61.お祭りへ行こう
幸いなことに舞踏会では何も起こらなかった。
だが、建国祭はまだ六日ある。
その間に何かが起こらないとも限らない。
「結局、舞踏会では何も起こらなかったわね」
建国祭二日目。
ベルンは諸外国の賓客を接待するため今日は多忙のようだ。
私は特にすることもないので、エルシーと自室でのんびりしている。
「そうですね。ゲームではヒロインが舞踏会で『聖魔法』を使ってパフォーマンスをするんです。それで聖女として認められるという筋書きなんですが……」
「イベントが発生しなかったということは、やっぱりこの世界は『きみばら』に類似しているだけの世界なのかもしれないわね」
「……きっとそうですよ」
このまま何も起こらずにいてくれるといいと思う。
「ところでエルシー。貴女の好きな人ってもしかしてアルベルト・クライスナー様なの?」
「ええっ!? なななななんで! ええっ! えっ?」
明らかに動揺している。当たりかな?
「エルシーは彼のルートが好きなの?」
エルシーは観念したのかふうと息を吐きだすと、ぼそぼそと呟くように話す。
「いいえ。『きみばら』ではベルンハルト様推しだったんです」
「えっ!? そうなの?」
そうか。エルシーことえりかは俺様系男子が好きだったものね。
「先輩には申し訳ないんですが、初めてベルンハルト様に声を掛けられた時嬉しかったんです。モブ令嬢に過ぎない私が推しと話す機会があるなんて。でも現実と理想は違うんですね」
「申し訳ないことはないわよ。好きな人と話すのが嬉しいのは当たり前でしょう。それでどうしてアルベルト様を好きになったの?」
恥ずかしそうに俯いたエルシーはぽつぽつと語り始めた。
アーデン校に在学中のある日、エルシーは街の本屋に行く途中でガラの悪い男たちに絡まれてしまった。そこへ颯爽と現れたのがアルベルトだ。
街のゴロツキなど将来、騎士になるために鍛えているアルベルトの敵ではない。
男たちをあっという間に倒してしまった勇姿に惹かれたそうだ。
アルベルト・クライスナーは現在十五歳で、がっしりとした体躯に精悍な顔つきをしている。
「とにかく筋肉がすごいんです! 制服を着ていても分かる均整のとれた体つき。きっと脱いだらすごいことに!? きゃあ! 私ったらはしたない!」
エルシーがだんだんと熱弁になってきているが、何か話がおかしな方にいっている。
「……
ええと……つまりエルシーはアルベルト様の筋肉に惹かれていると……」
「あら? いいえ。違います。たぶん異性として惹かれているとは思いますが、筋肉が堪らないというか?」
知らなかった。エルシーって筋肉萌えだったんだ。
「まあ、二人のことを応援するわ。想いが通じるといいわね」
まだエルシーが熱弁を振るおうとしていたので、そこで話を無理やり締めた。
◇◇◇
建国祭五日目。
約束していたベルンとの街中デートの日がやってきた。
お忍びなので町娘風のワンピースを着た私は鏡の前で自分の姿をチェックする。
「まだ鏡を見ていらっしゃるのですか?」
ソフィアが呆れた顔をしているのが鏡越しに見える。
「ねえ、ソフィア。おかしくないかしら?」
「大丈夫です。公女様は何を着ても可愛いですから」
「どうして棒読みなの?」
心のこもっていない誉め言葉だ。
「さあ、皇太子殿下をお待たせしてはいけません。待ち合わせ場所にまいりますよ」
とっとと行けと背を押される。
待ち合わせ場所は使用人が使う通用門だ。
「来たか、マリエ」
通用門に到着すると、すでにベルンが待っていた。
町の少年が着るような服を纏っているが、気品が漂っている。どこかの金持ちの息子というよりは、貴族の子息がお忍びで出かけているという感じだ。
「お待たせしてごめんなさい。ベルン」
「大丈夫だ。そんなに待ってはいない。では行こうか?」
街へは使用人が使う馬車に乗っていくのだ。
向かい合って座っていると、ベルンが微笑むのでドキリとする。
「何?」
「その服似合っているな」
「そうかしら? お忍びにしては派手ではない?」
シンプルな形を選んだのだが、色目が赤と黒のチェックなので幾分目立つ。
「今は祭りの時期だ。皆着飾っている。そんなに目立つことはないだろう」
「そうだといいけれど……」
「どのような所に行ってみたい?」
「買い食いしてみたい! って……あっ!」
うっかり本音が漏れてしまった。
ぷっとベルンが吹き出す。
「ではまずは出店があるところだな」
「うっ……はい。お願いします」
「やはりマリエは面白いな。見ていて飽きない」
最早、珍獣扱いだ。
食べ物を扱っている出店があるところにやってくると、いい匂いが漂っていた。
「いい匂い。お肉の匂いかしら?」
「串焼きだな。食いたいか?」
「……食べたい」
「よし。行こう」
ベルンに手を引っ張られ、串焼きの出店の前にやってきた。
「おやじ、串焼きを二本くれ」
「はいよ! 二人は兄妹かい?」
「いや。婚約者だ」
「へえ。親同士が決めた許嫁ってやつかい? 可愛い恋人たちに一本ずつおまけしておくよ」
にかっと笑って、気の良い串焼き屋のおじさんは一本ずつおまけしてくれた。
買ったばかりの串焼きを頬張ると、自然と顔が緩む。
「ううっ。美味しい。買い食いをするというこの背徳感が堪らない」
貴族令嬢が買い食いをすることは、はしたないこととされている。
「ハハハ。背徳感か。俺たちの世界ではあり得ないことだからな」
ベルンも串焼きを頬張っている。手慣れた様子で串焼きをかじっているところを見ると初めてではなさそうだ。
「ベルンは買い食いしたことがあるの?」
「俺はたまに街へ忍びで来ることがあるからな」
「国民の生活をリサーチしているの?」
「それもあるが息抜きだ」
皇太子というのはストレスが溜まるのだろうな。
「息抜きは必要よね」
「まあな。次は何が食べたい?」
出店を見回すと揚げパンが売っている店が目に入る。
「あの揚げパンみたいなのが食べてみたい」
「ああ。ルリーナクーヘンか」
「ルリーナクーヘンというの?」
「祭りに食べる伝統菓子だ。なかなか美味いぞ」
粉砂糖がかかったシンプルなものからジャムが入ったもの、チョコがかかったものなどいろいろ種類があった。
ベルンは粉砂糖がかかったシンプルなルリーナクーヘンを、私はジャムが入ったルリーナクーヘンを選んだ。
「これお土産にならないかしら? レイリさんが好きそう」
「レイリ? ああ、甘い菓子に目がないからな。馴染みの店があるから後で行くか?」
「うん!」
ルリーナクーヘンを頬張ろうとしたその時、街全体が眩い光に包まれる。
「きゃあ!」
「眩しい! 何だこれ!?」
街の人たちの悲鳴があちらこちらで上がる。
「くっ! マリエ大丈夫か?」
「大丈夫よ。ベルンこれをかけて」
ベルンにサングラスを渡す。プレゼントしようと持ってきたサングラスが役に立った。
「むっ! 眩しくない。何だ? これは?」
辺りを見回してサングラスの効果を試している。リーンと同じ反応だ。さすが兄弟。
「光を遮断する眼鏡よ。サングラスというの」
「ほお。便利だな」
などと感心している場合ではない!
「ベルン、この光は心愛が泉に現れた時のものと同じなの!」
「心愛? 誰だ、それ?」
「……『渡り人』の少女の名前よ」
「ああ。ここぴぃ嬢のことか。そんな名前だったのか?」
ベルンは心愛の名前をここぴぃだと思っていたようだ。
「そんな名前だったの。そんなことより、この光はきっと彼女が関係しているわ」
「光は魔力を帯びているな。魔力の元を辿ってみれば原因が分かるかもしれない」
私はあまり得意ではないが、ベルンは魔力探知ができる。
「行ってみましょう」
確信はないが胸がざわつく。
何となく心愛が関係しているような気がした。




