46.婚約から五年後
第二部です。
ここまではエンジェライト文庫様より書籍化されています。
「瀬戸内先輩、聞いてください! 『きみばら』の続編が発売されるんです!」
「きみ? ばら? ごめん。何それ?」
後輩である高橋えりかが興奮した様子で私に話しかけてきたが、何のことだか分からず首を傾げる。
「大人気の乙女ゲームですよ。ほら!」
えりかがスマホの画面を私に見せる。
画面にはふわふわの金茶色の髪の可愛い女の子と金髪のイケメンが見つ合っているイラストが描かれていた。
「……ああ。それか」
『君と薔薇の園で永遠に』略して『きみばら』。
えりかが最近ハマっている乙女ゲームのタイトルだ。
彼女が仕事中にこっそりとプレイしているのを何度か見たので、イラストには見覚えがあった。
仕事中に乙女ゲームをするのはどうかと思うが、やるべき仕事はしっかりとこなしているので、見ないふりをしていたのだが……。
「続編では隣国の皇子が出てくるんですけど、めちゃくちゃ私の好みなんですよ!」
聞いてもいないことを熱弁してくるえりかに苦笑する。
彼女が入社してきた時、私が教育係に指名されたのだが、その縁で何となく彼女と仲良くなった。
趣味は全く違うのだが、共通点があったのだ。
それはえりかももふもふが好きで、時々猫カフェに行くという。
その話を聞いてから、おひとりさまが好きな私はそれまで一人で猫カフェに行っていたのだが、たまにえりかを誘って一緒に猫カフェへ行くようになった。
「その乙女ゲームってそんなに面白いの?」
興味本位でゲームのことを尋ねてみた。
私は乙女ゲームをやったことがない。そもそもゲーム自体あまり好きではないのだ。
「面白いですよ。先輩もやってみますか? そして『きみばら』仲間になりましょう!」
「う、うん。そのうち暇ができたら、やってみようかな?」
力説するえりかに気圧された私はひらひらと手を振ってごまかす。
「じゃあ、『きみばら』仲間になる先輩に私が手取り足取りいろいろと教えてあげます!」
それからえりかは延々と『きみばら』のことを熱く語ってくれた。
ゲームのストーリーや攻略方法をそれはもう延々と聞かされ続けたのだ。
そういえば……ヒロインの名前って……。
「エリアーナじゃなかった!?」
◇◇◇
はっと目を覚ますと、ベルンがびっくりしたように目を見開いて、私の顔を覗いていた。
「え? ベルン?」
皇太子宮の庭でピクニックをしていたのだが、どうやらうたた寝してしまったようだ。
今まで見ていたのは夢だったのか。
それにしても懐かしい夢だったな。
「……随分とはっきりとした寝言だな、マリエ」
ベルンは必死で笑いをこらえているようだ。口元がひくひくしている。
「え……と……。昔の夢を見ていて……」
もう一度マリエル・ローゼンストーンとしての人生を送りはじめてから、瀬戸内鞠絵だった頃の夢なんか見たことがなかった。
なぜあんな夢を見たのだろう?
「エリアーナの名を叫んでいたな? 彼女がドラゴンになって暴れている夢か?」
「そんなところかな?」
あははと笑ってごまかす。
一度目の人生で私を陥れたエリアーナ・ラトレイアー。
二度目の人生でも私はエリアーナに出会った。
まだ、ラトレイアー子爵家に引き取られる前の彼女にだが……。
ひょんなことから再会したエリアーナは『模倣』という珍しい魔法を持っていた。
変身魔法を模倣したエリアーナはドラゴンに変身して大暴れしたことがあるのだ。
ベルンはその時のことを言っている。
「あれからもう五年も経つのか。月日が経つのは早いな」
そう。当時六歳だった私は十一歳になった。二歳年上のベルンは十三歳だ。
「……そうね」
ベルンと正式に婚約してから五年。
婚約式を終えた後でもベルンは毎日のように私に会いに来てくれた。
出会った当初は俺様系男子のベルンが苦手だったが、今は違う。
今までの人生を合わせて、私は恋愛というものをしたことがない。
婚約したからというわけではないのだが、これから人生を共に過ごす異性はベルンがいいと思う。
ベルンのことは好きだが、これが恋愛という感情なのかはまだ分からない。
「明後日からはアーデン校に通うことになる。今夜はいい夢が見られるようにハチミツ入りのミルクを届けさせよう」
アーデン校というのは、クリュタリオン帝国にある学校のことだ。
優秀な人材を育成することを目的とした学校で、身分に関係なく広く門戸が開かれている。
十歳から十五歳の五年間で必要な単位をとれば、通学の年数に関係なく、卒業資格を得ることができるのだ。
一度目の人生ではカルクシュタイン王国の王立学園に通っていたが、いい思い出がない。
私が絵に描いたような悪役令嬢だったせいか上辺だけの友人しかいなかったし、何より勉強嫌いだったので、ろくに学生らしい生活をしていなかったのだ。
二度目の人生では本当の意味での友人が欲しいし、真面目に勉強にも取り組んでみたい。
「学校に行ってみたいな」とベルンに本音をポロリとこぼしたところ、それならクリュタリオン帝国のアーデン校に留学生として通ってみないかと提案されたのだ。
カルクシュタイン王国の王立学園でも良かったのだが、いずれクリュタリオン帝国に住むことになる。早めにかの国の文化に触れてみるのもいいかと考えた私は、ベルンの提案にのることにした。
ベルンの転移魔法に頼らず、正規ルートでクリュタリオン帝国入りしたのが、つい一週間前だ。
「寝る前にハチミツ入りのミルクを飲んだら、虫歯になってしまうわ」
「『浄化』の魔法を使えばいいだろう?」
『浄化』は身をきれいにすることができる魔法で、服が汚れてしまったり、お風呂が入れない場合に使ったりする。
「それはそうだけれど……」
言い淀んだところで、カサッと草を踏む音がする。音がした方へ目を向けると、ベルンの弟であるリーンハルト殿下が姿を現す。
「兄上、義姉上。ここにいたの。母上が呼んでいるよ」
「母上が? リーン。わざわざお前が呼びに来たのか?」
「母上が兄上たちを探しているようだったから、僕が探してくるって言ったんだよ」
「そうか」
私は立ち上がると、リーンハルト殿下にカーテシーをする。
「リーンハルト殿下、ごきげんよう」
「リーンでいいよ。義姉上」
リーンハルト殿下はあどけない笑顔を向けてくる。
兄弟だけあってベルンとよく似た面立ちだが、リーンハルト殿下の方が少したれ目で優し気な感じだ。
「では私のことはマリエルと呼んでいただいて構いません。同じ年なのですから。それにベルンと私はまだ婚約段階ですわ」
「でもいずれ義姉上になるんでしょう?」
こてんと首を傾げるリーンハルト殿下が可愛い。仕草が小動物のようだ。
何だ。この可愛い生き物は。義弟か。いずれ義弟になるのか。同じ年だけど……。
「それはそうですが……」
「リーン。マリエが困っている」
ベルンは兄らしく諭すように弟を叱る。リーンハルト殿下は私の顔を見ると、また首を傾げた。
その仕草は反則だ。やめろ。いや、やめなくていい。可愛いから許す。
「困っているの? じゃあ兄上と結婚するまではマリエって呼ぶよ」
リーンハルト殿下が私をマリエと呼んだ瞬間、ベルンの眉が跳ねあがる。
「マリエは俺だけが呼んでいい愛称だ。別の呼び方にしろ。むしろフルネームで呼べ」
「兄上。焼き餅?」
何か字面がおかしいが、やきもちのことか?
リーンハルト殿下は可愛いけれど、ちょっと変わっているのだ。
う~んと腕を組んで難しい顔をしていたが、リーンハルト殿下は何か思いついたのか、ポンと手を叩く。
「じゃあマリーって呼ぶことにする。あと敬語は使わなくていいよ。兄上にも敬語は使ってないよね」
同じ年とはいえ、前世の記憶を持ったまま人生をやり直している私とは違って、実に子供らしくて微笑ましい。
「分かったわ、リーン」
「うん。じゃあ行こう。僕が案内してあげる」
リーンはにっこり笑うと、手を差し出す。エスコートしてくれるらしい。
だが、ベルンは不機嫌そうにリーンの手をパシッと叩くと、私に手を差し出す。
「俺も行く」
どうやらリーンの言うとおり、ベルンは焼き餅じゃなかった、やきもちを妬いてくれているようだ。何やら嬉しいような、くすぐったいような……。
「母上がお呼びとは、一体何の用なのだろう?」
それにしてもベルンとリーンのお母様といえば、クリュタリオン帝国の皇后陛下だ。皇后陛下が私に何の用なのだろうか?
もしかして、よくある嫁姑のアレだろうか?
『貴女はベルンハルトに相応しくなくてよ。分を弁えなさい。マリエルさん』とかね。
第二部完結までは毎日19時半頃に投稿します。




