51.学生生活の始まり
アーデン校入学式当日――。
私はリーンとともに皇族専用の馬車に乗って、アーデン校へ登校した。
リーンのエスコートで馬車から下りると、広大な敷地に建つアーデン校に圧倒される。
シンメトリーに配置された煉瓦造りの建物はコの字を描いており、まるで宮殿のようだ。
「すごく広いのね。宮殿のようだわ。迷ってしまいそう」
「宮殿というのは当たっているかな。ここは旧王朝の城だったところなんだよ」
「そうなの? 旧王朝というとエーベル朝ね」
旧王朝であるエーベル朝最後の国王は国を傾けた張本人だ。
贅沢を好み、国民を虐げ、圧政を敷いた。
国を救うべく立ち上がったのが、他でもない王太子だ。
王太子は一時期行方不明になり廃太子となったが、数年後、反王政派の貴族と聖女の力を借りて革命を起こす。
革命は成功し、王太子は新たに国を造ることにした。それが現在のクリュタリオン帝国だ。
王太子は初代皇帝となり、聖女を皇后として迎えた。
「よく勉強しているね。さすが皇太子妃というべきかな?」
「……まだ皇太子妃じゃないわ」
入学式が行われるという講堂を目指していると、木のそばにポツンとある泉が目に入る。
「あんなところに泉があるのね」
アーデン校は町中に座しているので、そんなところに地下水があるのは珍しい。かつては水源があった場所なのだろうか?
「ああ、聖なる何とかが出てくる泉だったかな?」
聖なる何とかが出てくる泉? 何とかって何だ?
「何が出てくるの? 聖人や聖女? はっ! まさか聖なるもふもふが出てきたりする?」
「さあ。でも聖なるもふもふが出てきたら、マリーにあげるよ。もふもふが好きなんでしょう?」
「大好き!」
聖なるもふもふはどんな姿をしているのだろう? 犬型? それとも猫型?
もふもふの姿を想像していると、後ろからクスクスと笑う声が聞こえる。
振り向くと、清楚な美少女が立っていた。
美少女ははっとすると、口に手を当てる。
「あっ! 申し訳ございません。お二人の会話があまりに微笑ましくて、つい……」
しゅんと項垂れる美少女の濃い金髪が風になびく。
「ヒルダじゃないか。おはよう。君も講堂に行く途中?」
リーンが微笑むと、ヒルダと呼ばれた少女は頬を赤く染める。
可愛い!
ヒルダということはオーベルシュタット公爵令嬢のヒルデガルド嬢だ。
婚約式の時は髪を緩く巻いて、うっすらと化粧をしていたから気づかなかったが、清楚系の美少女だ。
「リーンハルト皇子殿下、ローゼンストーン大公女殿下にご挨拶申し上げます」
ヒルデガルド嬢は深々とカーテシーをする。
「ヒルダ、いつもどおりリーンでいいよ。ここは学校だから仰々しい挨拶は抜きだ」
「そうですわ、ヒルデガルド様。どうぞ私のこともマリエルとお呼びください」
リーンが焦ってヒルデガルド嬢に頭を上げるように促すので、私も同意する。
「それではリーン、マリエル様。あらためましてごきげんよう」
スカートを摘まみ軽く腰を落とすヒルデガルド嬢に答えるように私も挨拶を返す。
「ごきげんよう、ヒルデガルド様」
「わたくしのことはヒルダとお呼びください、マリエル様」
愛称で呼んでいいらしい。よしよし。お友達への第一歩だ。
「それではヒルダ。私はこちらでは友人がいません。よろしければ、お友達になっていただけると嬉しいわ」
「まあ、光栄です! わたくしでよければ喜んで」
貴族というのは本音を隠すものだが、ヒルダは心底喜んでいるように思える。
よし! 最初の友達ゲットだぜ!
一度目の人生で私は本音を出しまくっていたので、さんざん痛い目に遭ってきた。
今度は本音と建前の使い分けをしようと思うが、心を許せる人には本音で語り合いたいと思っている。
「早速、友達ができて良かったね。マリー」
「ええ。嬉しいわ」
一人でも友達がいれば、明るい学生生活ができる。
「ところで泉のことですけれど……」
ヒルダが何やら言おうか言うまいかと悩んでいるように見える。
「泉ですか?」
「……その……夢を壊すようで申し訳ないのですが……そこの泉は『聖ナールニカの泉』と申しまして、聖女であった初代皇后が奇跡を起こしたという伝説が残る泉でございます」
聖なるもふもふが出てこない……だと……?
ヒルダの話によると、クリュタリオン帝国建国当初は町の衛生状態が良くなく、疫病が流行っていたらしい。初代皇帝は環境整備に力を入れたが、人手が足りないため、なかなか皇都全体にまで手が回らなかったそうだ。
そこで現在アーデン校が建つ旧王城の一部を病院として開放し、疫病にかかった国民を収容した。
ところが王城の水は汚染されていて、浄化にはかなりの時間がかかるらしい。
なぜ汚染されたかというと、革命の際に追い詰められた王族の一人が水源に毒を流し込んだからだ。王城が陥落する前にやったらしいが、最後の抵抗だったのかもしれない。
水は必需品だ。
少しずつ浄化した水を使っていたが、疫病にかかった国民は多い。足りるわけがない。
そこで初代皇后は水源ごと聖女の力を使って浄化したのだ。
浄化の力は皇都の水すべてに及び、その後国民の生活を潤したという。
その水源というのが、『聖ナールニカの泉』というわけだ。
「初代皇后はいろいろな政策に貢献した方らしいけれど、本当にすごい方ね。もふもふは出てこないけれど……」
「はい。泉の話は伝説ですが。我が国の皇后に共同統治権があるのは、初代皇后の偉業によるものです」
結局、リーンの言葉違いというやつだ。いつものことだけれど……。
「残念だったね、マリー。もふもふは出てこないらしいよ」
じろりとリーンを睨む。
「……ええ。本当に。聖なるもふもふに会いたかったわ」
リーン! 貴様、それでもこの国の第二皇子か!?
自国の伝説くらい覚えておけ!
ああ。でも、男の子はスピリチュアルなことにはあまり興味がないのか?
がっくりと肩を落とす。
「あの……マリエル様。最近、皇都に猫カフェができたらしいのです。今度、一緒に行ってみませんか?」
もふもふが出てこないことに私があまりにもショックを受けたととったのか?
ヒルダが嬉しいお誘いをしてくれた。
「ヒルダももふもふが好きなのですか?」
「もちろんです。我が家は皆もふもふが好きなので、犬と猫を二匹ずつ飼っていますのよ」
私はヒルダの手をがっしりと握る。
「今度、ヒルダの家へ遊びに行ってもいいですか?」
すると、ヒルダは手を握り返してくれて、嬉しそうに微笑む。
「もちろんですわ」
おお! 心の友よ!




