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第4話② 勝利の花

 決勝当日は、とても良く晴れていた。ちょっとした娯楽に観客席は賑わっていて、控え室として用意されたテントまでざわめきが届く。


 控え室には準決勝に出場する4人と、激励に来たそれぞれの友人の姿がある。


「二人とも頑張ってね!ふふ、生徒会から二人も勝ち残るなんて、本当に誇らしいよ」


 自分はあっさり棄権したくせに、アルディスはご機嫌で僕とレオンハイトの背中をべしべしと叩いた。


「レオンハイトさま!リア、応援しています。きっと優勝なさってくださいね」


 リアがレオンハイトの手を取って熱っぽく告げる。レオンハイトの方も満更ではない様子で、「ああ、見ていてくれ」なんてカッコつけた声を返して、何やら二人だけの世界に浸っていた。


 彼女が僕をいないものとして扱うのはいつものことだが、一応"生徒会の仲間"として来ているのなら、少しは体裁を保った方が良いのではと思うが…。


「……アルディス殿下」


「ん?どうしたのロイス」


 レオンハイトとリアが二人で盛り上がっているので、今なら気兼ねなくアルディスと会話ができる。

 先日『アルディス殿下大好き同好会』なんて残念な称号を勝ち取ってから、もう色々な羞恥心がどうでも良くなってきている。


「もし僕が優勝することがあれば、それは殿下にとっても喜ばしいことですよね?」


「勿論だよ!ロイスはあまり表に出たがらないから、嬉しさもひとしおだな」


「では、その時は凄く褒めてください。凄くです。家臣としてそれが一番の誉れですから」


 後ろのウィルソンが謎の圧にドン引いているが無視する。


 アルディスの方は「任せといて!」とお気楽な返事で、改めて僕の背中をばしん!と叩いた。


「レオンハイトは手強いよ!観客席で見てるからね」


 開幕の合図が鳴り響き、歓声がこだまする。


 出場者以外は控え室から出され、静かになった部屋で空気が張り詰める。先に試合となるレオンハイトが僕の方を一瞥し、そして何も言わずに出て行った。


 部屋には僕と、僕の対戦相手だけが取り残されている。ニヤけた顔の彼に、世間話とでもいうように声をかけられた。


「決戦前にエリシア様は来ないの?仲が良いんでしょ?」


 心理戦でも仕掛けて来たのかと思ったが、その顔はどうやらただの野次馬心かららしい。


 レオンハイトなら激怒しそうな下品さだが、個人的にはこういう分かりやすい輩は大歓迎だ。


「皆んな噂話がお好きですね。『勝利の花』なんて、誰に渡すのもこっちの自由なのに」


 会場から一際大きな歓声が聞こえる。前の準決勝の決着がついたのだろう。次が僕の出番だ。


 対戦相手の彼の剣術は、まるで演舞のように美しかった。その剣捌き一振り一振りに盛大な歓声が上がるので、試合時間いっぱいその腕を披露してもらうことにした。


 次第に息が上がってきた様子だったので、最後は適当に足を払い、背中を地面に叩きつけておく。


『いよいよ最後となりました!これより決勝戦を執り行います!!』


 進行役の声が会場に高々と響く。


 当然のように勝ち上がったレオンハイトが、反対側の入場口からこちらを睨んでいる。


『リヒトシュタイン家長子、レオンハイト・リヒトシュタイン!!』


 レオンハイトが礼をとり舞台に上がると、客席から盛大に歓声が上がる。先の試合は見ていないが、さぞかし見事な立ち回りだったのだろう。


『エッケンベルク家次子、ロイス・エッケンベルク!』


 同じように礼をとると、それでもいくらかの歓声が上がった。レオンハイトの時とは違い、何やら嘲笑のような声も多少混ざっている。自分だって僕に対して似たような態度をとる癖に、レオンハイトにはそれがずいぶんと不愉快なようだった。


 しばらくすると歓声は収まり、会場が一瞬の静寂に包まれる。


『……構え…………始め!!!!』


 審判の合図と同時に、無音だった会場は再び歓声で満ちる。


 そう思った瞬間、太陽の光が遮られ、視界がフッと暗くなる。両腕を振り上げて切り掛かるレオンハイトの姿は、さながら熊のようだ。


 ガギャンッ!!


 地面を蹴り飛び退くと、さっきまで立っていた地面に白刃が叩きつけられ、石が砕けるような恐ろしげな音がする。客席からは女性の小さな悲鳴も聞こえる。


「死人が出ますよ…」


「心配するな、お前にだけだ」


 そう言ってレオンハイトは更に踏み込み、片手で軽々と両手剣を返し、振り上げる。大振りで出来た隙に打ち込んだこちらの一撃は、悠々と弾き返されてしまった。


 そこからしばらく、レオンハイトの攻撃を僕が避け、こちらの反撃を彼が受けて防ぐ形の攻防が続いた。時折「真面目にやれ!」と野次が飛ぶが、誰が好んで熊に真正面から挑むというのか。


「動きが単調になって来たな」


 想定よりワンテンポ遅い打ち込みに一瞬身体が強張った。レオンハイトはその隙を見逃さず、ここまでで一番重い斬撃を振り下ろす。


「っ……!」


 ギュリッッ!!


 金属同士の衝突音とは思えないような鈍い不協和音が響く。回避が間に合わずまともに剣で受けてしまった為、衝撃で手が痺れる。痛みと酷い痺れで剣を握る手に力が入らない。


「ちゃんと鍛えてないからそうなるんだ」


「脳筋の説教なんて聞きたくないですね…!」


 明らかに動きの精度が落ちた僕に、レオンハイトが畳み掛けるように剣を振るう。


 ゴリ押しレオンハイトの体力切れを待つつもりだったが、あまり長くは続けられそうにない。


 数撃はかわすことが出来たが、反撃を入れる余裕は無くなっている。


「もう終いだ」


 僕のもつれた足を見逃さず、レオンハイトが斬り込んでくる。もう避けられない距離だ。受けるしかない。ガシャンッ!と鋭い剣戟が耳をつんざく。


 瞬間、まるで泥濘み(ぬかるみ)に足を取られたときのように、レオンハイトの体勢が崩れる。


 受けた剣を押し返すことはせず、顔面ギリギリまで引き寄せて、身を捩り衝撃を後方に受け流した。結果、踏み込みすぎたレオンハイトは、己の勢いでそのまま前につんのめる形になる。


「くそっ…!」


 こちらも先ほどの衝撃で握力が死んでいる。

 力は入っていないが、それで構わない。


『止め!!』


 立て直す途中のレオンハイトの首筋に、ピタリと剣先を付けた。


 ここは戦場ではないから、切り落とす必要もないのだ。


「………軟弱者め…」


「否定はしませんよ」


『勝者、ロイス・エッケンベルク!!!』


 審判の宣言に、今日一番の歓声が上がる。


 敗者であるはずのレオンハイトに疲労の色は一切無く、逆に勝ったはずの僕は剣を落とさないようにするので精一杯という始末だ。


 歓声に応えるように礼をして舞台を下りる。


 すると、係の生徒から険しい顔で『勝利の花』を差し出される ―― せっかくの伝統であるのに、「贈る宛がないから」と準決勝の際に花を突き返したのを根に持たれているらしい。「今度はちゃんとやれよ」という無言の圧だ。

 そんなことを言われても、こっちは婚約者がいる訳でもないのにどうしろというのか。


「……どうも」


 観念して花を受け取る。観客の視線が、こちらに集中しているのがわかる。


 観覧席を見やると、最前列に座るアルディスの姿が見えた。彼にとってはどちらが優勝しても変わりはないだろうが、とにかく大喜びではしゃいで、隣のウィルソンを困らせている。


 そんなアルディスの右手には生徒会の面々が、左手にはエリシアが座っていた。……更に言えば、エリシアの隣でシェーンが物凄い形相で首を横に振っている。


 シェーンに申し訳ない気持ちが無い訳ではないが、これからどうするかは決めてある。


 僕が観客席に歩みを進めると、聞き耳を立てるように、ざわめきが治っていく。


「アルディス殿下」


 群衆は花の行方に興味津々なのに、アルディスは全くそうでないらしい。僕の呼びかけを何か不思議に思うでもなく、無邪気な笑顔を返してくる。


「ロイス!優勝おめでとう!!自分のことのように嬉しいよ」


「……殿下、僕はまだ力不足でしょうか?」


 不可解なやり取りに、再び周囲がざわつく。「修羅場か?」「何か賭けていたんじゃない…?」「やっぱりアイツがエリシア嬢の…」と、例の噂があちこちから聞こえてきた。


 はじめこそ僕の急な質問に惚けていたアルディスだったが、流石にそのおかしな空気には気づいたようだ。少し考えた後、ふっとエリシアの方を見やる。


「……そうか。そうだね…」


 そう呟いた後、アルディスは観覧席から勢いよく身を乗り出し、僕の肩を両手でガッと掴んだ。


「本当に誇らしいよロイス!さすが僕が見込んだ騎士だ。君になら安心してエリシアの護衛を任せられるよ!!」


 アルディスの屈託のない笑顔が、これほど頼もしいと感じたことはない。


「……恐悦至極に存じます」


 試合後の何倍も、心から礼を尽くし、深々と頭を下げる。ほっとして気が緩みそうだ。


 観客はちょっとしたパニック状態だ。


 浮気相手の登場で修羅場かと期待していたのに、何故か王子本人公認の、謎展開になっているのだ。「なんだ不貞じゃないのか」「アルディス殿下ノリノリじゃん」と好き勝手にこぼす声が聞こえる。


「と、いう訳で…レディ・エリシア」


 エリシアの方を向き直ると、彼女は安堵したような困ったような、何とも言えない笑顔を浮かべていた。

 そもそも優勝できる確証が無かったし、今回のことはエリシアには何の相談もせず、僕が勝手にやったことだ。


 エリシアは流石の美しい所作で席を立つと、すっとこちらに歩み寄ってくれた。


「恐れながら、学園での安全は私にお任せください。悪意ある者から貴女をお守りすると誓います」


 これで"不貞の噂"は下火になるだろうし、ざまあ準備も少しはやりやすくなる。


 芝居がかったセリフを吐いて、行き場のなくなっていた『勝利の花』を差し出す。


 そういうことならと、気づけばエリシアの表情も、いつかのイタズラめいたものになっていた。


「殿下のお心遣い痛み入ります。良き働きをされることを期待します、エッケンベルク卿」


 申し出を受けるように、エリシアが赤い花を受け取る。


 これで係の生徒も文句は無いはずだ。

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