第百八十一話 僕も一緒に
午後六時四十分。
僕たちは、回転寿司のチェーン店に来ていた。
僕の隣には父さん。
正面に颯と、篝くん。
「柊くん。お寿司が回ってる」
篝くんが、にこりと微笑む。
「回転寿司だからね」
「本当に取っていいの?」
「アホなのかてめぇは」
「……」
颯につっこみたいのは山々だが、
父さんがいる手前、何も言えない。
「篝くん、いっぱい食べてね!」
父さんが笑顔でタッチパネルを差し出した。
篝くんが受け取る。
「はい。ありがとうございます」
「おっと、おしぼりないね!とってくるよ!」
父さんが席を立ち上がった。
篝くんはタッチパネルを物珍しそうに見ている。
「……あの、篝くん」
「……ん?」
篝くんがタッチパネルに視線を落としたまま返事した。
「紫苑さんのことなんだけど……」
僕は、河川敷で起きた出来事について篝くんに話した。
「そうなんだね」
篝くんの表情は、一度も変わらなかった。
「……大丈夫?」
「何が?」
「最近、元気がないみたいだけど……」
「……そんなことないよ。
ごめんね。河川敷、誘ってくれたのに行けなくて」
……あ。
笑った拍子に、目の下の薄い隈が見えた。
「何か、悩んでる……?」
あの夜から、篝くんの夜驚は聞いてない。
それでも、
ちゃんと眠れてはいないのかもしれない。
篝くんが、視線を上げる。
「柊くん」
目が合った。
ガラス細工みたいな、灰色の瞳。
「パンドラの箱って、知ってる?」
「パンドラの箱?」
確か、神話の……?
その時。
「お待たせ」
父さんが戻って来て、僕の隣に腰掛けた。
篝くんは話を続ける。
「絶対に、開けてはいけない箱」
……カタン。
父さんが手にした湯呑みが、
小さく音を立てた。
「でも、その底には希望があるんだって」
颯はテーブルに頬杖をついて、横の篝くんを見上げた。
「何の話だよ」
篝くんが微笑む。
「……それでも僕は、やっぱり開けるのが怖いかな。
災いが飛び出すって知ってるから」
もしかして。
篝くんが、
前に喝采に言われたことだろうか。
「……それなら、開けなくても良いんじゃない?」
君が、怖いと思うなら。
篝くんの視線が父さんの手元へ落ちた。
湯呑みを持つ指が、止まっている。
「……ふふ。お父さんはどう思います?」
「開けないよ」
父さんの答えは、驚くほど早かった。
「僕は、臆病者だからね」
「……?」
僕は颯と顔を見合わせた。
「あれ!まだ注文してないのー!?
もしかして注文の仕方わからない!?」
父さんが不自然に明るい声で言った。
「……どれも美味しそうだから迷ってしまって」
「篝くんお寿司好きだったんだねぇ!」
二人とも笑っているのに、
何かが噛み合っていない気がした。
ピッピッ。
タッチパネルを操作する音が軽快に聞こえる。
「パンドラの箱な」
颯が呟いた。
「開けなきゃいけねぇなら、俺は開けるよ」
――颯は、そうだよな。
篝くんの耳が、わずかに動いた気がした。
……僕なら。
僕は篝くんを見た。
「その時は、僕も一緒に」
「……ふふ」
篝くんの目が細くなる。
……母さんを思い出した。
「柊くん、何食べる?」
「あ……じゃあ、玉子とサーモン」
僕が答えた、その時。
ティロン。
『間も無くご注文の品が到着します』
青い縁取りのお皿が連なって流れて来た。
「え」
……全部、いくら。
「お前全然迷ってねぇな!?」
ひらり、と。
蒼と緋の蝶が、
篝くんの肩を掠めて飛んでいった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:5月29日21時
第百八十二話 口実




