第百八十七話 救う資格
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遡ること三十分。
ベビーカステラの屋台前。
長蛇の列を目の前にして、桃華は立ち止まった。
「何?こんなに並ぶの?」
腕を組み、足踏みをする。
イラつく桃華の肩に、奏が手を置いた。
「意外とすぐですよ。並びましょう」
「並んで待つなんて嫌よ。暮羽」
「は」
「交渉してきなさい」
「ちょっと!
こんなところで権力を使わないで下さい!!」
奏が慌てて二人を止める。
「私が並んで買ってきますから!
お二人は他の屋台でも見てて下さい!」
「奏様」
暮羽が前に出た。
「でしたら、私が並びます。
奏様は桃華様に、屋台の案内をお願いします」
「え?」
「桃華たちは、日本の祭りなんて慣れてないのよ」
桃華が当然のように言った。
「……暮羽さんも?」
「はい」
――何でも知っているものかと、勝手に思っていた。
桃華が別の屋台を顎で指す。
「奏、あれは何?」
「金魚すくいです。
見てみれば、よくわかるかと」
奏が暮羽をチラリと見ると、
暮羽は表情ひとつ変えずに答えた。
「どうぞ。私は並んでいますので」
「……よろしくお願いします」
奏が軽く頭を下げる。
「桃華さん、見に行きましょうか」
「まあ良いわよ」
並んで、金魚すくいの屋台に向かった。
子連れ家族やカップルがプラスチックの大型水槽を囲っている。
二人は、その輪の外から覗き込んだ。
水槽の中では、
赤や黒の金魚がひしめき合って泳いでいた。
桃華が片眉を上げる。
「あのペラペラの小さな網は何?
あんなのじゃ、まともにすくえないわ」
「それが良いんですよ。
遊びみたいなものですから」
「生き物で遊ぶの?随分と悪趣味ね」
――言われてみれば、そうなのかもしれない。
「……すくった金魚は持ち帰って……
ちゃんと、責任を持って……飼うんです……」
奏は言葉を詰まらせながら話した。
……自信を持って、言えなかったからだ。
だけど。
「当然だわ。命なのよ」
桃華の返事は、真っ直ぐだった。
「はい!たくさんすくえたね!」
店主が金魚袋を男の子に手渡す。
その小さな袋の中で、五匹の金魚が動いていた。
「どうする?うち水槽とかないよ」
母親と思われる女性が、眉を寄せて言った。
男の子が母親を見上げる。
「じゃあ水槽買ってよ〜」
「帰りに池へ逃せば良いんじゃない?」
「……」
奏は目を伏せ、視線を逸らした。
すくった金魚をどうするかは、
お金を払った客に委ねられる。
――仕方のないことだ。
「待ちなさい」
桃華が親子の前に立ちはだかった。
「金魚には天敵が多いのよ。
池になんか放ったら、すぐに食べられてしまうわ」
祭りの騒めきの中、凛とした声が響く。
「そんなことも考えなかったの?」
その言葉に、
母親が怪訝な顔つきで桃華を見た。
「何ですか、あなた」
「あら。あなたこそ、何なのかしら」
空気が張り詰める。
「……桃華さん!」
奏は、桃華を止めようと手を伸ばそうとした。
しかし、
「すくったのなら、最後まで責任を持ちなさい」
真剣な声に、伸ばしかけた手を戻した。
「それができないのなら、
初めから金魚をすくう資格はないわ」
「関係ないでしょ――」
「ママ!」
母親の言葉を、男の子が遮った。
「……お願い。水槽買って。
僕、ちゃんと育てるから」
腕を組んで男の子を見下していた桃華の表情が、
ふわりと和らぐ。
「そうね。あなたは正しいわ」
桃華が男の子の頭を撫でた。
「可愛がるのよ。最後まで、ね」
「……うん」
「もう行くよ!」
母親が男の子の手を引き、
親子は祭りの人混みの中へ溶け込んでいった。
――あの金魚たちが、
最後まで大切にお世話されると良い。
祈りを込めて、奏は親子の背中を見送った。
「救った者には、最後まで面倒を見る資格があるのよ」
桃華の視線は、
ベビーカステラの屋台に並ぶ暮羽を捉えていた。
――救うなら、
最後まで向き合わなきゃいけない。
桃華の言葉が胸の奥に残る。
奏はそっと拳を握った。
覚悟は、もう決まっている。
その時。
――『……苦しい』
「……っ!?」
脳に響いた、あの声。
奏は振り返った。
――『……奏……』
……どこ?
公園のフェンスの向こう側。
淀んだ霊力をわずかに感じる。
――あっちだ。
奏は走り出した。
「ちょっと!どこ行くのよ!?」
桃華が叫ぶ。
奏は止まらなかった。
「……響!」
――『……助けて……奏』
その声は、
花火会場とは反対方向から聞こえていた。
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※次回更新:6月2日21時
第百八十八話 掴む番




