第3話② 幼馴染
………もう嫌だ。
生命の代わりに尊厳の方が死ぬやつだ。
本音を言えばノエルの輝く顔面を蹴り飛ばしたい気持ちでいっぱいだが、アルディスが「え?えぇ?!」と嬉しそうに混乱しているので、功績に免じて我慢する。
「え?!ロ、ロイスどういうこと…?」
「……いえ…そんな立派な名前を掲げた記憶はありませんが……実態としては概ね異論ありません」
「ほらぁ。良かったですね、殿下?」
自身の生命の為にも、エリシアの名誉の為にも、この流れには乗っておくしかない。おくしかないが…。
幸い我らがアルディス王子は、ロイス・エッケンベルクの忠誠心が思ってもみない形で露呈して、心底喜んでいるようだし。
「……ですので、申し上げたようにエリシア嬢との間に何もやましいものはありません。話題は基本的に殿下のことですから……」
「そ、そっか!おかしなことを聞いてごめんね!そっかそっか…!」
それで納得してしまう辺り、立場ある王族としてどうかとは思うが、こちらとしても嘘は言っていない。話の内容がアルディスの好きな食べ物や惚気話ではなく、まとわりつく害虫対策というだけだ。
「お二人は本当に仲が良いですね。それこそ麗しのエリシア様が嫉妬してしまうのでは?」
「ロイスとは幼馴染だからね。と言っても、学園に入学するまでは疎遠だったけれど」
僕がアルディスとはじめて対面したのは、ロイスとして転生してから半年くらい経った頃だ。
当時、アルディスの遊び相手…件、側近候補を決める為、歳の近い子息を集めた会が王城の一角で行われた。親からの強い期待を背負わされた男児達の中、「田舎貴族らしく賑やかしてこい」と言われて来た僕は割と異質だっただろう。
『ねぇキミ、木登りはとくい?だれが一番高く登れるか勝負しようよ!』
当時から、アルディスはアルディスだった。
身分の低い家の子にばかり構って大人達をやきもきさせて、普段はできない野蛮な遊びに興味津々だった。木登りや虫取りばかりしたがる王子に、幼いウィルソンが必死にチェスをしようと話しかけていた(そして無視されていた)姿は思い出深い。
『―― アルディス殿下、何もそのような者らと遊ばずとも…。ぜひあちらでチェスをしましょう』
見かねた一人の大人がアルディスにそう声をかけた。その男は、どうやら自分の息子のチャンスが、格下の子に掠め取られていて気に食わないらしい。
『でもまだ虫とりの途中だし…』
『お召し物も汚れてしまいます。さぁ』
虫取りに参加していた他の子供は身分の低い子ばかりで、誰もその大人に楯突くことは出来ない。
ただアルディスはその強引さが癇に障ったようで、男の手を勢い良く振り払った。
『誰と仲よくするかは、ぼくが自分できめる』
アルディスのことを、甘やかされて育った天然王子だと思っていた僕には、その頑固さは驚きだった。第二王子という微妙な立場であれば、もっと大人におもねるか、反対に我が儘ばかりの子供になりそうなものなのに。
『こうした場での人選も、将来に欠かせない手腕の一つですよ?聡明な殿下なら当然その意味をご存知のはず』
『アルディス殿下。では隠れ鬼にしませんか?それなら全員で遊べます』
思わず口を挟んでいた。
まさか他の子供が自分に意見するなんて、微塵も考えてなかっただろう男が露骨に嫌な顔をする。
『エッケンベルクの子か…。君は自分の立場を分かって…』
『隠れ鬼なら、体力に自信がある者にも、知力が優れた者にも活躍の機会があります。殿下には幅広い人材から才ある者をお選び頂くのが良いと思いますが?』
僕の提案に大人は顔をしかめたが、アルディスは目を輝かせて嬉しそうに頷いた。
『天才だ!ぼくが鬼をやるよ、みんなを集めなきゃ!』
その日アルディスは、誰よりも僕と一番に遊んでくれた。
思えば7、8歳の子供たちの中で、僕一人だけ大人の精神を宿していた訳だから、彼には何か特別な存在として映ったのだろう。
「ロイスはすぐに領地に帰っちゃったし、それ以来会ってなかったんだけど。学園で見つけたときは嬉しかったなぁ」
「殿下、昔話はもう良いですから…」
「へぇ。さすがロイス先輩ですね〜」
アルディスは昔語りに酔っているが、話を振ったノエル本人はとっくに興味を失っている。とりあえず、アルディスの機嫌が良くなったので、もうなんでも良い。
「ところでアルディス殿下…」
「ん?」
「エリシア嬢の噂の件ですが…最近ますます悪質化しているように思います。悪意を持つ人間が、意図的に流しているとしか」
エリシアの話をするなら、リアがいない今がチャンスだ。
アルディスは「そうだねぇ」と悩ましげに続ける。
「侯爵家としては護衛の一人でも付けたいだろうけど、外から人を入れるのは難しいし…」
学園には「学び舎では皆平等」「身分を捨て純真な学徒であれ」といったポリシーがある。
第二王子であるアルディスですら、表立っては護衛や側近を連れていない。普段は生徒会のメンバーがその役を担っているが、体裁としてはあくまでも"友人"だ。
「エリシア嬢もご友人の令嬢と行動されているようですが、有事の際に女性だけでは対処が難しいかと」
「うーん…。たとえばだけど、ノエルはどう?」
突然のご指名に、ノエルがいつもの調子で肩をすくめる。
「殿下はご冗談がお上手ですね。僕がエリシア様のナイトになったら、姫君たちが暴徒と化してしまいますよ?」
「そうだよねぇ…」
眉間に皺をよせたまま、アルディスがこちらを見ている。結論は僕の考えと同じようだけど、ついさっき"密会疑惑"を晴らしたばかりで、自分から提案するのは憚られる。
エリシアと行動する大義名分が得られれば、当然ざまあ準備には有利だが、それでアルディスからの信頼を失うのは避けたいところだ。
「エリシアにも一度相談してみるよ。ヴァレンティス侯爵にも考えがあるかも…」
「アルディスさま〜!!!」
ノックもそこそこに生徒会室に響く鈴の声。リアとウィリアムのご帰還だ。「リアを迎えに行く」と宣言していたレオンハイトも後ろから生徒会室に入る。
そもそもウィルソンと二人で用事に出ているのに、迎えに行く必要はあるのか?と思っていたが、どうやら書類を運ぶ”荷物持ち”を買って出るためだったらしい。
合わせてもウィルソン一人でギリギリ持てないこともない、微妙な量の荷物ではあるけれど。
「戻りました、アルディス殿下」
「みんなお疲れ様。休憩がてら少しお茶にしようか?」
「ありがとうございますアルディスさま〜。リアとっても疲れましたぁ…」
「ふふ、良く頑張ったね」
レオンハイトが引いた椅子に、リアが気恥ずかしそうに腰掛ける。アルディスからの労いの言葉にもご満悦の様子だ。
ノエルは当然のように動く気が無いようなので、席を立ち紅茶の準備に向かう。生徒会室を出て食堂に向かう途中、後を追うようにレオンハイトが出てきた。
「ロイス、茶葉はコルディア産のものにしてくれ」
「…?アルディス殿下のご注文ですか?」
「いや、リア嬢はそれが好きだろう」
リアへの労いも含まれているのだから、何もおかしなことはない。
ただ普段のレオンハイトからは考えられないような気遣いだし、何よりも本人に自覚が無いので質が悪い。
「……分かりました。ではそうしましょう」
「それから一つお前に言っておきたいことがある」
レオンハイトの顔が険しいのはいつものこと…と思っていたが、どうやらそれだけでも無いらしい。正直、彼とは今ひとつ馬が合わないし、レオンハイトの方も僕のような軽薄な男は嫌いだろう。
「近頃、レディ・エリシアとやけに親しいとリアに聞いたが」
また"リア"だ。
ヒロイン様は、悪役令嬢のネガティブキャンペーンにも抜かりはないらしい。
とはいえ、レオンハイトが自分からそういう話をふるのは珍しい。もちろん愉快な恋バナというつもりは無いだろうし、表情からしても忠告の類だ。
「その誤解については、先ほどアルディス殿下にご説明したところです。珍しくおかしな詮索をしますね、レオンハイト」
「詮索…?」
言葉のチョイスが気に入らないのか、眉間の皺が更に深くなる。
つかつかと距離を詰めて、レオンハイトがこちらを見下ろす。威圧しているつもりだろうが、脳筋相手に引くのも嫌なので、いつもの笑顔で煽っておくことにする。
「詮索でなければ何です?」
「同じく騎士を志す者として、女性にデレデレと見苦しいと言っている」
「……は?」




