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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第百九十八話 譲れないもの


 ***


 臨海公園の奥。立ち入り禁止の未整備区域。


 生い茂った木々の中、

 桃華は蔦に囚われていた。


 ――しかしそれは、始まりに過ぎなかった。


 暗い雑木林に、

 動きを止めたショベルカーが佇む。


 花火会場からは数百メートルしか離れていないのに、

 祭りの喧騒は遠く聞こえるだけだった。


 囚われた桃華の頭が、ぐったりと垂れる。

 その唇から、かすかに寝息が漏れた。


「さて……時間じゃな」


 腕を組み、桃華と向かい合うのは、

 霧島琴子――ミラだった。


 ミラの手元に光が集まり、怪しげな紋様を描き出す。

 

 ――霧島家の、封印術。

 

 ミラの掌が、桃華の身体に触れた瞬間――


 ビリッッ!!


 霊力が弾け、浴衣が破ける。

 顕になった腹部へ紋様が写された。


「……っ!?」


 桃華の瞼が開く。

 ミラは後ろを振り返った。


「……結界は張っておいたが、今のはさすがにバレたじゃろうな。

 まあ、すぐには辿り着けんじゃろう」


「……熱っ……!何よこれ!!」


 ミラの視線が桃華へ戻る。


「暴れるな。力を封じ込めただけじゃ」


「封印……!?

 燦宮の霊力に、効くわけないでしょ!!」


 燦宮の霊力は唯一無二。

 本来ならば、封印術は効かない。


「それはどうかのう?」


 蔦がまた、桃華に絡みつく。

 突き出した棘が皮膚に食い込んだ。


「……っ!?」


 桃華が表情を歪める。


「検証しよう」


 地面から生えた蔦が椅子の形を成す。

 ミラはそこへ腰掛けて足を組んだ。


「ただ待つのもつまらぬ。どれ、何か話でもしようか」


 桃華がミラを睨みつける。


「……あんたと話すことなんかないわよ」


 ミラは気に留めず、悠々と続けた。


「お主は御影の味方になったのか?」


「だから話すことはないって言ってんの!」


 ミラの声が低くなる。


「燦宮も消されるぞ」


 桃華は嘲笑った。


「おあいにく様。

 桃華も三流派の争いに巻き込まれるのはごめんよ」


「ならばなぜ奴らの肩を持つ?」


「それは――うっ!?」


 桃華の身体に痺れが走った。

 ミラの口元が吊り上がる。


「……効いてきたようじゃな」


「……はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が浅くなる。

 毒が、回っている……?


「な……んで……!?」


 ――燦宮に、毒は効かないはずなのに。


「封印は成功じゃ」

 

 ミラが椅子から立ち上がった。

 するりと蔦が地面へ戻っていく。


「二種類を封じるのは無理じゃったが、桃色だけ封じられれば十分じゃ」


 ミラは桃華に背を向けた。

 

「ちょっと!待ちなさい!!」


 ――三流派がどうなろうと、興味はないわ。

 

 だけど。

 この力が、なくなることは困るのよ……!


 ――『燦宮の力で、たくさんの人を救える』


 桃華の脳に、父親の言葉が響いた。


 ――『私たちの使命だよ』


 桃華にだって、

 譲れないものがあるの……!


「誰が強いかなんかより、もっと大切なことがあるでしょ!?

 人を踏みつけるために、強くなるんじゃない!」


 桃華はミラの背中へ叫んだ。

 

「それだけの力があるなら、

 その力で人を救いたいとは思わないの!?」


 ミラの足が止まった。


「……燦宮は、確か奉仕活動が好きじゃったな」


 ゆっくりと、ミラが振り返る。


「残念じゃが、わしは弱い者には興味がないわ」


 暗く濁った瞳が、桃華を捉えた。


「世の中の大半はそうじゃ。力は己のために使うもの」


「……だから救えるのに亡くなる人が絶えないのよ……」


 ミラはまた、桃華に背を向けた。

 暗闇にヒールの音が鳴り響く。


「力のない者のために強い者が傷つくなど、本末転倒」


 ミラが暗闇に消えようとした、その時。


 ――カツン。


 暗闇の奥で、

 誰かの足音が鳴った。


 ミラの前方から――

 一閃。

 

 青白い光が瞬いた。


「桃華様!!」


 刃がミラに届く直前、

 地面から生えた蔦が防壁を作った。


 ズバッ!!


 切り裂かれた蔦の間から姿を現したのは――


「遅くなりました……!」


「暮羽!!」


 霊刀に、青白い光が灯る。


「思ったより早かったのう」


「今、助けます」


 暮羽はそのまま地を蹴った。

 

 一気に距離を詰め――ミラの喉元へ刀が迫る。


「ほう?」


 カンッ!!


 咄嗟に生えた蔦が刀を弾いた。


 ――硬い!?

 同じ蔦のはずなのに……!


 暮羽は後方へ跳んで距離を取った。


 ミラがため息を吐く。


「お主じゃ勝てんぞ」


 ミラは顎を上げて暮羽を見下した。


「まあ、遊んでやっても良いじゃろう」


 ヒュッ!


 蔦が暮羽に向かって伸びる。

 暮羽は刀を薙ぎ払った。


 カンッ!カァンッ!!


 蔦と刀がぶつかり合う。

 ミラは唇を舐めた。


「……ようついて来れとるのう」


 目の前に蔦が飛んでくる。

 暮羽は身体を反らし、下から刀を振り上げた。


 カァンッ!


 ――弾かれる。


「暮羽!!」


 桃華の声が飛んだ。


「よく見なさい!さっき切れたでしょ!?」


「……はい」


 暮羽は目を細めた。


 蔦は一本一本、流れている霊力が違う。


 ヒュンッ!


 ――やっぱり。

 攻撃をしかけるその瞬間、

 一気に霊力を流して硬化してる。


「全部硬いわけじゃないわ!」


 カァンッ!!


 弾かれる。

 まともに打ち合えば、いずれ押し切られる。


 ――私一人では届かない。

 

 ならば。


 暮羽は駆け出した。


 ヒュッ!!


 蔦が暮羽の頬を掠める。

 紙一重で身体を捻って避けた。


 ヒュンッ!!


 今度は、足元。

 暮羽は地面を蹴り、宙で身体を回転させた。


 蔦が顔の横を通り過ぎる。


 ヒュッ!ヒュッ!


 ――この蔦は切らない。

 避けるだけ。


 一歩。

 また一歩。


 暮羽は確実に前へ進んでいた。


「動きは良いが、逃げるだけじゃ勝てんぞ?」


 暮羽は答えなかった。


 徐々にミラの横を抜け、

 桃華との距離を詰めていく。


「近づいたとて届かん。無駄じゃ」

 

「……あなたではありません」


 刀を、振り抜く。


 ――そっちの蔦は、硬くない。


「桃華様!!」


 ズバァッ!!


 桃華を拘束していた蔦が宙を舞った。


 遅れて、

 桃華の身体が前へ傾く。


「……上出来よ、暮羽」


 震える指の間――宝石が煌めく。


 青白い光を灯し、

 ミラへ向かって放った。


 バチバチバチィッ!!


 焼け焦げる音と共に、

 ミラの身体から黒い煙が上がる。


「……うっ……」


 ミラの声がわずかに漏れた。

 崩れ落ちる桃華を暮羽が支える。


「桃華様!!」


 破れた浴衣から覗く素肌を隠すように、

 スーツのジャケットで桃華を包んだ。


 煙の中――


「随分贅沢な戦い方じゃのう……」


 着物の裾は焦げていた。


 だが。


 ミラは笑っていた。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:6月10日21時

第百九十九話 星の雨

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