えておる。

 ここで無駄死にせずとも、逃げればよかろう」


 夜風に、雑木林が騒めいた。


「桃色の霊力を諦めれば良いだけの話じゃ」


「……諦める?」


 桃華は片眉を上げた。


「その力は……っ……

 たくさんの人を……救うための力なのよ……」


「……桃華様……!」


「あなたの勝手で、奪われちゃ困るわ……!」


 暮羽の腕を押し除け、桃華は前へ出た。


「……桃華を誰だと思っているの?

 

 燦宮桃華・アメリ・ド・ルモワーニュよ」


 凛としたその声に、

 暮羽は腕の力を抜いた。


「桃華様」


 暮羽が刀身を構える。


「必ず私が、お守りします」


 祭りの歓声が、遠くで聞こえた。


「……後悔するなよ」


 ブワァッ!!


 複数の蔦が二人へ襲いかかる。

 桃華は手元から宝石を放った。


 青白い光を纏った宝石が、暗闇に光る。


 バチッ!!


 蔦が宝石を弾く。

 だが、全てじゃない。

 いくつかの蔦は、熱に焼け落ちていく。


「暮羽!!」


「はっ!」


 蔦と宝石の嵐の中、

 暮羽は縫うように前へ進んだ。


 黒髪を掠めていく蔦。

 足元から突き上がる棘。


 その全てを紙一重でかわしながら、

 暮羽は一度も速度を落とさない。


 ズバッ!

 ズバッ!!


 霊力が脆い蔦を選び取って斬る。

 

 あと少しで――ミラへ届く。


「……厄介じゃのう」


 ブワァッ!!


 地面が割れた。

 巨大な蔦の壁が立ち上がる。


 カァンッ!!


 壁に弾かれる。

 ――硬い……!


 だが――


「ガラ空きよ」


 上空に、

 無数の光が煌めいた。


 今夜、

 空から落ちるのはしだれ柳だけじゃない。


星の雨(プリュイ・デトワール)

 

 宝石の雨が、降り注ぐ。


 バチバチバチィッ!!


 無数の宝石がミラを飲み込んだ。


 ジュウウゥ……!!


 焼け焦げる音。

 蔦の壁の向こうで、黒煙が立ち昇る。


「……まだよ……」


 動きを止めたショベルカーの上。

 桃華が息を吐いた。


 煙の向こう――


 カツン。


 ヒールの音が、微かに聞こえた。


「……っ」

 

 桃華の膝が崩れた、その時。


 ブワッ!!


 蔦の壁一面に真紅の薔薇が咲く。


 暮羽が目を見開いた。

 

 次の瞬間――


「薔薇回廊」


 花弁が、無数の刃となって飛んだ。


 カンッ!カァンッ!


 暮羽は刀を横にして防いだ。

 しかし――


「あああ!!」


 桃華の叫び声。


「……っ桃華様!!」

 

 咄嗟に暮羽は振り返り、

 桃華へ向かって走った。


 ザクッ!!


 鋭く尖った花弁が、

 暮羽の背中にいくつも突き刺さる。


「……ぐっ……」


 歯を食いしばる。

 それでも止まらずに走った。


 ショベルカーの上に膝をつき、

 顔の前で腕を交差させた桃華の姿が見えた。

 その腕に花弁が刺さり、血が滲んでいる。


 暮羽はショベルカーの上へ飛び乗った。


「桃華様!!」


 桃華を覆い隠すように抱きしめる。

 暮羽の白いシャツに血が滲んでいく。


「くれ……は……この薔薇……」


 桃華は消え入りそうな声で呟いた。


「……毒が……」


「――っ!?」


 ドクン!


 暮羽の心臓が跳ねた。


 ――身体が、痺れる……!


「ふざけた真似をしよるわ」


 ミラの冷たい声が落ちた。


 暮羽は、桃華を庇うように抱き寄せたまま振り返った。

 

 蔦の壁が解け、その隙間から真紅の着物が覗く。


「遊びは終わりじゃ」


 ミラの身体から、赤い霊力が噴き出していた。


 暮羽と桃華は肩を寄せ合った。


 暮羽の鼓動が、

 桃華の身体に伝わってくる。


「今更、逃さぬぞ」


 ヒールの音が近づいてくる。

 ミラが歩くたび、その足跡に薔薇が咲いた。


 ――美しく、恐ろしい。


「図に乗りすぎたな」


 ミラが掌をかざす。

 暮羽は桃華を抱く手に力を込めた。


「暮羽……まだ……あなたは動けるでしょ……?」


「……はい」


 桃華は、暮羽の目を見て言った。


「……逃げなさい……!

 あなただけでも……!!」


 ズズ……。


 ミラの足元から蔦が伸びる。

 赤い光を纏った蔦の先に――鋭く大きな棘。


「終わりじゃ」


 蔦が、二人に牙を向いた。


「早く!!」


 桃華が叫んだ。


 それでも――

 

 暮羽は、動かなかった。


 桃華の身体を、

 強く抱いた。


 グサッ!!


「……っ……」


 ぱたっ……。


 暮羽の唇から溢れた血が、

 桃華の頬に落ちる。


 棘が、

 暮羽の背中に真っ直ぐ刺さっていた。


「……桃華様」


 震える指で、その血を拭い、

 暮羽は笑った。


 ――あなたに救って頂いた、あの日から。


「私は……あなたの盾です」

 

 暮羽の呼吸が、浅くなる。


「……暮羽……!!」


 桃華は暮羽の胸に掌を当てた。

 

 早く助けなくては。


 それなのに――

 桃色の霊力が、一滴も出ない。


 ――救えない。


「暮羽ぁ!」


 桃華の視界が滲んだ。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:6月11日21時

第二百話 私の意思で

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