55.ヒロインの処遇
『聖ナールニカの泉』から現れた少女春崎心愛はひと騒動の後、皇宮からやってきた使者に連れて行かれたらしい。
私は皇宮に帰るとすぐにえりかを呼び出し、今日の出来事を話すことにした。
「えっ!? もうヒロインが現れたってことですか?」
えりかはものすごく驚いた様子だった。
「ヒロインかどうかは分からないけれど……」
「突然光に包まれて『聖ナールニカの泉』から現れたんですよね? じゃあ、間違いなくヒロインですよ」
えりかは春崎心愛がヒロインだと断言する。
「でも時期が早くない?」
昨日えりかから聞いた『きみばら2』のストーリーでは、今から四年後にヒロインが異世界からやってくるはずなのだ。
「う~ん。確かにそうなんですけど。『きみばら1』も先輩がベルンハルト様の婚約者になって、ヒロインであるエリアーナ・ラトレイアーは早々に退場しちゃったじゃないですか? ストーリーが大幅に違っているんですよね」
えりかは腕を組んで首を傾げている。困惑しているようだ。
「この世界はゲームとは別の世界なんじゃないかしら?」
「その可能性もあります。転生もののテンプレではゲームの強制力が働くのがセオリーなんですけど、先輩の話を聞く限りそんなことはないようですし……」
ゲームのストーリーと違う出来事が起きようとすると、ゲームの強制力というものが働き無理やり元のストーリーに戻そうとするらしいのだ。
ちなみに心愛が日本語で話しているのにも関わらず、こちらの人間と会話ができたのもゲームでいう特典というやつらしい。
だが、私の場合はそんなことはなかった。
「でも実際『きみばら2』のヒロインが現れているし……」
今度は二人で頭を抱えてしまう。
考えれば考えるほど分からない。
扉がノックされる音が聞こえたので「どうぞ」と声をかける。
「失礼いたします。大公女殿下、ご歓談中のところを申し訳ございませんが、至急皇太子殿下の執務室へお越し願えないでしょうか?」
ベルンの従者であるアロイスだった。
「え? ベルンの執務室ですか? 何か緊急の用件があるのでしょうか?」
私的な用事がある時は大抵ベルンから私のところにやってくるのだが、わざわざアロイスを寄越したということは、公的な用件なのかもしれない。
「本日起こった出来事についてお伺いしたいことがあるそうです」
私ははっとする。思わずえりかと顔を見合わせると、互いに頷く。
春崎心愛のことだとすぐに検討がついた。
「分かりました。すぐに参ります」
アロイスは頷くと、今度はえりかの方を向く。
「エルシノア嬢にもご足労願いたいのですが……」
「私もですか? よろしいのでしょうか?」
突然のことでえりかは少し動揺しているようだ。
「ええ。エルシノア嬢はいずれ大公女殿下の補佐官になられる方ですからね」
「……承知いたしました」
◇◇◇
ベルンの執務室に入ると、正面の執務机に座っているベルンが顔を上げた。
「来たか。突然呼び出してすまないな。まずは座ってくれ」
ベルンがソファに座るように勧めてくれる。
「皇太子殿下にご挨拶申し上げます」
えりかことエルシーは型通りの挨拶をベルンにする。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。さあ、エルシノア嬢も座ってくれ」
私とエルシーは並んでベルンの対面に座る。
「エルシノア嬢と仲良くなったようで何よりだ」
「彼女とはとても話が合うの」
前世から仲が良かったからとは言えない。
「そうか。では、皇太子妃補佐官はエルシノア嬢で決まりだな。エルシノア嬢、皇太子妃補佐官に就任するまでまだ間があるが、マリエと仲良くしてやってくれ」
ベルンが軽くエルシーに会釈をする。
「承知いたしました。精一杯勤めさせていただきます」
「よろしく頼む」
こうしていると、こちらの世界に転生しただけあって、えりかも貴族令嬢に見えるから不思議だ。私の前では素のままなのだが……。
「マリエ、ここに呼んだのは他でもない今日のことなのだが……」
「『聖ナールニカの泉』からやってきた少女のことね」
落ち着くため、ふうと息を吐き出す。
「さすがだな。見当がついていたか?」
「今日の出来事で変わったこと、いいえ、かなり変わったことといえば、そのくらいだもの」
心愛は皇宮に連れていかれたと聞いたが、彼女は今どうしているのだろう?
「先ほどリーンにも話を聞いたのだが、彼女が泉から現れた際、一面光に包まれたらしいな」
「ええ。目が開けられないほど眩しかったわ」
「その話を聞きつけた神殿が彼女を鑑定したいから連れてこいと嘆願してきたのだ」
神殿というのは、西の大陸全土で広く信心されているティア教のことだ。本拠地がクリュタリオン帝国にある。
ちなみにカルクシュタイン王国の国教もこのティア教だ。エリアーナ・ラトレイアーはティア教に認定された聖女だった。
神殿には魔力を持つ人間を鑑定する『鑑定板』なるものが存在する。
神殿が心愛を鑑定したがるということは、彼女に少なからず魔力があるということだ。
「結果はどうだったの?」
「少女……ここぴぃ嬢だったか? 彼女はどうも『渡り人』らしくてな。『聖魔法』の鑑定結果が出た」
『聖魔法』の持ち主ということは、心愛は『きみばら2』のヒロインで間違いない。
しかし、ベルンまでここぴぃ嬢とか言っている。心愛はもうここぴぃに改名するしかないな。
「もしかして『聖女』として認定されるの?」
エリアーナ・ラトレイアーもそうだったが、聖属性の魔力を持つ者は『聖女』の称号が贈られるのだ。もっともエリアーナは他人から模倣した魔力を使っていただけだが……。
「近々そうなるだろうな」
二度目の人生でも聖女に関わることになるとは思わなかった。
「それで彼女の処遇はどうなるの?」
ゲームではアッシェンバッハ侯爵家へ養子として迎えられることになるらしいが、その家はもうない。
「当分は神殿が身を預かることになる。それでだ。ここぴぃ嬢もアーデン校へ入学することになる。そこでリーンとマリエに当面彼女の面倒を見てほしいと神殿側が言ってきている」
「断ってくれ!」と喉まで出かかりそうになったが、必死で飲み込む。
「……リーンは何て言っているの?」
「それがな……。頭が弱そうな女だったから嫌だと言っている……」
はあとベルンは頭を抱える。
それはいかにもリーンらしい。
「皇太子殿下、発言してもよろしいでしょうか?」
隣で静観していたエルシーが挙手をする。
「構わない。何か意見があれば遠慮なく言ってくれ」
「私はマリエル様を『渡り人』の少女に近づけることは反対です」
おお! 心の友がここにもいた!
「ほう。それはなぜだ?」
「先ほどマリエル様から少しお話を伺ったのですが、少女はマリエル様とヒルデガルド様を悪役令嬢呼ばわりしたそうです。そのような方を我が主に近づけるわけにはまいりません」
ぴくりとベルンの眉が跳ね上がる。
「何? ここぴぃ嬢はマリエとヒルダを悪役令嬢だと抜かしたのか?」
「私はその場を見てはおりませんが、目撃した者に聞けば確かかと……」
「アロイス。証言をとってこい」
ベルンがアロイスに命令すると、アロイスは「はっ!」と頷き、風のように去っていった。
「そういえばリーンもそのようなことを言っていたな。ここぴぃ嬢をヒルダに近づけさせたくないと……」
リーンは心愛をヒルダに近づけさせたくないのか。
あれ? もしかして二人は相思相愛なのかな?
ヒルダはリーンのことを想っているようだし……。
「よし! 神殿には俺から断っておこう」
「いいの? 皇族への心証が悪くなったりしない?」
「大丈夫だ。俺の大切なマリエを悪くいうようなヤツを近づけさせたくないからな」
歯の浮くようなベルンのセリフはいつ聞いても恥ずかしくなる。
エルシーの前だから余計にだ。




