第4話① 対立
「同じく騎士を志す者として、女性にデレデレと見苦しいと言っている」
「………は?」
反射的に行儀の悪い声が漏れてしまった。
レオンハイトは堅物で、そういった軽薄野郎を軽蔑しているのは理解できるし、それ自体は勝手にすれば良い。ただ…。
「君にだけは言われたくありませんね?」
苛立ちが顔に出ている自覚がある。煽りの笑顔と相まって、さぞ悪役めいた表情になっていることだろう。
「このところ、ご自慢の鉄仮面がゆるゆるじゃないですか?婚約者を持つ身で、リア嬢にデレデレと見苦しいのは君の方だ」
「リアは生徒会でアルディス殿下を支える同志だぞ?それに、淑女に奉仕するのは騎士として当然の務めだ」
「もう呼び捨てにする仲に?リア嬢ではなく、まず婚約者にその誠意を見せては?」
レオンハイトが苦虫を噛み潰したような顔のまま、大きくため息をつく。
「……救いようがない。話にならないな」
「珍しく意見が合いますね。僕は準備がありますので、これで」
◇
「……ロイス様、あまり顔色が優れませんね」
廊下の一角での世間話を装った作戦会議中に、不意にエリシアからそんな指摘を受ける。もちろん、風邪を引いたり怪我をしている訳ではない。
「いえ……昨日レオンハイトと軽い口喧嘩をしたのを思い出しまして。顔に出ていましたね、申し訳ありません」
「…ロイス様も誰かと喧嘩なさったりするのですね」
「彼とは昔から、今ひとつ馬が合わなくて」
実のところ、生徒会メンバーの中ではレオンハイトとの付き合いが一番長い。
例のアルディスの側近選びの場にもいたし、騎士見習いとして他領の騎士団に世話になった際には同じ見習いとして寝食を共にした仲だ。
それでも相変わらずお互いが苦手で、だからこそお互いに遠慮がない。
「話が脱線してしまいましたね。それで、その”不貞の噂”というのは…」
「この数日、『エリシアは不貞を働いている』といった話が広まっていると、シェーンが教えてくれたのです。でも、私の記憶にあり限り、ゲーム内でそう言った噂は一度も……」
「少々イベントを捻じ曲げましたし、帳尻が合うようにしているのかも知れませんね」
乙女ゲームの筋書きを通すなら、"浮気発覚で断罪前にエリシアが一発退場"なんてことにはならないと思うが、一番厄介なタイプの悪評だ。
「実は昨日、殿下から似た指摘をされまして……」
「もうアルディス様のお耳に入っているのですか?」
「少し趣旨は違うようでしたが……その、僕がエリシア嬢に言い寄っているのではと心配されたようで」
「……え?」
エリシアは意味が理解できずポカンとした顔をしている。
「アルディス殿下には弁明しましたし、理解して頂けました。殿下はエリシア嬢を愛されていますから、見知った人間でも男の影があればご心配になるのでしょう」
さっきのポカン顔が一転、ここでは一気に赤面する。
アルディスはあれだけわかりやすく態度に出しているのに、きっと10年後も同じように互いの言動に一喜一憂するのだろう。
「え!?あ……そ、そうだったのですね……ご迷惑をおかけ致しました」
「ですので、今回の不貞の噂も半分は僕の責任という事でしょう」
エリシアは手で顔をあおいで、火照りを冷ますのに必死だ。
コソコソするより良いだろうと人目のある場所で話しているが、あまり隣でそういう顔をされると色々と差し障りがある。
「でも、シェーンの話ではお相手の名前は特に出回っていないとか…。ロイス様のことが問題になるのなら、"生徒会の誰か"くらいには噂されても良いと思うのですが…」
「噂を流した本人にとって、不利益になる可能性があったのかも知れません」
"噂を流した本人"というのは、もちろんリアのことだ。
生徒会メンバーである他の攻略対象への飛び火を心配してのことか、もしくは単純に1ミリも僕に興味が無いかのどちらかだろう。
「このタイプの噂は騒ぎ立てないのが一番でしょう。次のイベントは来月の剣術大会でしたよね?」
「そうですね…。レオンハイト様の攻略イベントですし、悪役令嬢の出番は特に無かったと思いますが」
全学年合同で行われる"剣術大会"は、その名の通り男子生徒の剣の腕を競わせる催しだ。
参加を希望するメンツによっては馬上槍を行うこともあるが、今年はアルディスが参加を予定しているため、安全を考えて剣となっている。
「……その…ロイス様も参加されますか?」
「そうですね。お家柄これだけは」
「ですよね…」
エリシアは続けるべきか迷った様子でしばらく黙っていたが、僕が無言で待っているのを察して観念した。
「……あまり目立たないでくださいね…?」
「と、言うと?」
「万が一、私の悪い噂にロイス様が巻き込まれてしまったらと…」
不貞の噂に相手の名前が無いのは、そもそも"噂するほどでもない人物"という理由からかも知れない。それがタイミング良く校内のイベントで名を上げたりしたら、格好のネタとなる訳だ。
「……わかりました。善処します」
◇
「目立たないようにするって仰ったじゃないですか!!」
月が変わり、剣術大会が始まった。
試合は数日に分けて開催され、予選を勝ち上がった4名が、最終日に準決勝、決勝に挑む流れとなっている。
「善処しますと申し上げましたよ?」
予選の結果にエリシアが頭を抱えて戦慄いている。彼女も転生者なら、「善処します」はほぼNOだとわかっても良いはずだが。
試合当日にアルディスが風邪で欠場を決めた為、大会は大いに盛り上がった。王族に当たれば不戦敗が頭を過ぎる者も多いが、その心配が無くなり伸び伸びと剣を振るえるという訳だ。
レオンハイトは当然のように予選を勝ち上がり、僕の方もなんとか最後の4人には食い込むことができた。
「あぁ……このままではロイス様が噂の餌食に…」
「一部では既に出回っているようですね。学園内で噂される機会なんてありませんでしたから、新鮮な気持ちです」
「笑い事じゃありません!」
大会で、よく知らない男が勝ち上がってきたと思ったら、そいつは件のエリシア嬢と仲が良いらしいということで。「もしかしたら不貞の相手なのでは?」と囁く人もいるし、こうして友人として雑談をしていれば、ちらちらと様子を伺う視線が集まる。
「エリシア様、ロイス様…!」
別の授業を受けていたシェーンが、エリシアを迎えに現れる。彼女が厳しい目で周囲を一瞥すると、噂好きの視線は慌てたようにさっと散っていった。
「こんにちは、シェーン嬢」
「ロイス様……状況をわかっておいでなのですか?貴方のせいで、またエリシア様が悪く言われてしまいます」
「ちょっとシェーン…!」
「あぁ。確かにそうですね」
自分の噂は別に構わないが、確かにこれ以上エリシアに悪女としてのイメージが定着してしまうのは良くない。
流石にシェーンの前で作戦会議を始めることは出来ないし、潮時だろうと席を立つことにした。
「……くれぐれも『勝利の花』をエリシア様に捧げたりしないで下さいね?」
「それでは、僕はここで失礼します」
剣術大会では、試合ごとに勝者が女性に一輪の花を贈る習慣がある。予選程度では省略する者も多いが、婚約者や意中の女性に勝利を捧げる、何とも乙女ゲームらしいイベントだ。
講義室を出ると、ちょうど仏頂面のレオンハイトが立っていた。同じ授業を取っているので不思議はないし、この後やはり同じように生徒会室に向かうだろうから、無視するのもおかしな話だ。
「………学習しないヤツだな」
「レオンハイト、準決勝進出おめでとうございます」
何か小声で嫌味を言っていたが、全力で無視して世間話を被せる。
「……お前の方もラッキーだったな。馬上槍なら、こんな貧弱者は予選で一発退場だったろうに。アルディス殿下に感謝することだ」
「脳筋の癖に上手く煽ったつもりですか?剣ではねじ伏せる自信がないんでしょうか」
レオンハイトがわかりやすく気分を害した顔をする。本当に単純というか、煽りがいのある男だ。




