第百九十六話 約束の音
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ドンッッ!!
花火の光が、
コンテナヤードを白く照らした。
時計の針が、七時三十分を示す。
奏の目の前で、
赤い霊力が乱れた。
「……奏」
赤が、勢いを失っていく。
「響!!」
三味線を片手に、奏は駆け出した。
「……私……戻れない……」
ドンッ!
ドンッ!!
花火の音がコンテナヤードに反響する。
かき消されないように叫んだ。
「戻れます!!」
……ズズズ……。
響の内側から黒い影が顔を出す。
響が、自分を取り戻そうとしている。
「戻ったって……もう、帰れない……」
「まだ決まってない!」
奏は、響へ手を伸ばした。
――怖かった。
何か言ったら、響を傷つけてしまいそうで。
大切だからこそ、触れられなかった。
――『……奏……助けて……』
でも、あなたの声を聞いて、
死ぬほど後悔したんです。
だから――
「諦めないで!」
もう逃げない。
「あなただって、戻りたいって思ったから、
私に手を伸ばしたんでしょう!?」
今度こそ、掴む。
「こっちへ来て!!」
響の手が、動いた。
「……奏……!」
震える指先が、
奏の指に触れる。
手と手が、重なった。
――暖かい。
ブワァァァッ!!
その温もりに触れて、
響を支配していた黒い塊が弾き出された。
奏は掴んだ響の手を引き、
強引に抱き寄せた。
奏の顔が、くしゃりと歪む。
「……よかった……!」
「……なんで……」
響の唇が震えた。
「なんで、まだ私を助けるの……?」
「約束したからです!!」
硬く手を取り合ったまま、
二人は揃って霊害を睨みつけた。
「霧島の女は、強いんです」
力強く、真っ直ぐ響く奏の声。
「響が教えてくれたんじゃないですか」
「あ……あああ……」
霊害が輪郭を作り出す。
龍のような、二つの頭。
尻尾が絡み合い、二体で一つの姿を成していた。
――でかい。
こんなものが、響の中にねじ込まれていたのか。
岸壁の向こうで、波が跳ねる。
「奏……」
響はそっと身体を離し、奏の目を見た。
「二人でやろう」
もう、迷いはなかった。
「ええ!」
奏は撥を構えた。
響はコードを顔の前で引き伸ばすと、
奏にだけ聞こえるように呟いた。
「――伝わせる」
奏の視線がコードへ落ちる。
「……なるほど」
「あ……ああ……!!」
霊害が向かってくる。
二人は地を蹴り、左右に別れて飛び出した。
「こっち!」
バシィッ!!
響のコードが霊害を打つ。
霊害が響の方へ向いた。
その背後。
ベン……ベン……
奏は軽く弦を弾き、音程を整えていた。
「……あ……あああ!!」
ブワァッ!!
赤い霊力を纏った巨体が、響へ襲いかかる。
シュルッ!!
響のコードが霊害の胴体へ巻き付いた。
二つの頭が近づく。
「離さない!!」
コードが軋む。
赤い巨体が暴れる。
響のコードは、霊害の身体に深く食い込んでいた。
「奏!」
ドンッ!ドドンッ!!
夜空に花火が瞬く。
「今よ!!」
奏は大きく息を吸った。
「霊奏――」
響のコードは、霊力の流し方で性質を変える。
音を弾く壁にもなる。
だけど――音を伝わせる線にもなる。
コンテナも、花火も、
あなたのコードも、
全部使う。
「響奏!!」
――奏でる。
ベェンッッ!!
地上から。
空から。
コードを通して、
内側から。
音の刃が、霊害を貫いた。
「……あ……あああ……!」
霊害の輪郭が、ボロボロと崩れていく。
剥がれ落ちた破片は光の粒に変わり、
花火と共に、夏の夜空に輝いた。
「響!!」
光が舞う中、奏は響の元へ走った。
勢いそのままに、抱きつく。
光の粒が、二人へ降り注いだ。
「無事ですか!?怪我は!?」
響は、奏の背中に両手を回した。
浴衣が――線状に裂けている。
コードを打ち付けられたところだ。
「……あんたこそ、怪我してる」
響は指で傷跡をなぞった。
「ごめんね……」
「全然!!」
奏が笑う。
「響が戻ってきたから!!」
幼い頃と同じ、屈託のない笑顔。
「コードの使い方を変えられるなんて、
やっぱり、響は強いです!!」
「いや、あれはあんたが……」
「私の、憧れです!!」
響の目が、細くなる。
「……ほんと、バカね」
目尻から一滴の涙が溢れた。
「そういうところよ」
「え?」
「私が勝てなかったのは」
響は小さく笑った。
「……最後まで、諦めないところ」
――私には、できなかった。
花火が彩る夜空の下、
指と指を絡める。
「約束、まだ残ってますよね?」
「……もちろん。人も霊も、二人で助ける」
響は目を瞬かせた。
「……助ける?」
その言葉を口にした瞬間、
響の表情が凍りついた。
「――っ奏!」
両手で奏の肩を掴む。
「え?」
「私がここにいるってことは、
琴子様が近くにいるはずよ!!」
「霧島琴子!?」
「琴子様が……!」
響が言いかける。
「……いや。
霧島琴子は、燦宮桃華を狙ってる!!」
一際大きなしだれ柳の光の粒が、
長い尾を引いて垂れ下がっていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月8日21時
第百九十七話 失う予感




