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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
聞こえない心音

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第百八十四話 祭りの始まり


 斎賀先生から依頼を受けてから、二日。


 八月十五日。午後六時二十三分。

 地下鉄籠屋港(かごやこう)駅一番出口付近。


 僕と颯は、コンビニの前でみんなを待っていた。

 颯が地面にしゃがみ込み、立っている僕を見上げる。


「浴衣、まあまあ似合ってんじゃん」


「……甚平だよ」


 “お祭りなんだから着なよ〜!”と、

 父さんに押し付けられた藍鉄色の甚平。


 颯の分もあったけれど、霊体の颯は着られない。


「……残念だね」


「は?」

 

 颯は今日も、事故の日の制服のままだ。


「ううん。

 ……みんな、もうそろそろかな」

 

 約束の時間は六時半。

 腕時計にチラッと目をやった、その時。


 金色の簪が見えた。


「お待たせしました……!」


「……わぁ」


 墨色の生地に、銀色の彼岸花。

 白い帯揚げに、えんじ色の帯が映える。


 ――奏さん、浴衣だ。


 ……いつもと違って見えた。


「駅、すごい人ですね。

 お待たせしてしまってすみません」


 奏さんのこめかみに汗が滲む。


「いや!まだ待ち合わせ前だから!」

 

 直視できずに視線を落とす僕とは対照的に、

 颯はいつも通りだった。


「そんなんで動けんのかよ〜?」


「もちろん。下にも履いてます」


「あ……」


 奏さんの背には、三味線ケース。

 浴衣も、普通のものとは少し違っていた。


 裾は短く、帯も薄い。

 足元も下駄ではなく編み上げの黒いブーツだ。


 ――まるで、“戦うための浴衣”だった。


「さすがだね」


 奏さんが困ったように微笑む。


「もっと動きやすい格好で来るつもりだったのですが。

 家族が“お祭りに行くんだから”と言って聞かなくて」


「うちの親父と一緒だな」


 颯が頭の後ろで手を組んで言った。


「柊くん。甚平、似合ってますね」


「……ありがとう」


 社交辞令だとわかっていても、頬が緩みそうになる。

 僕は必死に堪えていた。


「奏さんも、よく似合ってる」


「ありがとうございます」


 奏さんがはにかむ。

 僕らの会話を、横で颯がニヤつきながら見ていた。

 

 むず痒い空気が漂う中、


「お待たせ〜!!」


 明るすぎる声が飛んできた。

 僕たちは揃って振り向く。


「……え!?」


 黒キャップから垂れる金色の巻き髪。

 蛍光グリーンのワンショルトップスと

 デニムショーパンの間におへそが見えた。


「うわっ、すげぇギャル」

 

 颯が素で呟いた。


「ど、どなた様ですか?」


「ええ〜?アタシのことがわかんないって〜?」


 女性が身体をくねらせる。


 煌めく涙袋に、大きめのフープピアス。

 手首に刺々しいブレスレットと、

 胸元に――あの、十字架。


 ……ということは。


「もしかして、光流くん!?」


 ふわっと、柑橘と海の匂いが漂った。


「正解〜♡!」


「光流かよ!!」


 颯が光流くんに肩パンした。


「いたっ!ちょっと〜女子に何すんの〜!?」


「男だろが!何だそのカッコ!!」


「変装して来いって、颯が言ったんじゃん〜!」


 光流くんが笑いながら腕を振り回す。

 その右腕に、もうギプスはなかった。


 ……ちゃんと、治ったんだ。


「姉ちゃんに服借りて、麗子にメイクしてもらったの!」


 光流くんが笑うと、目尻に跳ね上げラインが見えた。

 奏さんは顎に拳を当て、光流くんをまじまじと見る。


「すごい……。

 女性にしか見えません。しかも可愛いです」


「イケてるでしょ〜!?」


「つか麗子は?」


「麗子はHikariの手伝い〜!来れたら来るって!」


 そんなやり取りをしていると、


 ウィーン。


 コンビニの自動ドアが開き、

 大学生くらいの男二人組が出てきた。

 軽薄そうな笑い声が近づいてくる。


 その視線が、光流くんに向いた。


「わー、めちゃ綺麗な子いる〜」


「マジだ!お姉さんも花火一緒に行く〜?」


「そいつ男だっつの」


 颯の言葉は、もちろん二人組には届かない。

 光流くんが、僕の腕を抱きしめた。


「ごめんなさーい!彼氏と行くから〜♡」


 ……彼氏!?


 一瞬、心臓が変な跳ね方をした。


「え、この子が彼氏!?めっちゃ地味なのに!?」


「……地味って何……」


 巻き込まれ事故だ。


「ぶは!!」


 颯が吹き出す。

 ……失礼だな。


「え〜?めっちゃ良い男だよ♡

 わかんないなんて、お兄さんたちバカだね」


「はい!?」


 変な声が出た。

 顔が勝手に熱くなる。


「何それ〜ガチじゃん〜」


「つか、もう一人可愛い子いるし!モテモテだね〜」


 男たちが笑いながら去って行く。

 光流くんに指で頬を突かれた。


「モテモテだって♡」


「もう、やめてよ」


「柊くん、顔が赤いです」


「奏さんまで……」


 ……みんな、バカにしてるな?

 

 なんだか釈然としなくて、

 僕はムッとしてしまった。


 腕時計の針が六時半を指すと同時に、


「いかにも庶民の格好ね」


 甘すぎる花の香りが、光流くんの匂いを上書きした。


「桃華さん!」


 白地に金の蝶が舞う、高級そうな浴衣。

 帯飾りの宝石が眩しいくらいに輝く。

 いつものツインテールは、高い位置でひとつに纏められていた。


「せいぜいマシなのは、奏くらいかしら?」


 桃華さんが片眉を上げる。

 光流くんが口を尖らせた。


「え〜?アタシはダメ?」


「化粧が濃い。露出が多い。破廉恥だわ」


「うぐっ」


 光流くんがぎゅっと目を瞑る。

 

「それにしても暑すぎるわね。暮羽、風」


「は!」


 暮羽さんが慣れた手つきで携帯扇風機を起動した。


 暮羽さん、今日もスーツ姿だ。


「暑くないんですか?」


「いえ」


 桃華さんが鼻を鳴らす。


「暮羽には、最高級の冷感スーツを支給してるのよ」


「……私は、桃華様の盾ですから」


 暮羽さんは当然のように言った。

 

 奏さんが左右を見渡す。


「紫苑さんは……

 まあ、来ませんよね。伊吹さんは?」


「あ……先約があるからって。

 間に合えば合流するって言ってた」


「先約ですか?」


「狛さんじゃないと思うけど……」

 

 まだ明るい空の向こう、

 試し打ちの花火が白く弾けた。

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:5月31日12時

第百八十五話 灯の下の再会

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