47.皇后(将来の姑)との対面
以前、謁見した時にはお父様とお母様が一緒だったからそれほど感じなかったが、一国の皇后というのはやはり威厳があるものだ。何やら気圧される。
皇后陛下は私を訪れて皇太子宮にいらっしゃったらしい。
正面に座した皇后陛下に対してカーテシーをすると、挨拶する。
「皇后陛下にご挨拶申し上げます」
続けて決まり文句の口上を続けようとすると、皇后陛下に止められる。
「頭を上げなさい。貴女はわたくしの娘になるのですから、仰々しい挨拶は不要よ」
頭を上げると、黒髪の美女が艶やかに微笑んでいるのが目に入った。
ベルンと同じ澄んだグレーの瞳。少し吊り目がちだが、涼やかな目元は決してきつさを感じさせない。そしてベルンとよく似た面立ち。ベルンもリーンも母親似なんだな。
皇后陛下に促されて三人掛けのソファに腰を下ろす。
私の左隣にベルンが座り、右隣にはなぜかリーンが座る。
「マリエル、明後日はアーデン校の入学式ですね。他国から留学してきた貴女は知り合いも少なく不安なことでしょう?」
ベルンと婚約式をした日に主だった貴族の子息令嬢たちと顔合わせをしたが、親しく交流しているというわけではない。不安がないと言えば嘘になる。
「はい。ですがせっかく留学という機会をいただきましたので、友人をたくさん作りたいと思っておりま
す」
皇后陛下は微笑みながら頷く。
「入学前の学力テストで貴女の成績は素晴らしいものだと報告を受けました」
アーデン校は入学前に学力テストがあるのだが、成績があまりひどいと入学許可が下りない。
優秀な人材を育てる機関なので、ある程度の学力がなければ授業についていくことができないからだろう。
前世の日本でいうところの進学校というやつだ。
私は二度目の人生では真面目に勉強をしている。
アーデン校に入学すると決めた際には、両親に頼んで家庭教師をつけてもらい、必死に勉強をした。
おかげで学力テストでは確かな手ごたえを感じたのである。
「王家に連なる大公家の息女で優秀、我が国の皇太子妃に迎えるに相応しい。ですが……」
皇后陛下はそこで一旦言葉を切ると、すっと目を細める。
急に威圧感を感じた私は嫌な予感がした。
「そのように優秀な貴女がスローライフを送りたいとはどういうことですか?」
ひぇっ! やっぱりそうきたか!
遅かれ早かれ皇后陛下の耳に入れば問われると思っていた。
「母上! それは!?」
ベルンが口を挟むと、皇后陛下は手で制する。
「皇太子妃は未来の皇后です。我が国の皇后は他国と違い、共同統治権があります。つまり皇帝とともに国を統治せねばならぬのです」
そうなのだ。一度目の人生での妃教育で学んだのでそれは知っている。
クリュタリオン帝国の皇后は皇帝と同じ権利を行使することができるのだ。
その時は「珍しい国だな。私には無理」くらいに聞いていたのだが、まさかその国の皇太子と婚約することになるとは思わなかった。
「もふもふはいくら飼っても構いません。わたくしももふもふは大好きです」
皇后陛下ももふもふ好きなのか。話が合いそうだな。
じゃなくて!
「母上。それは前にも話したが、マリエには補佐官をつける。すでに目星もつけてある」
皇太子妃の執務を補佐する執務補佐官のことだろう。
ベルンはそこまで考えてくれていたのか。
「なるほど。優秀な人材を補佐につければ、マリエルは望むとおりスローライフを送れるというわけですね。しかし、それでは名ばかりの皇太子妃です。マリエルは側妃として迎え、皇太子妃は別に選ぶことも考えねばなりません」
ズキンと胸に痛みが走る。
「それならば、俺は皇太子の座をリーンに譲る」
「えっ!? いやだよ。僕は皇太子になんかなりたくない」
ベルンが皇太子の座を譲ると言えば、リーンは間髪入れずにいやだと言う。
こういう展開の場合、普通は転がり込んできた皇太子の座を喜ぶものではないのか?
「何を言っているのです? 簡単に皇太子の座を捨てるなど……」
「俺はマリエ以外の女性を妃にする気はない。生涯彼女一人を愛しぬくと決めている!」
顔が赤くなるのが分かる。ここまではっきり言われると照れるものだ。
「あの……よろしいでしょうか?」
皇后陛下とベルンがああでもないこうでもないと親子喧嘩をしているので、おずおずと手を挙げる。
今にも取っ組み合いに発展しそうだった皇后陛下とベルンは同時に私へ顔を向けた。
きれいな顔に揃って注目されると物怖じしてしまうが、ごまかすようにコホンと一つ咳払いをする。
「確かに私はスローライフを送りたいと思っておりますが、皇太子妃としての責務を放棄するつもりはありません」
一度目の人生を失敗した私は二度目の人生では穏やかに一生を過ごしたいと考えていた。そして、今度こそ真面目に生きようとも……。
スローライフを送りたいとは思う。
だが、私はクリュタリオン帝国の皇太子に嫁ぐのだ。
そうであれば、それなりの責務は果たさねばならない。
真っ直ぐに皇后陛下を見つめると、皇后陛下はしばらく私と目を合わせた後、破顔する。
「やはりわたくしの目に狂いはなかったようですね。よくぞ申しました、マリエル。本格的に皇太子妃教育が始まった暁にはわたくし自ら手ほどきをしましょう」
私の覚悟に納得したらしい皇后陛下はおもむろに立ち上がると、皇宮へと帰っていった。
皇后陛下が退室したのを見届けると、ベルンが口を開く。
「本当によいのか? マリエ。あれほどスローライフを送りたいと望んでいたではないか」
「スローライフを諦めたわけではないわ」
「しかし、母上に皇太子妃としての責務を果たすと言っていたではないか。皇太子妃の執務は激務だぞ。スローライフとは縁遠くなってしまう。ぐうたらできなくなるぞ」
普段はきりっとしたベルンの眉がやや下がっている。心配してくれているのだろう。ぐうたらは余計だが……。
「大丈夫よ。ちょっと考えていることがあるの。すぐに実現はできないだろうけれど……」
そう。クリュタリオン帝国のシステムを知った時から考えていることがあるのだ。
「考えていること? どんな考えだ?」
「う~ん。考えがまとまったらベルンにも話すわ」
実はクリュタリオン帝国は日本と似ているところがある。
まだ確信したわけではないので、ベルンには話せないが……。
それにまだベルンには日本人だったことや、マリエルとして二度目の人生を送っていることを話してはいない。
前世の記憶があることは、いずれベルンには話そうと思っている。
なぜかベルンは信じてくれるという確信があるからだ。
ベルンは何か言おうとしたが、口をつぐみ瞬きをする。
「……そうか。ではまとまったら、マリエの考えを話してくれ」
「ええ。もちろんよ」




