48.伝説の瑞獣がやってきた
あれからベルンが追求してくることはなかったが、実は別に気になることがあった私は皇太子宮に与えられた一室に閉じこもって考えをまとめていた。
別に気になることというのは、昼間見た夢のことだ。
悩んで結論から導き出した答えは、この世界は『君と薔薇の園で永遠に』略して『きみばら』の世界。
つまり乙女ゲームの世界だ。
私はヒロインの邪魔をする悪役令嬢マリエル・ローゼンストーンそのものだった。
「どうして思い出せなかったのかしら? もっとえりかの話をしっかり聞いておけば良かったわ」
えりかが熱く語ってくれた『きみばら』のストーリーを私はほとんど右から左へ聞き流していた。結局、『君と薔薇の園で永遠に』略して『きみばら』……。もうタイトル長いから『きみばら』でいいかはプレイしなかったし……。
頭を抱えていると、ルリアが心配そうに私の顔を覗きこんできた。
「きゅい~」
「大丈夫よ。ルリア。具合が悪いわけではないの」
ルリアの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑る。
「ふふふ。可愛いわね。ルリア」
ルリアを愛でていると、シルヴァーとルナが私のそばにやってきた。
「くう~ん」
「みゅう」
目をうるうるさせている。自分たちも愛でてくれと訴えているのだ。
「シルヴァー、ルナもおいで」
手招きするとシルヴァーとルナは嬉しそうに私の方へ駆け寄ってくるが、昔のように飛びついてはこない。二匹とも成長したからだ。
大きさはだいたい柴犬くらいだが、勢いよく飛びついてこられたら、私が倒れてしまう。
ちなみにルリアも私を乗せられるくらい成長したのだが、体のサイズを自由に変化させることができるらしく、普段は昔のとおり小さなままだ。
シルヴァーとルナの頭を撫でると、二匹は気持ちよさそうに目を細めてなすがままだ。
手触りのいい毛並みを触っていると心が癒される。
「一度目の人生が『きみばら』の正規ルートってことかしら?」
「きゅ?」
ルリアが首を傾げるので私は苦笑して首を振る。
「分からないわよね。ごめんね、ルリア。独り言なの」
お伽話のようにヒロインは王子様と結ばれてめでたしめでたしというストーリーなのは間違いない。
『きみばら』のヒロインはエリアーナで王子様はエドアルトである。そして、悪役は私マリエル・ローゼンストーンというわけだ。
そもそも婚約者がいるのに他の女の子に心を奪われるってどうなの?
しかも、一方的に婚約破棄したうえに追放とかあり得ないでしょう!
エドアルトのばかやろう! ってエドにあたっても仕方ないか。
でも、こういうのって『婚約不履行』って言うのよね。慰謝料を請求できる案件だわ。
カルクシュタイン王国にはそんな法律はないけれど……。
脱線してしまった。話を元に戻そう。
だが、どういうわけか一度瀬戸内鞠絵として生まれ変わってから不幸に遭い、またこの世界に転生して、二度目の人生をやり直している。
一度目の人生とは違い、ヒロインはすでに物語からご退場いただいている。
王子様もエドアルトではなく、ベルンだ。
「そう考えると、一度目は乙女ゲームの世界で今は全く別の世界ということになるのかしら? う~ん。分からない」
そして、私はまた頭を抱える。
その時、雷鳴が轟いたかと思うと、バルコニーに続く窓の外が白色に覆われる。
「えっ! 何!?」
「ぐるるるるる……」
ルナが突然唸り出す。
「どうしたの? ルナ」
ルナを落ち着かせようと抱き寄せるが、唸るのは止めない。
窓を見やると、外は相変わらず白いまま……ん? 黒いものが混じっている?
黒いものの正体を確かめようとじっと見ていると、今度は金色の大きな目がぬっと現れた。
「きゃっ!」
思わず悲鳴が漏れる。
「我が娘を返してもらおう!」
少しハスキーな女性の声が響く。声は金色の目の方から聞こえた。
待て待て! こういう展開をどこかで見たことがあるぞ。
後方で扉を激しく叩く音が聞こえる。
「マリエ! 大丈夫か!? 入るぞ!」
勢いよく扉が開くと、ベルンが室内に飛び込んできて私を背に庇う。
「ベルン!」
ベルンは窓の外の金色の目をまっすぐ見ているようだ。
「これは生き物なのか? ラシードと似たような魔力を感じる」
「ラシードと似たような魔力? ということはドラゴンなのかしら?」
「いや……ドラゴンではないようだ」
金色の目が一瞬細められた後、窓の外の生き物の姿が徐々に変わっていく。
やがてそれは女性の姿へと変化し、同時に窓が大きな音を立てて開いた。
すらりとした長身の女性は優雅な足取りで室内へと踏み入る。
頭頂部でまとめた長い髪が歩みに合わせて揺れている。白い髪の中には黒い髪がまだらに混じっていた。
涼やかな目元の美しい女性にチャイナドレスに似た異国風の服はよく似合っている。
「お前は何者だ? どのような用件があって皇宮に入り込んだ?」
最近声変りしたベルンの声はよく通る。
「私は騶吾の女王で名をユエという。そこにいる我が娘を返してもらいにきた」
やり取りまでどこで聞いたような展開だ。
「騶吾? 待って! ということはルナのお母様?」
ルナは見た目は猫だが、実は騶吾という瑞獣なのだ。言われてみれば、ルナと同じ毛色で瞳の色も同じである。
「ルナの母親だと? 今の今まで子供を放っておいて返せとはどういう了見だ?」
「ルナ……だと? それは娘の名前か? 我が娘に勝手に名前を付けおって! そちらこそどういう了見だ!?」
ルナの母親だと名乗るユエの目が吊り上がる。どうも怒っているようだ。
自分の娘に勝手に名前を付けられたら、それは怒るよね。
「先に問いかけたのは俺だ。答えろ」
有無を言わせない口調だ。さすがは俺様系男子の皇太子。
「人間の分際で生意気な。だが、うっかり娘をこの辺りに落としてしまったのは私の失態だ。よかろう。答えてやる」
子供を落とした経緯まで聞いたことがある。どこかの間抜けなエンシェントエレメンタルドラゴンの親のようだ。
「生まれたばかりの娘を乗せて散歩に出たまではよかったが、この近辺で娘が落ちてしまったのだ。この皇宮はどういうわけか、おかしな魔力に包まれていて娘の気配を探ることができなかった」
そういえば、クリュタリオン皇宮には聖女だった初代皇后の結界があるとベルンが言っていた。おかしな気配とはその結界のことだろう。
「でもベルンはルナを保護して、すぐに私の所に連れてきたのよね? うちには結界は張ってないわよ」
「うちだと? そちらの小娘はどこに住んでおるのだ?」
ユエの眉間がピクリと動く。
「カルクシュタイン王国ですが……」
「カルクシュタインだと!? どうりで娘の気配が掴めなかったわけだ」
「どういうことですか?」
「カルクシュタインは魔法の国であろう? 瑞獣といえども魔力が溢れたところでは、まだ幼い娘の気配を探るのは容易なことではない」
魔力が溢れたところというのは分からないが、カルクシュタイン王国は魔法を使える人間が多い。
「とにかく見つかって良かった。さあ、娘よ。母とともに郷へ帰るのだ」
「みゅう! みゃみゃみゃっ!」
ルナは首を振って私の下から離れようとしない。
「何!? 嫌だと申すのか! なぜだ?」
「みゃあ! みゃあみゃあっ! みゃっ! みゃあみゃっ!」
「その小娘と小僧の治世が続く限りここに留まると言うのか!? 騶吾の公主が人間のそばにいると? 何ということだ!」
ユエはややオーバーアクションで嘆いている。このセリフもどこかで聞いたことがあるぞ。
20時頃にもう1話更新します。




