第百七十七話 夜はまだ遠い
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Side:柊
河川敷を、黒い巨体が駆ける。
『颯!右だ!』
「見えてるよ!」
狛さんの守護霊――黒狼との模擬戦。
次の瞬間、右側から黒狼が突進してきた。
「食霊法!!」
伊吹さんの霊力が流れ込み、黒狼の霊力が増幅する。
颯が身体を捻った。
「旋霊拳――」
拳に霊力を乗せる。
「祓撃!!」
ドガァァァン!!
拳が黒狼を正面から撃ち抜く。
黒狼は弾き飛ばされ、河川敷を滑った。
「……ヴヴー……」
黒狼が弱々しく鳴いた。
「あ〜!黒狼、ごめん〜!!」
伊吹さんが黒狼に駆け寄る。
伊吹さんはドーナツを咥えたまましゃがみ込むと、
黒狼に掌をかざして霊力を送った。
その様子を、
少し離れた場所で奏さんと麗子さんが見ていた。
「……柊と颯の勝ちねェ」
腕を組んで仁王立ちする麗子さんの隣で、
奏さんがスマホを横にして僕たちに向けている。
「見えました?光流くん」
奏さんのスマホの中、
『見えてる!ほんと、強くなったよな〜』
光流くんが呟いた。
八月六日。午後五時十五分。
僕たちは、河川敷に集まっていた。
僕の中から、颯が抜け出る。
「つーかさ」
僕と颯は、伊吹さんと黒狼の方へ近づいた。
「紫苑と狛さん、昨日退院してんだろ?
何で来ねぇの?」
伊吹さんが顔を上げる。
黒狼は前脚を折り、腹を地面につけていた。
「それがさ〜」
伊吹さんは眉尻を下げた。
「ボクも連絡ついてなくて。
狛くん、連絡無視するタイプじゃないのに……」
伊吹さんが黒狼の背を撫でる。
黒狼の尻尾が、ふわりと揺れた。
「黒狼は狛くんのとこ行ってるみたいだけど、
喋んないからわかんないし〜」
「ヴォン!!」
黒狼が返事するみたいに吠えた。
奏さんと麗子さんもこちらに集まってくる。
「紫苑はともかく、狛が来ないの変よねェ」
麗子さんが呟いた、その時。
気怠そうな声が落ちた。
「僕が何だって〜⭐︎」
奏さんと麗子さんの間から、紫苑さんの顔が見えた。
「きゃあ!!」
奏さんが驚いて飛び退く。
「凡才ども、
ちゃんと言いつけ守って練習してんじゃん⭐︎」
「別にお前に言われたからじゃねーよ」
颯が悪態をついた。
「あ……退院おめでとうございます、紫苑さん」
僕の言葉に、紫苑さんがハッと息を吐く。
「何もめでたくないけど⭐︎」
……なんか、今日は機嫌が悪い。
いや、この人は元々こんな感じだけど。
「篝は⭐︎?来てないの⭐︎?」
「あ……体調が良くないからって……」
篝くんは僕の家で籠っている。
“暑さのせいだ”って宵くんと灯さんは言ってた。
「桃華さんたちも特訓に誘ったのですが、
“真夏の河川敷なんか行くわけないでしょ”、と」
奏さんの言葉に、紫苑さんは舌打ちした。
「調子乗りすぎ⭐︎」
「……」
伊吹さんは黒狼に隠れるように身体を丸めていた。
「おい裏切り者⭐︎見えてんだよ⭐︎」
「……ひっ……!」
そうだ。
この二人って、和解してないんだっけ。
福くんが成仏した夜以来、
二人が顔を合わせるのは初めてだった。
奏さんが伊吹さんを庇うように前に出る。
「その件はもう良いじゃないですか。
伊吹さん、ちゃんと反省してるんですから」
「奏ちゃん……」
伊吹さんが怯えたように、奏さんの背中にしがみついた。
黒狼が低い唸り声を上げ、紫苑さんを威嚇する。
「甘い甘ーい⭐︎ゲロ出そう⭐︎」
紫苑さんは顔をしかめて舌を出した。
「……まあ良いけど⭐︎
次また暴走したら、今度は知らないから〜」
紫苑さんはそう言って、
だるそうに視線を逸らした。
……完全には許してない。
でも、切り捨てるつもりもないのかもしれない。
「そこの謹慎男もな⭐︎」
『……ごめんなさい』
奏さんのスマホの中から、光流くんの声が聞こえた。
……毎回思うけど、
紫苑さんってどうして色々知っているんだろう。
麗子さんが一歩前に出る。
「で、紫苑。アンタは狛と連絡ついてんの?」
「狛ね⭐︎はいはい」
紫苑さんは振り返って、堤防の上を指差した。
「そこの凡才教師に聞いたら⭐︎?」
全員が揃って堤防の上を見た。
白衣姿の斎賀先生が、
ゆっくりと堤防を下ってくる。
八月は、日が長い。
太陽はまだ高く、河川敷を白く照らしていた。
誰ひとり、動かなかった。
――なのに、
胸の奥が、
ざわついて仕方なかった。
――夜はまだ、遠い。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:5月26日21時
第百七十八話 疑惑のレプリカ




