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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
交錯する心音

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第百六十五話 届かない言葉


 風が闇を押し返す。

 

 俺の合図で、光知瑠が駆け出した。

 

「光流!」


 ――手が、届く。

 

 光知瑠は、背中から光流を抱き締めた。


「いっぱい酷いこと言ってごめん……!

 辛かったよね……!」


 雨と涙で、光知瑠の顔が滲む。


「……」


 光流は、何も返さなかった。


「……あのね、光流。

 ずっと、言ってなかったんだけど――」


 光流の背中に、光知瑠が額を押し付ける。

 

「ウチ……赤ちゃん、できたんだ」


 俺は目を見開いた。


 一瞬、息を呑む。


 ――今は守るしかねぇ。


「彼氏は、堕ろせって言ったから別れた」


 光知瑠の声が震える。


「ババアも……

 一人で育てるのは無理って」


 雨が勢いを失っていく。

 

 雨音さえ遠のき、

 世界が耳を傾けていた。


「でもね。

 ……ウチ、覚えてるんだ」


 光知瑠の目から、大粒の涙がこぼれる。


「赤ちゃんのあんたが、

 可愛くて可愛くて仕方なかったこと」


 ……鼻の奥がツンとした。


「だから、産もうって決めた。

 光流が教えてくれたから」


 光知瑠の腕に、力がこもる。


「赤ちゃんの時だけじゃないよ。

 産まれた時からずっと可愛い。大好き」


「……」


 光流がゆっくりと振り返る。

 

 その瞳は、何も映していなかった。

 

 ――まだ、届かない。


 まるで、

 言葉そのものを、拒んでいるみたいだった。


 ザバァッ!!


 茶色い濁流が大きく波打つ。


『危ない!!』


 柊が叫んだのと同時に、

 獣みてぇな波が二人をさらった。


「やべぇ!!」


 俺が飛び出した、次の瞬間――


 グワァッ!!


 俺たちの力で抑えられていたヘドロが、

 勢いを取り戻して向かってきた。


「クソッ!」


 跳んで避ける。


 ――こんな時に!


「光流!光知瑠!!」


 次の瞬間――


 上空から、眩しい光が降ってきた。


 そのまま、

 青白い塊は、荒れ狂う川へ突っ込む。


 ザパァァンッ!!


 川面が揺れ、巨大な影が飛び出した。

 

 現れたのは、


「――麗子!!」


 全身から水を滴らせ、両腕に二人を抱えていた。


 右腕に光流。左腕に光知瑠。

 しっかり胸元へ抱き寄せたまま、

 濁流を踏み砕くように岸へ跳んだ。


「……遅くなってごめんなさいね」


 光知瑠も光流も、ぐったりしたまま反応がない。


 麗子は二人を静かに地面へ下ろす。

 そして、その肩を抱き寄せた。


 また少しずつ、光流からヘドロが溢れ出した。


「誰ェ?アタシの大事な()()()()を傷つけたのは?」

 

 その目に、慈愛はもう無かった。


「覚悟、できてるんでしょうねェ……?」


「麗子、危ねぇ!!」


 黒泥が麗子を包むように波打つ。


「そのドロドロ、光流の感情だ!!」


「あら。

 光流がくれるものなら、何でも歓迎よ」


 麗子は二人を離さなかった。


「みっち、ごめんね。

 少しだけ、付き合ってちょうだい」


 ズオォォォォ……ッ。


『飲まれる!!』


 俺たちが駆けつけるより早く、

 三人とも、黒い闇に沈んだ。

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:5月16日15時

第百六十六話 あなたが光

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