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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第百八十六話 楽しそうな顔


「……まあ良いよ。君にはいろいろと借りがあるし。

 でも、その前に」


 ハルさんが奥の屋台を指差した。


【特選黒毛和牛 串焼き】


「あれ、食べたい」


 ハルさんが上目遣いで光流くんを見る。


「ぬいぐるみじゃ物足りないって〜?

 良いよ、奢ったげる。行こ行こ!」


 光流くんは親指と人さし指で丸を作って言った。


「あれ良い値段するやつだぞ」


「ハルさん、ちゃっかりしてる……」


 僕と颯の前を、光流くんとハルさんが並んで歩き出す。


「あ……」


 僕は、奏さんたちが向かった屋台の方を振り返った。

 人だかりで、奏さんの姿は見つからない。


「離れちゃう……」


「あとでDMしとけば?」


 颯が浮遊しながら前に出た。


 まあ、少しくらい平気か。

 子供じゃあるまいし。


 僕も駆け足で追いかけた。


 串焼きの屋台前。

 光流くんが串焼きを購入し、ハルさんに手渡した。


「どーぞ!」


「ありがと!」


 ハルさんが笑顔で受け取る。

 光流くんは自分の分を口に咥えながら、僕にも一本差し出した。


「はい、柊も」


「え?良いよ、払う!」


「いらんいらん!」


 光流くんが僕に串焼きを押し付ける。


「俺SNSで稼いでっから!」


「お前の場合は炎上商法だな」


「……ありがとう」


 光流くんの言葉に甘えて、受け取った。

 香ばしい匂いが食欲をそそる。


「二人とも美人だから、これサービス〜!」


 店主から、小さな串焼きを一本追加で渡された。


「やったー!ありがとう〜♡」


 光流くんは、受け取った串焼きを僕に持たせた。


「はい、柊」


 ……颯の分ね。


「ありがとう」


「美人っつっても、お前ら男だけどな」


「ま、サービス貰えたから、良しとしよ!」


 僕たちがそんなことを話していると、

 ふいに店主に微笑みかけられた。


「君は、金髪のお姉さんの弟?」


「違います!!」


 ……今度は弟扱いらしい。

 いや、どっちも嬉しくないんだけれど。


 僕たちは串焼きを手に、歩き出した。


「で?ハルちゃん、そろそろ教えてくれる?」


 光流くんが牛肉を頬張りながら尋ねる。

 ハルさんが芝生と歩道の間の縁石を、串焼きで指し示した。


「座って食べようよ」


「そうね〜」


 僕たちは、縁石に横一列で並んで座り込んだ。

 目の前をたくさんの人が通り過ぎて行く。

 

 ハルさんがクマのぬいぐるみを横に置いた。


「聞きたいのは、パパの昔のことでしょ?」


「うん」


 光流くんが頷く。


「私が五歳の時ね。パパ、家を出てったの」


「――え?」


 光流くんの表情が曇った。


「いや、“追い出された”って言った方が正しいかな」


 僕は串焼きに霊力を流し、

 齧り付く颯を手で隠しながら耳を傾けた。


「パパね、昔は今と違って、

 すごく男らしい人だったの」


 ハルさんの手元の串焼きから、

 ぽたりとタレが歩道に落ちた。


「ある日突然、今みたいな感じになって帰ってきて。

 ママがブチ切れちゃったんだよね」


 ハルさんが歩道に視線を落とす。


「“騙されてた!酷い!”ってヒステリー起こしてさ」


「……うん」


 光流くんも、

 歩道に落ちたタレのシミを見つめていた。


「多分ね、パパ、私のためだったんだと思う。

 ……私もさ、

 物心ついた時から可愛いものが大好きだったんだよね。

 青よりピンク。車より、リボンとフリル。

 ボールより、お人形ごっこ。

 ママには、“男の子なんだから!”って全部否定された」


 ハルさんが顔を上げた。

 

「でも、パパは違ってて。

 “晴信が好きなものを選びなさい”って言ってくれたの」


 ハルさんは、眉を寄せて笑った。


「パパさ、偽って生きる自分を、

 もう……私に見せたくなかったんじゃないかな」


 祭りのざわめきが遠く聞こえる。


 麗子さんは、自分を隠さないことで、

 ハルさんに何かを伝えたかったのかもしれない。


「ま、結果的にパパは追い出されちゃったんだけどね」


 ハルさんは串焼きに齧り付いた。

 男の子みたいに、勢いよく。


「私さ〜、

 パパにずっと会いたくて、調べてたんだよね」


 ハルさんが巾着を探る。


「で、わかったんだけど。

 パパ、プロレスラーになってた」


「ええ!?」


 ハルさんはスマホを差し出した。


 画面の中には、プロレスの大会ポスター。

 猛々しい男たちの顔が並ぶ中、

 派手なメイクでカメラを睨む、麗子さんの姿があった。


 その真下に【ダイナマイト武美(たけみ)】のロゴ。


「いや待て待て待て!!」


 颯が叫んだ。


 だけど光流くんは、

 茶化さずにハルさんの話を聞いていた。


「パパさ、楽しそうな顔してるよね」

 

 ハルさんが画像の中の麗子さんを見る。

 その眼差しは、とても柔らかで。


「ま、これ見つけた時には、

 パパもう死んじゃってたんだけどね」


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。

 

「……何で、死んじゃったの?」


「そこまではわかんない。

 所属のジムに問い合わせたら、死んでるって言われただけ」


 ハルさんの目に涙が浮かぶ。


「めちゃくちゃショックだったよ。

 ……ずっと、会いたかったから」


 ハルさんは顔を膝につけ、

 膝越しに隣の光流くんを見た。


「でも――また会えた。君のおかげだよ」


「いや、俺は何も……」


「パパが言ってた。

 消えかけてたパパを、君が助けてくれたんでしょ?」


 光流くんが頬を掻いた。


「……まあ。たまたまだよ」


「前に私のことも助けてくれたし。

 君って、良い男だよね」


 ハルさんは、串に刺さった最後の牛肉を口へ入れた。


「これも買ってくれたし!」


「……ついてるよ」


 ハルさんの口元についたタレを、

 光流くんが親指で拭った。


「麗子には?どこまで話したの?」


「今話したことはパパも知ってる。

 ママと仲悪くなって、私が家を出たこともね。

 ママは考え方古いからさ」


 ハルさんがわずかに目を伏せる。


「パパ、本当はママにも会いたいんじゃないかな。

 ママは今でもパパの話になると怒るけど」


「……そっか」


 光流くんが指先のタレを舐め取った。

 

 麗子さんの未練は、

 僕が思っていたよりずっと、複雑みたいだ。


「てか、もうこんな時間じゃん。

 花火始まるし、私は戻るよ」


 ハルさんは腕時計を確認すると、

 クマを手に取って立ち上がった。


「……パパは思い出せないこと、まだ色々あるんでしょ?

 なんで死んだのかとか、私が知らないこともあるし」


 僕たちは座ったまま、揃ってハルさんを見上げる。


「パパのこと、よろしくね」


 ハルさんが微笑んだ。

 その顔に、麗子さんの笑顔が重なる。


 死んでしまっても――記憶をなくしても、

 二人が親子であることは、変わらない。


 ハルさんの姿が人混みに溶けていくのを、

 僕たちは黙って見送った。


 最初に口を開いたのは颯だった。


「……俺らも戻るか」


 七時二十三分。

 あと数分で、花火が打ち上がる。


 人混みの向こうで歓声が上がった。


 ベベン……

 

 かすかに、

 三味線の音が聞こえた気がした。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:6月1日21時

第百八十七話 救う資格

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