57.ヒロインが入学してきた
アーデン校に『聖ナールニカの泉』から現れた少女が入学してくるというので、その日は朝から大騒ぎだった。
春崎心愛は今年十五歳だという。
だから、てっきり最高学年に編入するかと思ったのだが、何と一学年かららしい。しかも魔法科だ。
本人の希望らしいが、大方狙いはリーンだろう。
他にも攻略者はいるのだが、わざわざ一学年に編入するということは、リーンを攻略するつもりなのが見え見えだ。
「リーンハルト様ぁ。お昼をご一緒しませんか? あたしお弁当を作ってきたんですよ。たっぷり萌えじゃなかった、愛情をこめてみました」
おい。今萌えとか言わなかったか?
まさかあの有名なメイドの聖地でバイトしてたんじゃないだろうな?
初日からリーンは心愛につきまとわれている。
「いや。僕はマリーやヒルダと学食で食べる約束をしている。他の人と一緒に食べてくれ」
「じゃあ、あたしもご一緒していいですかぁ?」
ヒルダが困惑している。何やら悲しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
私も関わり合いたくはなかったが、同じクラスではどうしようもない。
「貴女、いい加減になさいませ! リーンハルト殿下が困っていらっしゃるでしょう」
と言ったのはヒルダでなければ私でもない。同じクラスで仲良くなった令嬢の一人だ。
「リーンハルト様ぁ! ヒルダさんとマリエルさんの取り巻きが虐めるんですぅ! きっと二人に指図されたに違いないんです!」
根も葉もないことをいうヤツだ。
ヒルダの拳がぷるぷると震えている。
「ここぴぃ様。わたくしのことは何と言われても構いませんが、友人のことを取り巻きなどという言葉で呼ばないでくださいませ」
我慢していたようだが、ヒルダの堪忍袋の緒が切れたようだ。
魔法科は女子生徒が少ないため、心愛以外の生徒は皆仲が良い。
「ヒルダさん、ひどいですぅ。そんなきつい言い方をしなくてもいいじゃないですか!?」
こいつ、全く話が通じていない。
このままでは皆が思っていなくても、ヒルダが悪役令嬢にされてしまう。
そうはさせない!
「ここぴぃ様、貴女の仰ることは支離滅裂よ。皆様が迷惑していらっしゃるわ」
これでも元悪役令嬢だ。嫌味な口調であれば任せておけ!
「貴方にはここぴぃと呼ばれたくないです! それにあたしはヒルダさんと話しているんです! 口をはさまないでください」
私はわざとため息をついて、ギロリと心愛を睨む。
「無礼者。誰に向かって口を聞いている? 私はカルクシュタイン王国の大公女だ。其方に指図されるいわれはない」
心愛はびくりと肩を震わせる。演技ではないだろう。
だが、ぷるぷると震えながらも私をぎっと睨む。
「……悪役令嬢のくせに。あたしは『聖女』なのよ」
前半の「悪役令嬢~」の辺りは小声でぼそっと呟いていたので、周りには聞こえていない。
私は腕を組んでふんと鼻を鳴らす。
「豪語するのは結構だけれど、まだ『聖女』の認定を受けていないのでしょう? ではまだ『聖女』ではないわね」
図星なのか心愛はぐっと言葉に詰まる。
「大公女殿下、それまでに。ココアが困っています」
声をかけてきたのは、クルト・ヘーデルマン。神殿長の息子で攻略キャラの一人だ。
ミルクティー色の茶色の髪に新緑の瞳をしたクルトは端整な顔立ちをしており、おまけに長身なので、女子生徒の人気が高い。
「クルトぉ! マリエル様があたしを『聖女』じゃないって言うのよ!」
心愛はクルトの腕に抱き着いていく。
「何てはしたない方かしら」
「あれでは『聖女』とは言えないわよね」
回りの女子生徒が心愛の悪口を言い始めたので、私は手で制する。
「ヘーデルマン様。私は間違ったことを言ってはいませんよ。心愛嬢はご自分のことを『聖女』だと言いましたが、認定を受けていない者を、『聖女』とは言いません」
「そうですね。現在皇太子殿下の婚約者である貴女が皇太子妃ではないように。しかし、彼女が『聖魔法』の属性を持っていることは確かです。近々、『聖女』の認定を受けることでしょう。」
『聖女』という称号は別格だ。
立ち位置が王族と同じ地位なので、王族の血を継ぐとはいえ、大公女の私は『聖女』より地位が低いということになる。
西の大陸では大抵『聖女』の扱いは同じなので、クリュタリオン帝国でも皇族と同じ地位ということになるはずだ。
心愛が『聖女』の認定を受ければ、例え皇太子の婚約者とはいえ、私は彼女より地位が低くなる。
今のうちに『聖女』である心愛を敬えとクルトは言っているのだろう。
「えっ! ベルンハルト様の婚約者ですって!?」
私がベルンの婚約者であるということに驚いたようだ。心愛はぎっと私を睨み、指差す。
「この人はベルンハルト様の婚約者に相応しくないです! 婚約破棄をした方がいいわ!」
人を指差すなってお母さんに教わらなかったのか? 全く失礼な小娘だ。
こっちこそ『お前は聖女に相応しくない』って言いたいわ!
「黙れ。いずれ『聖女』になる者か何かは知らないが、それ以上兄上とマリーを侮辱すると許さない」
いつの間にかリーンが私を背に庇ってくれている。その背にはいつになく王者の威厳を感じた。
「婚約破棄するか否かはお前が決めることではない。クルト。その令嬢を『聖女』にすると言うのであれば、教育はしっかりしておけ」
「リーンハルト殿下。……かしこまりました。行こう。ココア」
「えっ! ちょっ! 待ってよ、クルト」
リーンに気圧されたクルトはココアの背を強引に押して、教室を出て行った。
「リーン、ありがとう。変わり者でもやっぱり皇子殿下なのね。格好よかったわよ」
お礼を言うと、リーンは照れくさそうにポリポリと頭を掻く。
「……変わり者は余計だよ。お礼を言うのはこっちの方だ。ヒルダを庇って悪役を買って出てくれただろう? ありがとう、マリー」
あらら? リーンは見抜いていたのね。鋭いところはベルンとそっくりだ。
「本当にマリエルこそ格好良かったですわ。わたくしを庇ってくれてありがとうございます」
ぎゅっとヒルダに手を握られる。
「このご恩は一生忘れません。わたくし、マリエルのためでしたら、何でもいたしますわ」
そんなに恩を感じるような大したことをしたわけではないのだが……。
表裏のある貴族の令嬢が多いというのに、ヒルダは珍しく純粋だ。
うん。こういう友達いいな。
「大袈裟よ。ずっと私と友人でいてくれればそれでいいわ」
「まあ! 当たり前ですわ!」
私たちはあらためて固く友情を誓い合ったのである。




