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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第百八十七話 救う資格


 ***


 遡ること三十分。

 ベビーカステラの屋台前。


 長蛇の列を目の前にして、桃華は立ち止まった。


「何?こんなに並ぶの?」


 腕を組み、足踏みをする。

 イラつく桃華の肩に、奏が手を置いた。


「意外とすぐですよ。並びましょう」


「並んで待つなんて嫌よ。暮羽」


「は」


「交渉してきなさい」


「ちょっと!

 こんなところで権力を使わないで下さい!!」


 奏が慌てて二人を止める。


「私が並んで買ってきますから!

 お二人は他の屋台でも見てて下さい!」


「奏様」


 暮羽が前に出た。


「でしたら、私が並びます。

 奏様は桃華様に、屋台の案内をお願いします」


「え?」


「桃華たちは、日本の祭りなんて慣れてないのよ」


 桃華が当然のように言った。


「……暮羽さんも?」


「はい」


 ――何でも知っているものかと、勝手に思っていた。


 桃華が別の屋台を顎で指す。


「奏、あれは何?」


「金魚すくいです。

 見てみれば、よくわかるかと」


 奏が暮羽をチラリと見ると、

 暮羽は表情ひとつ変えずに答えた。


「どうぞ。私は並んでいますので」


「……よろしくお願いします」


 奏が軽く頭を下げる。

 

「桃華さん、見に行きましょうか」


「まあ良いわよ」


 並んで、金魚すくいの屋台に向かった。

 

 子連れ家族やカップルがプラスチックの大型水槽を囲っている。

 二人は、その輪の外から覗き込んだ。


 水槽の中では、

 赤や黒の金魚がひしめき合って泳いでいた。


 桃華が片眉を上げる。


「あのペラペラの小さな網は何?

 あんなのじゃ、まともにすくえないわ」


「それが良いんですよ。

 遊びみたいなものですから」


「生き物で遊ぶの?随分と悪趣味ね」


 ――言われてみれば、そうなのかもしれない。


「……すくった金魚は持ち帰って……

 ちゃんと、責任を持って……飼うんです……」


 奏は言葉を詰まらせながら話した。

 ……自信を持って、言えなかったからだ。


 だけど。


「当然だわ。命なのよ」


 桃華の返事は、真っ直ぐだった。


「はい!たくさんすくえたね!」


 店主が金魚袋を男の子に手渡す。

 その小さな袋の中で、五匹の金魚が動いていた。


「どうする?うち水槽とかないよ」


 母親と思われる女性が、眉を寄せて言った。

 男の子が母親を見上げる。


「じゃあ水槽買ってよ〜」


「帰りに池へ逃せば良いんじゃない?」


「……」


 奏は目を伏せ、視線を逸らした。


 すくった金魚をどうするかは、

 お金を払った客に委ねられる。


 ――仕方のないことだ。


「待ちなさい」


 桃華が親子の前に立ちはだかった。

 

「金魚には天敵が多いのよ。

 池になんか放ったら、すぐに食べられてしまうわ」


 祭りの騒めきの中、凛とした声が響く。

 

「そんなことも考えなかったの?」


 その言葉に、

 母親が怪訝な顔つきで桃華を見た。


「何ですか、あなた」

 

「あら。あなたこそ、何なのかしら」


 空気が張り詰める。


「……桃華さん!」

 

 奏は、桃華を止めようと手を伸ばそうとした。


 しかし、


「すくったのなら、最後まで責任を持ちなさい」


 真剣な声に、伸ばしかけた手を戻した。


「それができないのなら、

 初めから金魚をすくう資格はないわ」


「関係ないでしょ――」


「ママ!」


 母親の言葉を、男の子が遮った。


「……お願い。水槽買って。

 僕、ちゃんと育てるから」


 腕を組んで男の子を見下していた桃華の表情が、

 ふわりと和らぐ。


「そうね。あなたは正しいわ」


 桃華が男の子の頭を撫でた。


「可愛がるのよ。最後まで、ね」


「……うん」


「もう行くよ!」


 母親が男の子の手を引き、

 親子は祭りの人混みの中へ溶け込んでいった。


 ――あの金魚たちが、

 最後まで大切にお世話されると良い。


 祈りを込めて、奏は親子の背中を見送った。


「救った者には、最後まで面倒を見る資格があるのよ」


 桃華の視線は、

 ベビーカステラの屋台に並ぶ暮羽を捉えていた。


 ――救うなら、

 最後まで向き合わなきゃいけない。


 桃華の言葉が胸の奥に残る。


 奏はそっと拳を握った。


 覚悟は、もう決まっている。


 その時。


 ――『……苦しい』


「……っ!?」


 脳に響いた、あの声。


 奏は振り返った。


 ――『……奏……』


 ……どこ?


 公園のフェンスの向こう側。

 淀んだ霊力をわずかに感じる。


 ――あっちだ。

 

 奏は走り出した。


「ちょっと!どこ行くのよ!?」


 桃華が叫ぶ。

 奏は止まらなかった。


「……響!」


 ――『……助けて……奏』


 その声は、

 花火会場とは反対方向から聞こえていた。

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:6月2日21時

第百八十八話 掴む番

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