第百七十八話 疑惑のレプリカ
僕たちは、高架下に円になって座った。
アスファルトのひやりとした感触が伝う。
紫苑さんだけが、少し離れた場所で壁にもたれかかっていた。
重い空気が流れる中、斎賀先生が紫苑さんを見た。
「……紫苑くん、身体の具合は?」
「前置き良いから早く話せば⭐︎?」
「……」
斎賀先生は指でメガネを持ち上げた。
「警察から連絡がありました」
その言葉に、空気がさらに張り詰める。
僕は唾を飲み込んだ。
「以前、小須商店街で回収された……
戒の拳銃についてです」
「……あ」
確か、あれは颯が踏み潰して壊したはず。
「破損が酷くて調査が止まっていたのですが、
最近、未損傷のパーツが見つかったそうで」
腕を組む紫苑さんの指が、ぴくりと動いた。
「あの拳銃ですが……」
斎賀先生が息を吸って吐く。
「東雲警部の拳銃のレプリカだったそうです」
僕は目を見開いた。
……つまり。
「東雲警部が事件に関与していると?」
奏さんが震える声で尋ねた。
「その可能性があるため、
警部は今後……常夜の捜査から外れるそうです」
麗子さんが頷く。
「警部はそんなことしないわよねェ。
誰かに嵌められたと考えた方が妥当だわ」
「ええ。警部本人も関与を否定しています。
ただ――」
斎賀先生の言葉が止まる。
全員が、静かに続きを待った。
「……狛くんの方が、否定していないそうで」
「ヴォン!!」
黒狼が、抗議するみたいに吠えた。
「は!?
狛さんこそ、そんなことするわけねぇだろ!?」
颯が叫んだ。
僕も、そう思う。
……だけど。
――『内通者がいるはずなんです。春日伊吹の他にも』
――『おそらく三流派の人間でしょう』
暮羽さんの言葉が脳内に過った。
狛さんは、久世家とも繋がりが深い。
頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。
……違う。
狛さんが、そんなことするはずない。
「僕も、そうは思いません。
証拠も出ていないようですし。
とにかく今は調査中なので、狛くんは動けません」
「そんな……!やっと退院できたのに……!」
伊吹さんの目は、潤んでいた。
「……あのさ〜⭐︎」
それまで黙って聞いていた紫苑さんが、口を開く。
「狛が拳銃のレプリカ作って常夜に流したって?
ありえないでしょ」
紫苑さんは、感情の読めない声で続けた。
「お前ら、狛の何を見てきたの?」
その冷めた瞳が、
いつもより鋭く見えた。
「だいたい凡才がそんなことできるわけないじゃん」
奏さんが、恐る恐る紫苑さんを見る。
「でも……それなら何故、否定しないのでしょうか?」
「ちょっとは自分の頭で考えたら⭐︎?
小さい脳みそでも搾り出せば何か出るでしょ」
紫苑さんが、伊吹さんを指差した。
「……あ……」
伊吹さんの顔は、真っ青だった。
「そいつはもう何か気付いてるよ⭐︎」
みんなが伊吹さんを見た。
「……いや……でも、わかんないよ……」
伊吹さんが顔の前で両手を振った。
それを見て紫苑さんがため息を吐く。
「東雲家のことなら、お前よく知ってるじゃん」
僕にはまだ、見えてこない。
……東雲家の、“機械に強い人間”。
そこまで浮かんで、
僕の思考は止まった。
「で、俺らはどうすりゃ良いんだよ」
颯が険しい顔で尋ねた。
「この件が解決するまで、
警部にも狛くんにも頼れません。
今後は東雲警部の代わりに、
三岳警部補が担当になります」
『これからはその人から指示が来るってこと?』
スマホの中から光流くんが尋ねた。
「三岳警部補は、東雲警部の右腕です。
警部のことも、みなさんのことも信頼してくれています」
「こっちも信頼して良いってことねェ」
麗子さんの言葉に、先生が頷く。
「はい。
今この時も、常夜は……動き続けていますからね」
常夜だけじゃない。
三流派も、きっと裏で動いている。
――『紫苑くんがどう動くか、見ていてほしい』
紫苑さんは、どうするつもりだ……?
横目で紫苑さんを見ると、
紫苑さんは背伸びをしていた。
「僕はいいや〜⭐︎」
「え!?」
思わず声を上げた。
「元々、狛がいるから付き合ってただけだし⭐︎
僕、慈善事業とか興味なーい⭐︎」
紫苑さんは手をひらひらと振って歩き出す。
「……狛が嘘ついてようがどうだろうが、
別の何かを優先してることは事実でしょ」
その声は冷たいのに、
どこか弱々しく聞こえた。
この人、本当は――。
「紫苑!!」
颯の叫びに、紫苑さんが目を細めて振り返る。
「は⭐︎?呼び捨てすんな」
「お前、何する気だよ」
「僕に牽制する気⭐︎?面白いね、雑魚霊⭐︎」
紫苑さんは鼻で笑った。
「僕は僕だから⭐︎」
奏さんが立ち上がる。
「……好きに動くってことですか?」
「どうぞ解釈ご勝手に⭐︎あ、そうだ」
紫苑さんが僕を見る。
紫色の瞳は、一直線に僕を捉えていた。
「お前、そろそろ出し惜しみやめたら?」
「……出し惜しみ?」
「じゃーね〜⭐︎」
それだけ言うと、
紫苑さんは河川敷を去って行った。
また、不穏な空気だけが残る。
河川敷に響く家へ帰る子どもたちの声が、
やけに遠く聞こえた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:5月27日21時
第百七十九話 水面下




