60.Shall we dance?
建国祭当日の舞踏会はベルンがエスコートをしてくれるのだが、その日時間どおりに自室まで迎えにきてくれた。
私の姿を見た途端、じっとベルンが見つめているので私は首を傾げる。
「どうしたの? どこかおかしなところがある?」
「いや。いつにもまして可愛いというか、美しい」
まだ十一歳の少女に使う言葉ではない。
しかし――。
「ありがとう」
褒められて嫌な気はしないので、素直にお礼を言っておく。
「前から思っていることだが、マリエは大人になったらすごい美人になるだろうな。今から心配だ」
「何が心配なの?」
「他の男の目を惹くからだ」
はあと私はため息を吐く。
「今からそんなことを心配しても仕方ないでしょう? それにベルンが気になるのであれば、ほっかむりでもするわよ」
それはそれで、ちょっと怪しい出で立ちではあるが……。
「……それはいかんな。マリエの美しさが損なわれる」
本気でベルンが悩んでいるのがおかしくて私は笑ってしまった。
◇◇◇
ベルンにエスコートされているので、当然舞踏会場への入場は皇族と同じということになる。
皇帝、皇后両陛下の次に入場することになるので、扉の前で待つ。
「皇太子殿下ならびにローゼンストーン大公女殿下のご入場です」
高らかなファンファンーレとともに扉が開く。
玉座へと続く道を歩いていくと、上座に見知った顔を見つける。
エドアルトだ。どうも国王陛下の名代としてやってきたようだ。
久しぶりに会う従兄に後で声を掛けてみることにしよう。
ベルンと私は玉座の少し下に立つ。
皇太子妃になれば玉座に席が用意されるのだが、今のところは婚約者なので玉座の下に立つのがセオリーのようだ。
皇太子であるベルンも一緒にいてくれるので、それは心強い。
玉座の下とはいえ上座なので、会場全体を見渡すことができる。
皇帝陛下の挨拶を聞きながら会場を見ていると、クルトにエスコートされている心愛と目が合う。
目が合うなり、親の仇を見るような目で睨まれたが、そんなことで怯む私ではない。
この国の貴族の社交デビューは男女ともに十三歳だが、デビュー前でも社交の場に来てもいいのだ。
自分の子供たちを有力者に引き合わせる目的で連れてくる親は多い。クルトもそうだろう。
そして、心愛もやはり来ていた。
クルトは神殿長の息子なので、地位は貴族と同じだ。当然舞踏会にも招待されていたのだろう。
そのクルトの同伴者として心愛もくっついてきたというところだろう。
やがて皇帝陛下の挨拶が終わり、音楽が鳴り出す。
「マリエル大公女。ファーストダンスは俺と踊っていただけますか?」
公の場なのでフルネームで呼ばれる。
「喜んで。皇太子殿下」
聞き慣れたワルツのステップを踏む。
「さらにダンスが上達したな。初めて踊った時も上手かったが」
「ベルンのリードが上手だからよ。それに昔からダンスは得意なの」
一曲目のワルツが終わり、盛大な拍手に包まれる。
「このまま二曲目も続けてマリエと踊りたいところだが、君と踊りたそうな人物がいるからな」
振り返ればエドアルトが立っている。
「久しぶりだな。エドアルト王子」
「ご無沙汰しております。ベルンハルト皇太子」
エドアルトは型どおりの挨拶を終えると、私の前に手を差し出す。
「マリエル大公女。僕と踊っていただけますか?」
「喜んで。エドアルト王子」
二曲目もゆったりとしたワルツだ。
「久しぶりだな、マリエル。元気そうで何よりだ」
「貴方もね、エド」
久しぶりに会う従兄は少し身長が伸びたようだ。
「しかし、何だって他国の学校に通おうと思ったんだ? 我が国にも学校はあるのに」というのは、私がアーデン校に入学することを報告した際のエドアルトの言葉だ。
旅立つ時には「元気でな」と送り出してくれたが、それまでは機嫌が悪かった。
「アーデン校は楽しいか?」
「ええ。とても楽しいわ。友人もたくさんできたの」
「ふ~ん。お前もふもふ以外にもちゃんと友人と話せるんだな」
「何よ、それ? 私がコミュ障だと言いたいの?」
憎まれ口は相変わらずだ。
「お前が同年代の令嬢たちと親しくしている姿を見たことがなかったからな」
見ていないようでしっかり見ている従兄に感心する。
自国にいる時は同年代の貴族令嬢たちと親しくしようとは思わなかった。一度目の人生で裏切られた思い出があるからだ。
二度目は違うかもしれないと思いつつも距離を置いていた。
エドアルトはそんな私をしっかりと見ていたようだ。
「向こうでは社交デビューしたら、親しい友人を見つけようと思っていたわよ」
「そうか。でも、こちらで楽しく暮らしているようだし安心したよ」
「心配してくれてありがとう」
一度目の人生でエドアルトが私の心配をしたことなど一度たりともなかった。
きっと一度目の私も悪かったのだと思う。実際悪役令嬢だったし……。
だが、二度目の人生ではエドアルトとは従兄妹としていい関係が築けそうだ。
「……エド。聖女には気をつけなさいと言ったことを覚えている?」
「ああ。けれど我が国に聖女はいないぞ」
「こちらの国でまさに誕生しようとしているのよ」
「そうなのか?」
ワルツが終わったので、ベルンが早々に迎えにやってきた。
「……随分と早いじゃないか? ベルンハルト皇太子」
不機嫌そうにエドアルトが言い放つ。
「マリエに紹介したい者たちがいるのだ。悪いな。エドアルト王子」
ふふんとベルンが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
もう! 仲が悪いな、この二人。
「マリエル、後でまた話をしよう」
「その頃には舞踏会が終わっているかもしれないな」
「そうなったらマリエルの部屋を訪ねていく」
「他人の婚約者の部屋を訪ねるのは感心しないな」
二人は周りの人間に見えないように互いに舌を出している。
これが大国の後継者のやることか?
私は有力貴族に次々と紹介されていき、今やっと一息ついている。
「マリエ、疲れただろう? 今飲み物を用意させる」
「皇太子殿下。飲み物は私が持ってまいります。大公女殿下とこちらの席でお待ちいただけますか?」
舞踏会が始まってから、常にそばにいてくれたエルシーが気を利かせてくれる。
「すまないが頼めるか? エルシノア嬢」
「畏まりました」
カーテシーをすると、エルシーは給仕がいるところへ向かっていった。
「エルシノア嬢は気が利く令嬢だな。皇太子妃補佐官に任命するまで侍女としてついてもらうか?」
考えたこともなかったが、それもありだ。
皇宮の侍女は貴族令嬢であることが必須条件だ。
ソフィアはカルクシュタイン王国の子爵家の令嬢なので、条件は揃っている。
そしてエルシーはこの国の伯爵令嬢だ。
「エルシーが承諾してくれれば、お願いしたいところだけれど……」
できれば気心の知れた侍女がいい。
「分かった。後ほどエルシノア嬢に打診しておこう」
「ありがとう」
エルシーが飲み物を持ってきてくれたので、早速一口飲むとソーダのシュワッとした感覚が心地よく喉を刺激した。
「美味しい」
「ところで先ほどエドアルト王子と踊った時に何を話していたのだ?」
エドアルトとのダンスをずっと見ていたのだろう。彼と話していたこともバレバレだ。
「他愛もない話よ。学校が楽しいとか友人ができたとか……」
「そうか」
ベルンはあからさまにほっとしている。
もしかして嫉妬しているのだろうか?
それを嬉しいと感じてしまう私がいる。
ふと、横に控えているエルシーを見やると、薄く頬を染めて一点をじっと見つめている。
彼女の視線の先を追うと、一人の男性に辿り着いた。
あれは確か騎士団長の息子であるアルベルト・クライスナーだ。
エルシーの好きな人ってもしかして彼なのか?
後で問い詰めてみることにしよう。
「どうした? にやにやして。何か面白いことでもあったのか?」
気づかないうちに顔がにやけていたらしい。
「ええ。ちょっとね」




