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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第百九十六話 約束の音


 ***

 

 ドンッッ!!


 花火の光が、

 コンテナヤードを白く照らした。


 時計の針が、七時三十分を示す。


 奏の目の前で、

 赤い霊力が乱れた。


「……奏」


 赤が、勢いを失っていく。


「響!!」


 三味線を片手に、奏は駆け出した。


「……私……戻れない……」


 ドンッ!

 ドンッ!!


 花火の音がコンテナヤードに反響する。


 かき消されないように叫んだ。


「戻れます!!」


 ……ズズズ……。


 響の内側から黒い影が顔を出す。

 響が、自分を取り戻そうとしている。


「戻ったって……もう、帰れない……」


「まだ決まってない!」

 

 奏は、響へ手を伸ばした。


 ――怖かった。

 何か言ったら、響を傷つけてしまいそうで。

 大切だからこそ、触れられなかった。


 ――『……奏……助けて……』


 でも、あなたの声を聞いて、

 死ぬほど後悔したんです。


 だから――


「諦めないで!」


 もう逃げない。


「あなただって、戻りたいって思ったから、

 私に手を伸ばしたんでしょう!?」


 今度こそ、掴む。


「こっちへ来て!!」


 響の手が、動いた。


「……奏……!」


 震える指先が、

 奏の指に触れる。


 手と手が、重なった。


 ――暖かい。


 ブワァァァッ!!


 その温もりに触れて、

 響を支配していた黒い塊が弾き出された。


 奏は掴んだ響の手を引き、

 強引に抱き寄せた。


 奏の顔が、くしゃりと歪む。


「……よかった……!」


「……なんで……」


 響の唇が震えた。


「なんで、まだ私を助けるの……?」


「約束したからです!!」


 硬く手を取り合ったまま、

 二人は揃って霊害を睨みつけた。


「霧島の女は、強いんです」


 力強く、真っ直ぐ響く奏の声。


「響が教えてくれたんじゃないですか」


「あ……あああ……」


 霊害が輪郭を作り出す。

 

 龍のような、二つの頭。

 尻尾が絡み合い、二体で一つの姿を成していた。


 ――でかい。

 こんなものが、響の中にねじ込まれていたのか。

 

 岸壁の向こうで、波が跳ねる。


「奏……」


 響はそっと身体を離し、奏の目を見た。


「二人でやろう」


 もう、迷いはなかった。


「ええ!」


 奏は撥を構えた。


 響はコードを顔の前で引き伸ばすと、

 奏にだけ聞こえるように呟いた。


「――伝わせる」


 奏の視線がコードへ落ちる。


「……なるほど」


「あ……ああ……!!」


 霊害が向かってくる。

 二人は地を蹴り、左右に別れて飛び出した。


「こっち!」


 バシィッ!!


 響のコードが霊害を打つ。


 霊害が響の方へ向いた。


 その背後。


 ベン……ベン……


 奏は軽く弦を弾き、音程を整えていた。


「……あ……あああ!!」


 ブワァッ!!


 赤い霊力を纏った巨体が、響へ襲いかかる。


 シュルッ!!


 響のコードが霊害の胴体へ巻き付いた。

 二つの頭が近づく。


「離さない!!」


 コードが軋む。

 赤い巨体が暴れる。


 響のコードは、霊害の身体に深く食い込んでいた。


「奏!」


 ドンッ!ドドンッ!!


 夜空に花火が瞬く。


「今よ!!」


 奏は大きく息を吸った。


「霊奏――」


 響のコードは、霊力の流し方で性質を変える。


 音を弾く壁にもなる。

 だけど――音を伝わせる線にもなる。


 コンテナも、花火も、


 あなたのコードも、


 全部使う。


響奏(きょうそう)!!」


 ――奏でる。


 ベェンッッ!!


 地上から。

 空から。


 コードを通して、

 内側から。


 音の刃が、霊害を貫いた。


「……あ……あああ……!」


 霊害の輪郭が、ボロボロと崩れていく。


 剥がれ落ちた破片は光の粒に変わり、

 花火と共に、夏の夜空に輝いた。


「響!!」


 光が舞う中、奏は響の元へ走った。

 勢いそのままに、抱きつく。


 光の粒が、二人へ降り注いだ。


「無事ですか!?怪我は!?」


 響は、奏の背中に両手を回した。

 浴衣が――線状に裂けている。


 コードを打ち付けられたところだ。


「……あんたこそ、怪我してる」


 響は指で傷跡をなぞった。


「ごめんね……」


「全然!!」


 奏が笑う。


「響が戻ってきたから!!」


 幼い頃と同じ、屈託のない笑顔。


「コードの使い方を変えられるなんて、

 やっぱり、響は強いです!!」


「いや、あれはあんたが……」


「私の、憧れです!!」


 響の目が、細くなる。


「……ほんと、バカね」


 目尻から一滴の涙が溢れた。


「そういうところよ」


「え?」


「私が勝てなかったのは」


 響は小さく笑った。


「……最後まで、諦めないところ」


 ――私には、できなかった。

 

 花火が彩る夜空の下、

 指と指を絡める。


「約束、まだ残ってますよね?」


「……もちろん。人も霊も、二人で助ける」


 響は目を瞬かせた。


「……助ける?」


 その言葉を口にした瞬間、

 響の表情が凍りついた。


「――っ奏!」


 両手で奏の肩を掴む。


「え?」


「私がここにいるってことは、

 琴子様が近くにいるはずよ!!」


「霧島琴子!?」


「琴子様が……!」


 響が言いかける。


「……いや。

 霧島琴子は、燦宮桃華を狙ってる!!」


 一際大きなしだれ柳の光の粒が、

 長い尾を引いて垂れ下がっていた。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:6月8日21時

第百九十七話 失う予感

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