第百九十一話 Episode:響【現実】
霧島本家。訓練場。
この日、“特訓”と称して、
三流派の子どもたちが集められていた。
大人たちは、子どもを見る目をしていなかった。
……品定めするみたいな目だった。
負ければ、“霧島は弱い”と笑われる。
正直、負ける気はしなかった。
私は、誰より努力してきたから。
奏と一緒に訓練場の下座に腰を下ろす。
「はー!どきどきしますね!」
奏が私の顔を覗き込んだ。
「……そうね」
その時。
「御影家の皆様が、ご到着になられました」
訓練場に入ってきた、美しい少年。
一瞬――場の空気が止まった。
「本家嫡男、篝様です」
しかし、
「……ごほっ……ごほっ……」
「篝様は体調が優れないため、特訓には参加されません」
篝くんは、
母親に抱えられるようにして訓練場の端に座った。
……咳き込んでいるのに、
周囲の空気だけが異様にざわついている。
篝くんの隣では、母親が静かに背中を摩っていた。
だけど、あの子の霊圧は少しも静まらない。
……ずるい。
病気なのに、
どうしてあんなに強いんだろう。
「持病だそうよ」
「霊力は申し分ないけどね。
御影はもう、終わりかな」
大人たちのヒソヒソ話が聞こえてくる。
私はそれを、耳を澄ませて聞いていた。
「病気……可哀想ですね」
隣の奏が、小さく呟いた。
「え?」
そうか。“可哀想”。
普通だったら心配して当然だ。
なのに彼が病気だとわかった瞬間、
私は、安心してしまっていた。
……ここにいる大人たちと同じだ。
「久世家の皆様が、ご到着になられました」
紫髪の老女が現れ、
上座の席に静かに腰を下ろす。
その瞬間、
周囲のざわめきが、ぴたりと止んだ。
「本家嫡男、蒼嶺様。嫡女の葵様です」
肩口で切り揃えられた癖のない青髪が、揃って揺れる。
二人は礼儀正しくお辞儀をし、訓練場に入ってきた。
その霊力に、肌がピリついた。
だが、次の瞬間――
ゾクッ!!
二人の気配をかき消す、恐ろしい霊圧。
身体が固まった。
後ろに――もう一人、いる。
「甥の、紫苑様です」
訓練場がどよめいた。
白い肌。丸くて大きな目。
久世家特有の、肩口で揃えられた髪は、
老女と同じ鮮やかな紫色だった。
一瞬、女の子かと思った。
なのに、
霊力だけは化け物みたいに強い。
「……よろしくお願いします」
感情のない声だった。
彼は、周囲の視線にも興味がなさそうに、
退屈そうな目で訓練場を見渡していた。
――久世家の神童。
あれで私と同い年?
大人の祓い師より、格上じゃないか。
「……っ」
震える手を必死に抑えた。
怖い。
なのに、目が離せない。
「……お姉さん……」
奏が私の手を握る。
――奏の方が、怖いに決まってる。
「奏、大丈夫よ。
これは、“特訓”なんだから」
「……はい」
誰と誰がどの順番で戦うかは、
子どもたちには知らされていない。
奏は分家の子だ。
呼ばれないと思っていた。
「では、初めに。
久世家、紫苑様。霧島家、奏様。前へ」
進行役が淡々と述べた。
……奏?
どうして、最初に?
しかも、久世紫苑と?
「まずは軽く、様子見だな」
「紫苑様の力を拝見したい」
後ろから、大人たちの声が聞こえた。
「……お姉さん……怖いです……」
奏の小さな手が震えている。
私だって怖かった。
なのに大人たちは、誰も止めない。
……なんで?
奏、怖がってるのに。
私は、奏の手を強く握り返した。
上座に目をやる。
霧島家当主――詠慈様は静かに座っていた。
白い反面の奥から、
ただ、訓練場を見つめている。
紫苑くんが畳へ上がった。
「奏様。前へ」
「は、はい!」
奏が立ち上がる。
繋いだ手が、ゆっくりと離れた。
「お姉さん、私、がんばります」
「……奏……」
「霧島は女も強いって、見せつけます!」
「……!」
胸の奥が熱くなった。
私が言った言葉を、
奏は覚えていてくれた。
奏が紫苑くんと向き合う。
シンとした訓練場に、進行役の声が落ちた。
「初め」
奏が震える手でお札を構える。
私が教えた、霧島家の伝統だ。
対する紫苑くんは、
虚な目をしてぼんやりと立っていた。
「い、いきます!」
シュッ!
奏のお札が飛ぶ。
紫苑くんが右手をかざした。
――ボッ。
奏のお札は、紫苑くんに届く前に燃え落ちた。
「えっ!?」
訓練場が騒めく。
「も、もう一回!」
奏はお札を構えて、駆け出した。
至近距離でぶつける気だ。
だけど――危険だ……!
「奏!!」
思わず叫んでいた。
「やあっ!」
紫苑くんの顔面へ向けて、奏がお札を投げる。
紫苑くんは片手でひらりとお札を払うと、
奏の額に人差し指を、軽く押し当てた。
次の瞬間――
その指に、霊力が集まる。
「……あっ……」
バチィッ!!
奏の身体が、軽々と吹き飛ばされた。
足がすくむ。
見ていられなくて、私は目を閉じた。
ドンッ!!
畳に、叩きつけられる音。
「……う……うう……」
苦しそうな声。
なのに、誰も何も言わない。
恐る恐る瞼を開くと――
「あ……!」
奏は、ふらつきながら立ち上がっていた。
「……まだ、です……!」
紫苑くんの眉が、ぴくりと動いた。
奏がまた、お札を構える。
通用しないってわかるのに……!
奏は駆け出した。
シュッ!
シュッ!!
お札が飛ぶ。
だけど紫苑くんの目前で燃える。
届かない。
それでも――
「やあー!!」
奏は紫苑くん目掛けて、拳を振り抜いていた。
次の瞬間。
「遅い」
紫苑くんは、奏の後ろにいた。
奏の背中に、
指が触れる。
バチィィィッ!!
さっきより大きな音。
「……あっ……」
奏が、白目を剥く。
そのまま畳に倒れ込んだ。
「終わりだね」
紫苑くんの指先に、また霊力が集まっていく。
……嘘。
まだ、やる気なの……?
「……っ!」
周りを見回す。
その場にいる大人全員が、
息を呑んで紫苑くんを見ていた。
……そうじゃないでしょ……!
私は、飛び出していた。
「奏に触らないで!!」
「響様!お下がりください!」
進行役が声を上げた。
「奏の手当てをして!早く!!」
訓練場が静まり返る。
誰も動かない。
誰も畳に上がろうとしない。
――それでも。
「こんなの、特訓じゃない!!」
霧島家は、
こんなことをする家じゃない。
……そう思っていたのに。
紫苑くんの瞳が、私を捉えた。
さっきまで虚ろだった目が、
少しだけ、興味を持ったみたいに細められる。
「次、お前?」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:6月6日12時
百九十二話 Episode:響【理想】




