第百九十五話 Episode:響【帰る場所】
私は、常夜ノ会に入った。
そこには、私と同じ年頃の男の子が二人いた。
二人とも、私より先にこの場所に来て、
私と同じ――もう、帰る場所のない人間だった。
「後取り候補だったんだって?俺と同じだな」
戒。
「響、ヨロシク」
そして、白寧。
「まあ、仲良くやろうぜ」
霧島家の人間といるより、
ずっと私は私らしくいられている気がした。
「常夜として動く時は、これを使うのじゃ」
霊力を増幅させる“薬”。
使用するのは躊躇われたが、
赤い霊力は私を安心させてくれた。
私は強い。
……そう思い込ませてくれる。
使用した後の反動も、忘れてしまう程に。
一度使えば、二度も三度も同じだった。
五月。
三年ぶりに訪れた分家の訓練場で、
私は初めて奏を傷つけた。
――『考え直しましょう!私も力になりますから!』
奏の声は、変わらず真っ直ぐだった。
だけど、
心の中まで響いてこなかった。
……今更、何?
本当に辛かった時、
手を差し伸べてくれたのは琴子様の方だった。
私の悔しさも、絶望も。
あんたなら、気付いてくれると思っていたのに。
もう、あんたの隣で笑えない。
……そこは、私の居場所じゃない。
だから、
私は奏に別れを告げた。
次に会った時。小須観音で。
奏の音は、前よりずっと強くなっていた。
……私を追いかけてきたみたいに。
それでも、
見ないふりをした。
私の中に初めて迷いが生じたのは、
戒と白寧が捨てられた日だった。
あれほど組織に尽くしたのに。
たった一度、負けただけで。
私が選んだこの場所は、
そういう場所なのだと、やっと理解した。
――私も利用されているだけなのでは?
そんな考えが、頭に過ぎるようになった。
負けたら終わり。
弱いものは捨てられる。
霧島家のように。
……いや。
詠慈様は、本当に私を捨てたのだろうか。
“いらない”なんて、
言われた記憶はない。
負けたら私も戒のようにされる。
それは霧島の禁忌だ。
もう絶対に、戻れなくなる。
胸の奥が落ち着かなかった。
――考えるな。
覚悟して、ここに来たんだろう。
三度目、篝くんの屋敷で会った奏は、
また真っ直ぐな声で私に叫んだ。
――『響の思いは、当主様やお爺様には伝えたのですか?』
……言ってどうなる?
“本当は選んで欲しかった”、なんて言ったところで、
否定されるに決まってる。
――『あなただって、伝統に囚われて諦めてる!!』
正しく響く、その声が、
止まっていた私の思考を動かした。
――“囚われ”。
“女だからなれない”とか、
“弱いからいけない”とか。
……誰が言った言葉だったの?
”選ばれたい”って言うくせに。
――『一番“霧島らしかった”のは響だよ』
あの人は、ちゃんと見てくれる人だって、
わかっていたくせに。
“差し伸べてくれなかった”と言う前に、
私は、
本当に掴もうと手を伸ばしていたの?
“選ばれなかった”なんて――
勝手に決めつけて、
拗ねていただけなのかもしれない。
今、手を伸ばせば、
何か変わるのだろうか。
――『響ちゃんだって、戻れる』
まだ、戻れるのだろうか。
いや、伊吹と私は違う。
脅されたわけじゃない。
自ら選んでこの場所に来た。
私は、戻れない。
そう思っていた。
でも――
――『こっちへ来て!』
全身全霊の奏の音は、
伊吹の思いも乗せて、
私に真っ直ぐ届いた。
だからあの時、
私から手を伸ばしていた。
あなたの手を掴めば、
正しい場所にすくい上げてくれると思ったの。
指と指が触れかけた、
その直前。
私は琴子様に絡め取られた。
その後のことは、
はっきりと思い出せない。
ただ、私の身体が、
自分じゃない“何か”に奪われたことだけはわかった。
――『約束です!!』
――『霧島家の未来は、きっと明るいね』
あの約束と、詠慈様の言葉だけが、
何度も何度も頭の中を巡っていた。
――まだ、終わりたくない。
ドンッッ!!
霞む意識の中、
奏の音と、花火の音が重なって響いた。
はっきりと、鮮明に。
心臓の奥まで響いたその音色が、
私を暗闇から引っ張り上げる。
ねえ。奏。
また、隣で私の手を握ってくれる?
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月7日15時
第百九十六話 約束の音




