第百八十三話 港の空
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Side:柊
一週間が過ぎ、夏休みは折り返しに入った。
東雲警部から連絡はない。
もちろん、狛さんからも。
黒狼だけが、毎日河川敷に来ていた。
僕たちはいつも通りに訓練を続けている。
変わったことと言えば。
「伊吹、また遅刻かよ」
「……最近、ずっとそうだよね」
あの日から、
伊吹さんが河川敷に来る時間が遅くなった。
理由ははっきり言われていないけれど、
多分、狛さんのことで何か動いているんだと思う。
それから、紫苑さん。
あの日以来、顔を見ていない。
「グルル……」
黒狼が低く唸っていた。
「つか奏もいねぇじゃん」
「今日は、家の集まりがあるんだって」
――八月十三日。
世間はお盆休みに入っている。
僕たちも午前中に、お墓参りを済ませて来た。
篝くんも昨日から実家に帰っている。
名家はどこも、お盆を大切にしているのだろう。
「アタシも今日は早く帰るわよォ」
麗子さんは耳の穴に入れた小指を動かしながら言った。
「今日からHikariは浴衣イベントで忙しいのよォ」
「はぁ〜?」
颯が不満そうに眉を寄せる。
麗子さんが、フッと息を吹いた。
「大人はこういう時に飲みに出るもんなの」
光流くんの家は、名家とはまた違うみたいだ。
ヴヴヴー!!
「……わ」
ズボンのポケットでスマホが震えた。
取り出して画面を見ると、斎賀先生だった。
……芽衣姉さんについて、
あれ以上、先生から何も話はなかった。
僕たちにも、光流くんにも。
何かある、はずなのに。
通話ボタンをタップする指に、力が入った。
「……もしもし?」
『柊くん?今大丈夫?』
「はい」
『三岳警部補から依頼がありました』
「……依頼」
ちらりと颯に目をやる。
颯に顎で指示され、僕はスピーカーボタンを押した。
『明後日……
十五日の港花火大会の見回りをお願いしたいそうです』
「見回り、ですか?」
『ええ。最近、港区で霊害が湧いてるそうで。
低級ばかりみたいですけれど。
花火大会は人も多く集まるから、と』
港花火大会。
埠頭で行われる、籠屋市で最も大きな夏祭りだ。
小さい頃、何度か家族四人で行った覚えがある。
『何も起きなければ、
お祭りを楽しんでくれて良い、とのことです』
「はあ」
母さんが亡くなってからは、一度も行ってない。
黙って聞いていた颯が、そこで口を開いた。
「依頼なら、光流も来れるのかよ?」
『会場は人が多いですからね……。
誰かに見られてはまずいですし』
「光流、お祭り好きなのに残念ねェ」
「……あ」
颯と、目が合った。
光流くんだと、
バレなければ良いんだよな?
『どうしました?』
「いえ!何でもないです」
『柊くん、今何か良からぬことを考えましたね?』
「あ……っと……」
スマホの向こうで、先生がため息を漏らした。
『今回の件、おそらく常夜との関わりはないそうです。
盆時期は元々、霊害が発生しやすいですからね。
リラックスして臨んでもらって良いかと思います』
先生の声が、少しだけ柔らかくなる。
『高二の夏休みは、一度きりですから』
「……はい」
“みんなで楽しんでおいで”。
そう、言われたような気がした。
『だけど、光流くんに幻影を使わせるのは禁止ですよ。
あれは霊力持ちしか騙せませんからね』
「は、はい!」
まるっきり、見透かされてた。
『それから、狛くんのこと。
勝手に動いたりしてませんよね?』
「……」
……多分、伊吹さんは何かしてる。
颯に目配せすると、
颯が舌を鳴らして合図した。
「……動いてません」
『なら良いんです。
何かあったら、こちらから連絡しますから』
「わかりました」
『じゃ、明後日はよろしくお願いしますね。
奏さんと桃華さんたちにも僕から連絡しておきます』
その言葉を最後に、通話は途切れた。
初めて友達と行く花火大会。
きっと、楽しいんだろう。
だけど――
息抜きになるとは到底思えなかった。
大きな入道雲が、
ゆっくりと西の空を覆っていく。
その向こうにある港の空は、
ここからは見えなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:5月30日15時
第百八十四話 祭りの始まり




