58.マリエルの真実
その日、学校から帰ってきたら、ベルンが私の部屋に文字どおり飛び込んできた。
「ベルン。どうしたの?」
ひと休みする前に明日の準備を整えていた私は突然の訪問客に驚いた。
「リーンから聞いたぞ。神殿長の息子とここぴぃ嬢に虐められたらしいな」
あれは虐めのうちには入らないが、リーンはベルンにどうやって話したのだろう。
「ひと悶着はあったけれど、最終的にリーンが助けてくれたから大丈夫よ」
「マリエ、今すぐ結婚しよう!」
はい!? どうしたら、そういう飛躍した話になるのだ?
「あの女が『聖女』認定されたとしても、皇太子妃になればマリエが見下されることはない。だから今すぐ結婚しよう」
「ちょっと待って! ベルン」
あまりにも飛躍しすぎていてしばらく呆然としてしまったが、理由を聞いてはっとする。
「ん? なぜだ?」
「あのね。ベルンが私のことを大切にしてくれるのは嬉しいわ。でも、皇太子であるベルンが個人的な理由でそんなことをしていたら示しがつかないでしょう?」
ベルンは若いが優秀な皇太子だ。だが、時々暴走する時がある。
暴走しているベルンをいずれ皇太子妃になる私が諫めねばならない。
「俺はマリエが一番大切だ。大切な者を守りたいと思う心は、皇太子であろうと平民であろうと変わらぬはずだ」
一番大切と言われて胸が熱くなる。こんなに人に愛されたのは肉親以外では初めてだ。
一度目の人生でエドアルトがベルンのように私を大切にしてくれたのであれば、きっと幸せだっただろう。
私は決心する。二度目の人生をやり直していることを話そう。
「ベルン、聞いてほしいことがあるの。突拍子もない話だから、信じてもらえるかは分からないだろうけれど、でも聞いてほしい」
真っ直ぐにベルンを見つめると、ベルンは頷く。
「マリエの言うことは信じられる。どのような話でも最後まで聞くぞ」
「……ありがとう。実はね」
一度目の人生でのこと、心愛と同じ日本人であったこと、今は二度目の人生を送っていることなどをベルンに語る。
語り終えた後、ベルンは腕を組んで何やら考え事しているようだった。
「……やっぱり信じられないわよね。こんな突拍子もない話……」
「……なるほど。それで魔法少女セトウチか」
後悔しかけた時にベルンがぼそりとそんなことを呟く。
「いや。マリエが以前魔法少女セトウチと名乗っていただろう? どこからその名前が出てきたのか気になっていたのだ」
「気になっていたのはそこ!?」
くくくとベルンは含み笑いをする。
「冗談だ。言っただろう? マリエのことを信じると……。それで戦争を嫌っていたのだな」
「……歴史を変えてしまうほど嫌だったの。だって戦争が起こればお母様は命を落としていた」
一度目の人生では私が六歳の時にお母様は命を落とした。
カルクシュタイン王国とクリュタリオン帝国で起こった戦争、第三次クレイナ戦役で。
お母様はクリュタリオン帝国の皇太子を庇って亡くなった。つまりベルンを救ったのだ。
「マリエの母上には感謝せねばなるまい。一度目のマリエの人生で俺を救ってくれたのだからな」
「うん。お母様はきっとベルンが皇太子だと知らずに救ったと思うわ。目の前で魔獣に襲われている子供がいれば誰であろうと救う。そういう人なの」
ベルンは同意するように頷くと、私に微笑みかける。
「それでこの世界が『君がばらばら』とかいうゲームの世界だと言うのだな?」
微妙に違っているが、もうゲーム名はどうでもいい。
「そうなの。前世で後輩が好きだった乙女ゲームの世界観と似ているのよ」
えりかことエルシーも転生者だということは話さなかった。
この世界で生きると決めているえりかは、立派なクリュタリオン帝国の貴族令嬢だからだ。
「いずれにしろ、俺たちはこの世界の住人で実際に生きている。誰かに操られるでもなく、自分自身で考え行動しているのだ。それでいいと俺は思うぞ」
頭を金づちで殴られたような衝撃を受けた。
私は何をこだわっていたのだろう。
「……そうよね。この世界が何であれ、私たちは実際に生きている」
私は自覚する。この世界は『きみばら』に類似しているだけに過ぎない別の世界なのだと……。
「ベルンって現実主義者よね」
「当たり前だ。そうでなければ、俺はマリエに求婚などしないのだろう?」
確かにそうだ。『きみばら2』ではマリエル・ローゼンストーンという悪役令嬢は存在しない。
隠しルートに突入したヒロインがベルンと結ばれるのだ。
それを考えるととても嫌な気持ちになる。
これって……。
「私、ベルンが好きみたい?」
そうか。私はベルンが好きなのだ。恋愛の相手として好きなのだ。
「なぜ疑問形なのだ? だが、例え疑問形でもマリエに好きだと言われると嬉しいものだ」
「ごめんなさい。恋愛の好きかどうか分からなくて……」
「いや、いい。そのうち愛していると言わせてみせる」
恋愛経験がほぼ皆無と言っても過言ではない私は、ベルンのこの言葉にドキリと心臓が跳ねる。
「お前らまだ子供のくせに色気づきやがって……」
はっと振り返れば、ラシードが壁にもたれて呆れた顔をしていた。
「きゅい! きゅきゅい!」
ルリアが邪魔をするなとラシードの頭をかじっている。
「ラシード様、いつからそこにいたのですか?」
「魔法少女セトウチがどうのこうのというくだりからだ」
ベルンへの告白をしっかり聞かれていた。
「無粋なやつだな」
ベルンが不機嫌そうだ。
「いい話から急に恋愛話になったから、声をかけづらかったんだ」
とか言いつつ、にやにやとしている。この出歯亀ドラゴンめ!
「でも、マリエルも決心がついたのではないですか?」
レイリさんがラシードの後ろからひょっこりと顔を出す。
最早、どうやって出てきたのかとかいつからいたのかとか、この夫婦に聞くのは無駄な気がしてきた。
「……そうですね。つい先ほどまで悩んでいたのが嘘みたいです。もっと早くベルンに話せばよかった」
この世界が実はゲームの世界ではないかと疑っていた。
だとすれば、『きみばら1』の悪役令嬢である自分の立ち位置はどうしたらいいのか悩んでいたのだ。
だが、ベルンの言葉で全て吹っ切れた。
「これから悩んでいることがあれば俺に話してくれ。必ずマリエの力になると約束しよう」
「ありがとう、ベルン。貴方に会えてよかった」
「俺もだ」
ベルンと微笑み合う。
「ほお。じゃあ二人とも俺に感謝しろよ。お前らを引き合わせたのは俺だからな」
ラシードが偉そうに腰に手を当ててふんぞり返っている。
確かにラシードがある日突然ベルンを連れてきてくれなければ、私たちは会うことがなかったかもしれない。
「分かった分かった。ありがとうな、ラシード」
「その辺りは感謝しています。ラシード様」
「じゃあ、なんで露骨に嫌そうな顔をしているんだ。お前ら」
あまり感謝がこもっていないのが分かったのか、ラシードが不機嫌そうになる。
「それでは『渡り人』の少女にはご退場願うということでよろしいですね。わたくしたちとしましても現実との区別がついていない人間がこの世界にいては迷惑ですから」
心愛はこの世界を『きみばら2』のゲーム世界だと思っている。しかも自分はヒロインで聖女だと本気で思っているのだ。
彼女は現実を見た方がいい。だから元の世界に帰ってもらうのだ。
「娘! 今日も母が参ったぞ。元気か?」
今度はユエさんが現れた。もう、何も言うまい。
「ふにゃあん!」
ルナが「帰れ!」と言っている。
「元気なようだな。それは何より!」
娘の言葉を今いち理解していないようだ。
「ユエも来たことですし、お茶とお菓子を用意してくださいな。マリエル」
今日もまたお茶会をこの部屋で開く気満々のようだ。
私はそっとため息を吐き、ソフィアを呼んだ。




