第百九十八話 譲れないもの
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臨海公園の奥。立ち入り禁止の未整備区域。
生い茂った木々の中、
桃華は蔦に囚われていた。
――しかしそれは、始まりに過ぎなかった。
暗い雑木林に、
動きを止めたショベルカーが佇む。
花火会場からは数百メートルしか離れていないのに、
祭りの喧騒は遠く聞こえるだけだった。
囚われた桃華の頭が、ぐったりと垂れる。
その唇から、かすかに寝息が漏れた。
「さて……時間じゃな」
腕を組み、桃華と向かい合うのは、
霧島琴子――ミラだった。
ミラの手元に光が集まり、怪しげな紋様を描き出す。
――霧島家の、封印術。
ミラの掌が、桃華の身体に触れた瞬間――
ビリッッ!!
霊力が弾け、浴衣が破ける。
顕になった腹部へ紋様が写された。
「……っ!?」
桃華の瞼が開く。
ミラは後ろを振り返った。
「……結界は張っておいたが、今のはさすがにバレたじゃろうな。
まあ、すぐには辿り着けんじゃろう」
「……熱っ……!何よこれ!!」
ミラの視線が桃華へ戻る。
「暴れるな。力を封じ込めただけじゃ」
「封印……!?
燦宮の霊力に、効くわけないでしょ!!」
燦宮の霊力は唯一無二。
本来ならば、封印術は効かない。
「それはどうかのう?」
蔦がまた、桃華に絡みつく。
突き出した棘が皮膚に食い込んだ。
「……っ!?」
桃華が表情を歪める。
「検証しよう」
地面から生えた蔦が椅子の形を成す。
ミラはそこへ腰掛けて足を組んだ。
「ただ待つのもつまらぬ。どれ、何か話でもしようか」
桃華がミラを睨みつける。
「……あんたと話すことなんかないわよ」
ミラは気に留めず、悠々と続けた。
「お主は御影の味方になったのか?」
「だから話すことはないって言ってんの!」
ミラの声が低くなる。
「燦宮も消されるぞ」
桃華は嘲笑った。
「おあいにく様。
桃華も三流派の争いに巻き込まれるのはごめんよ」
「ならばなぜ奴らの肩を持つ?」
「それは――うっ!?」
桃華の身体に痺れが走った。
ミラの口元が吊り上がる。
「……効いてきたようじゃな」
「……はぁ……はぁ……」
呼吸が浅くなる。
毒が、回っている……?
「な……んで……!?」
――燦宮に、毒は効かないはずなのに。
「封印は成功じゃ」
ミラが椅子から立ち上がった。
するりと蔦が地面へ戻っていく。
「二種類を封じるのは無理じゃったが、桃色だけ封じられれば十分じゃ」
ミラは桃華に背を向けた。
「ちょっと!待ちなさい!!」
――三流派がどうなろうと、興味はないわ。
だけど。
この力が、なくなることは困るのよ……!
――『燦宮の力で、たくさんの人を救える』
桃華の脳に、父親の言葉が響いた。
――『私たちの使命だよ』
桃華にだって、
譲れないものがあるの……!
「誰が強いかなんかより、もっと大切なことがあるでしょ!?
人を踏みつけるために、強くなるんじゃない!」
桃華はミラの背中へ叫んだ。
「それだけの力があるなら、
その力で人を救いたいとは思わないの!?」
ミラの足が止まった。
「……燦宮は、確か奉仕活動が好きじゃったな」
ゆっくりと、ミラが振り返る。
「残念じゃが、わしは弱い者には興味がないわ」
暗く濁った瞳が、桃華を捉えた。
「世の中の大半はそうじゃ。力は己のために使うもの」
「……だから救えるのに亡くなる人が絶えないのよ……」
ミラはまた、桃華に背を向けた。
暗闇にヒールの音が鳴り響く。
「力のない者のために強い者が傷つくなど、本末転倒」
ミラが暗闇に消えようとした、その時。
――カツン。
暗闇の奥で、
誰かの足音が鳴った。
ミラの前方から――
一閃。
青白い光が瞬いた。
「桃華様!!」
刃がミラに届く直前、
地面から生えた蔦が防壁を作った。
ズバッ!!
切り裂かれた蔦の間から姿を現したのは――
「遅くなりました……!」
「暮羽!!」
霊刀に、青白い光が灯る。
「思ったより早かったのう」
「今、助けます」
暮羽はそのまま地を蹴った。
一気に距離を詰め――ミラの喉元へ刀が迫る。
「ほう?」
カンッ!!
咄嗟に生えた蔦が刀を弾いた。
――硬い!?
同じ蔦のはずなのに……!
暮羽は後方へ跳んで距離を取った。
ミラがため息を吐く。
「お主じゃ勝てんぞ」
ミラは顎を上げて暮羽を見下した。
「まあ、遊んでやっても良いじゃろう」
ヒュッ!
蔦が暮羽に向かって伸びる。
暮羽は刀を薙ぎ払った。
カンッ!カァンッ!!
蔦と刀がぶつかり合う。
ミラは唇を舐めた。
「……ようついて来れとるのう」
目の前に蔦が飛んでくる。
暮羽は身体を反らし、下から刀を振り上げた。
カァンッ!
――弾かれる。
「暮羽!!」
桃華の声が飛んだ。
「よく見なさい!さっき切れたでしょ!?」
「……はい」
暮羽は目を細めた。
蔦は一本一本、流れている霊力が違う。
ヒュンッ!
――やっぱり。
攻撃をしかけるその瞬間、
一気に霊力を流して硬化してる。
「全部硬いわけじゃないわ!」
カァンッ!!
弾かれる。
まともに打ち合えば、いずれ押し切られる。
――私一人では届かない。
ならば。
暮羽は駆け出した。
ヒュッ!!
蔦が暮羽の頬を掠める。
紙一重で身体を捻って避けた。
ヒュンッ!!
今度は、足元。
暮羽は地面を蹴り、宙で身体を回転させた。
蔦が顔の横を通り過ぎる。
ヒュッ!ヒュッ!
――この蔦は切らない。
避けるだけ。
一歩。
また一歩。
暮羽は確実に前へ進んでいた。
「動きは良いが、逃げるだけじゃ勝てんぞ?」
暮羽は答えなかった。
徐々にミラの横を抜け、
桃華との距離を詰めていく。
「近づいたとて届かん。無駄じゃ」
「……あなたではありません」
刀を、振り抜く。
――そっちの蔦は、硬くない。
「桃華様!!」
ズバァッ!!
桃華を拘束していた蔦が宙を舞った。
遅れて、
桃華の身体が前へ傾く。
「……上出来よ、暮羽」
震える指の間――宝石が煌めく。
青白い光を灯し、
ミラへ向かって放った。
バチバチバチィッ!!
焼け焦げる音と共に、
ミラの身体から黒い煙が上がる。
「……うっ……」
ミラの声がわずかに漏れた。
崩れ落ちる桃華を暮羽が支える。
「桃華様!!」
破れた浴衣から覗く素肌を隠すように、
スーツのジャケットで桃華を包んだ。
煙の中――
「随分贅沢な戦い方じゃのう……」
着物の裾は焦げていた。
だが。
ミラは笑っていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月10日21時
第百九十九話 星の雨




