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第3話① 嫉妬

 噴水落ちイベントから1週間ほどが経った。


 結局、「エリシアとリアが噴水に落ちた」という事実のみが伝聞され、エリシアの好評が広まることも、リアの失態が噂されることも無かった。わかってはいたが、この世界はリア(ヒロイン)の味方なのだ。


 ――『エリシア様、今日もこわかったわ…』


 エリシアの嫌な噂は、相変わらずじわじわと広がっている。以前はせいぜい「高貴で近寄りがたい」態度のものだったのに、リアの登場以降明らかにその性質を変えている。


「また下級生をいびっていたらしい」「自分が完璧だから、ちょっとのことでも許せない」と、高飛車な婚約者像が見事に形作られていた。


 生徒会の資料を教師に渡しに行った帰り道。廊下の向こうに、女子生徒と話すエリシアの姿が見えた。


 最近エリシアは、ネガティブな噂を払拭すべく懸命に動いている。前は黄色い声に微笑みを返す程度だったが、今は親しい友人以外にも自分から積極的に話しかけている。


 かけている、が…。


 ――『エリシア様、またよ…?あんなだからリア様に水をあけられるんだわ』


 エリシアが下級生に「肩にほこりが付いていましたよ?」と親切に話しかければ、相手は「身だしなみが不十分で申し訳ございません!!」と真っ青な顔で謝りだす。


 あるいは、同級生の令嬢に「素敵な髪飾りですね」と世辞を言えば、3分後には「華美ではしたないって嫌味よね」なんて噂話が出来上がり……。


 迷い猫でも保護しようものなら「黒魔術の生贄にするのだ」と恐れられる始末なのだ。


 リアの噴水での演説にも驚いたが、エリシアを悪役令嬢に仕立て上げる為ならば、この世界では無理な言いがかりや邪推も全て受け入れられるシステムらしい。


「ぜひ今度ご招待させてください」


 エリシアがそんな風に話しているのが聞こえるが、相手の女子生徒の顔は疑念でいっぱいという感じだ。


「エリーナ様がお話されていた茶葉が丁度手に入ったんです…!」


「蜂蜜を入れると香りがよく際立って!」


「きっと!お気に召しますわ!!!」


「流石エリシア様」「わたくしには勿体無いですわ」なんて嫌味半分に返事を濁されているが、エリシアは懸命に会話を続けているし、なんなら気合いが入りすぎて若干キャラが変わっている。


 確かに『ネガティブな噂の払拭』を目標の一つに挙げたのは僕だ。


 ……でも流石にこれは……完全に空回っている。


 こうやってまた、京都人もびっくりの邪推で”悪役令嬢エピソード”が拡充されていくのだろう。


「エリシア嬢、今少しお時間を頂けますか?」


 見かねて声をかけると、目を丸めたエリシアが振り返った。


「ロイス様…?」


「お話中に申し訳ありま…」


「構いませんわ!エリシア様、ご機嫌よう…!!」


 女子生徒は被せ気味にそう言うと、そそくさと早足でいなくなってしまった。ずっとエリシアとの会話を切り上げるチャンスを窺っていたのだろう。


 置き去りにされたエリシアは、女子生徒の背中を見送ると「お友達になれそうでしたのに…」と小さく呟き肩を落とす。会話を遮った僕のことをちょっと恨めしそうな目で見るので、笑いそうになるのを必死に堪えた。


「彼女とご友人になるのは難しいように見えましたが」


「どうしてそんな意地悪なことをおっしゃるのですか?」


 表情に出さないよう努めているらしいが、エリシアの声色は完全にすねている。

 ポンコツなアルディスと真面目なエリシアは良いバランスだと思っていたが、意外と似たものカップルなのかも知れない。


「……お友達が増えれば、嫌な噂も落ち着くのではと思ったのですが……。やっぱり一朝一夕では難しいものですね」


 エリシアなりに懸命に考え行動に移しているのはよく分かるが、いかんせん真面目すぎる。必死になるほど視野が狭くなるタイプだ。


「一朝一夕とかでは無く、人選の問題では?」


「彼女、本当に素敵な方なんですよ…?」


「噂話を鵜呑みにしてる時点で素敵なご令嬢とは思えません」


 一瞬、エリシアが何か言い返したそうな顔をしたが、少し考えて思い直したようだ。


「とにかく、今は新しいご友人をつくることより、噂の渦中の人にならないよう、大人しく過ごしましょう」


「ロイス!」


 不意に、緊張感のある男の声に名前を呼ばれる。

 声の方を見やると、取り巻きBことレオンハイトが、いつも通りの不機嫌顔で立っていた。


「ご機嫌よう、レオンハイト卿」


「失礼いたします、レディ・エリシア」


 堅苦しい、侯爵令嬢と騎士レオンハイトの挨拶。リアが来てから少しは柔らかくなったのかと思っていたが、彼の眉間の皺は思ったより頑固なようだ。


 名前を呼んだのだから、当然、用事があるのは僕の方だろう。


「レオンハイト、どうかしましたか?」


「……アルディス殿下がお呼びだ。生徒会室にいらっしゃる。俺はこの後、リア嬢を迎えに行くから早く戻れ」


「わかりました。伝達ありがとうございます」


 毎日のように顔を合わせているので、アルディスからこう言った呼び出しは珍しい。


 エリシアとレオンハイトに軽く挨拶をして、早々に生徒会室に向かうことにする。

 エリシアは快く送り出してくれたが、レオンハイトの方は怪訝そうな表情だ。…と言っても、彼は常にそんな顔なので、いつも通りと言えばいつも通りだ。


 コンコン。


「……入ってくれ」


「失礼します」


 生徒会室のドアを開けると、中にはアルディスとノエルの2人だけだった。今日はウィルソンとリアの2人でサークル長とのミーティングを予定していたし、それ自体は不思議ではない。


「……座って、ロイス」


「…はい」


 問題は、いつもご機嫌なアルディスが珍しく不機嫌顔で頬杖をついていることだ。


 明らかに怒っている…いや、拗ねているという方が正確かも知れない。眉間に皺を寄せ、口はへの字だし、その鋭い眼光(と言えるかは微妙だが)は、じっと僕の方を睨んでいる。


 険しい顔のアルディスを他所に、横の席でノエルが野次馬のようにニヤけてた。


「……先日、リアとエリシアが広場の噴水で揉めたと聞いたよ」


 突然の世間話に意表をつかれるが、いつもの作り笑顔で当たり障りなく返しておく。


「あぁ。噴水に落ちたリア嬢を、エリシア嬢が自ら助けられたとか」


「その場にロイスもいただろう?」


 珍しく鋭いアルディスの言及に、口角が引きつった。

 だから表だった行動は嫌だ。せっかく地味顔に生まれたのだから、自由にやらせて欲しい。


「……それは…エリシア嬢は殿下のご婚約者ですから、お助けするが家臣の務めかと」


「それから、エリシアが朝早くに中庭で誰かと密会してるのを見たって、リアが教えてくれたんだけど。相手は君だよね?」


 んあ〜〜〜。


 最善を尽くしたつもりだったが、相手が噂の渦中にいるエリシアでは、そう簡単に人目は避けられないらしい。最近特にモブ扱いが酷いので油断していたけれど、遠目とはいえリア本人に見られていたのだとしたら完全に僕の落ち度だ。


「……殿下、あの…」


「確かにエリシアは美人だし気立てもいい。自分の身分を傘に着ることもないし」


 相変わらずのベタ惚れ具合を喜びたいところだけれど、今はそれどころではない。


「アルディス殿下…」


「そりゃぁ僕はロイスに比べて察しが悪いし、剣だって今ひとつだけどさ…だからって」


「ぶふっ…!駄目だもう無理、あはは!!!おかしくって我慢できない!!」


「ノエルは一旦黙ってください…!!」


 アルディスの恐ろしい勘違いと嫉妬でこっちは断罪の危機だっていうのに、ノエルは腹を抱えて笑っている。


「殿下、何か誤解されています!僕はエリシア嬢と何もやましいことは…」


「じゃあ僕のいないところで2人でお喋りしたりしてない…?!」


「…………いえ」


「そこは否定してよ!!そんな…まさか本当に」


「最近友人にして頂いたのでお話しすることはありますが、けして密会とかでは…」


「あはははははっ!ロイス先輩もう少しがんばってよ!」


「ノエル!今僕ら真剣に話してるんだよ!!」


 空気を読む気がないノエルの大爆笑に、流石のアルディスもお冠だ。


「ふふ…。殿下、そろそろ許してあげては?いくらエリシア嬢が絶世の美女だとしても、ロイス先輩相手に浮気なんてことはありませんよ」


「そりゃ、僕だってそう思いたいけど…」


 ノエルのニヤニヤ顔がこちらを向く。


 この最悪の状況で味方がいるのは有り難いが、どう見ても不穏な笑顔だ。…と言うか、面白いイタズラを企んでいるときの顔をしている。


「殿下、ロイス先輩とエリシア嬢ですよ?」


「…ノエル、待ってください」


「何が言いたいの?」


「ちょっと、ノエル」


「ロイス先輩はツンデレだから、自分からは言えないでしょうけど」


「ノエル」


「どう考えても"アルディス殿下大好き同好会"では?」


 ………もう嫌だ。

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