第百七十一話 帰る場所
朝倉昴は、ミラに連れ去られた。
雲が動き、再び太陽が顔を出す。
河川敷に光は戻った。
それでも、
しばらくの間、誰も何も話さなかった。
僕たちの足に絡みつく蔦を、
暮羽さんが順番に切ってくれた。
颯が僕の身体から抜け出る。
「……光流くん」
光流くんは立ち尽くしたままだった。
僕は光流くんに手を伸ばした。
僕の手が届くより先に――
「光流!!」
光流くんのお母さんが、光流くんを抱きしめた。
「心配すんな!
あたしがあいつに、必ず痛い目見せてやるから!!」
「……母さん、何でここに?」
光流くんがお母さんから離れる。
「光知瑠が連絡くれたんだよ。
で、走ってたら――」
「行き先が同じみたいだったから、拾ったのよ」
桃華さんが髪をかきあげて答えた。
「何か知らないけど、すごい荷物だったから」
「え?」
「ちょっと、買い物しててね。
……それより、光流」
お母さんは苦笑いした後、
光流くんの目を見て言った。
「聞いたよ。
あんた――光知瑠を庇ったんだってね」
「……っ」
「さっき母さん……
光流が殴った相手の男んとこ行ってきたの」
光流くんの視線が落ちる。
「……まじ?」
「光知瑠が荒れてた時の知り合いだった。
あんた、光知瑠のこと悪く言われてキレたんだってね」
「……ウチの……?」
「光知瑠が妊娠したこと、バカにされたんだろ?
“あんな姉貴のガキなんかDQNになる”って」
光知瑠さんが笑った。
「いやいや!そんなことでキレんなよ!」
……辛いのに、
この姉弟は、笑って誤魔化す。
だけど。
「“そんなこと”じゃねぇよ」
光流くんはもう、笑わなかった。
「俺にとって姉ちゃんは、大事な家族だから」
……真剣な眼差しだった。
その言葉に、光流くんのお母さんが、
何かを堪えるみたいに唇を噛んだ。
「……そうだよな。あたしも腹括んなきゃ」
光知瑠さんの目に、また涙が浮かぶ。
「光流……」
光流くんが光知瑠さんを抱きしめる。
「姉ちゃん泣きすぎじゃん?
母になると涙もろくなんの〜?」
光流くんは、光知瑠さんの背中を優しく叩いた。
「光流〜……」
「ったく……
何で昴はこんなに可愛い子どもたちを……」
お母さんは、そこまで言うと口をつぐみ、
「てか光知瑠!お前びしょ濡れじゃん!
妊婦なんだから身体冷やすなよ!」
上着を脱いで光知瑠さんの背中にそっとかけた。
「元気な赤ん坊産んで、昴に見せつけてやんぞ!」
「……うっせぇよ」
「家は、てめぇなんかいなくても幸せだってな!」
光流くんそっくりの、
太陽みたいな笑顔だった。
光知瑠さんが鼻を啜る。
「……一人じゃ育てられねぇって、言ったじゃん」
お母さんが光流くんを見た。
「父親なんかいなくても、
お前ら、ちゃんと育ったから」
お母さんは視線を戻し、
光知瑠さんの涙を指で拭う。
「それに、うちは一人じゃねぇ」
「え?」
「うちは三人――いや」
お母さんが目線をやると、
麗子さんが微笑んだ。
「四人いるから」
麗子さんも、
同じ目で二人を見ていて。
……なんだか無性に、
母さんに会いたくなった。
光流くんが、光知瑠さんを抱きしめる腕を解く。
「麗子も……どうしてここがわかったの?」
「双子の霊が、呼びにきてくれたのよ」
双子の霊――篝くんだ。
あの儚げな笑みが脳裏を過ぎる。
光流くんは伺うように麗子さんを見た。
「ハルちゃんは?いいの?」
「晴信には、また会えるわ。
光流、忘れてない?アタシはね」
麗子さんが鼻を鳴らした。
「アンタの守護霊よ?」
光流くんの頬が、少しだけ赤くなる。
「……そうだね」
「それに晴信も、アンタを心配してたわ」
颯が前に出る。
「奏も伊吹も、お前のこと探してくれてるよ」
僕も颯に続いた。
「だからさ……
“何もない”なんて、言わないでよ」
今なら、言葉も届く気がした。
「……柊」
光流くんが、胸元の十字架を握る。
「ごめんな。
俺、お前を傷つけること言った」
「……ううん」
僕は、その十字架を指差した。
「それ、またつけてくれたじゃん。
だから良いんだ」
「……やっぱさ」
光流くんは眉を寄せて笑った。
「柊には、敵わねぇな!」
雨上がりの空に、薄い虹が浮かぶ。
「奏さんと伊吹さんに、連絡しないとね」
「……そう言えばよ」
「ん?」
颯が眉をひそめる。
「メガネ、来てたよな?」
「――!」
河川敷を見渡す。
……いない。どこにも。
――『光を守るって、約束しましたから』
その言葉だけが、思い出された。
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※次回更新:5月21日21時
第百七十二話 生まれてよかった




