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第2話② 噴水落ち

 ばしゃーんっ!!!!


 ある日、昼休み前の中庭に、大きな水音と悲鳴が響いた。


「ごめんなさいエリシアさま…!!!」


 やや舌足らずで、一際大きな謝罪の声。

 人垣の隙間から騒ぎの方を見ると、案の定、リアが噴水の中に座り込んでいる。


 びしょ濡れになったリアに、エリシアが手を差し出した。


「リ、リア様、お怪我はありませんか?」


「こんな汚い服でエリシア様のそばを通ったリアが悪いんです!!!!エリシア様がおっしゃるように、リアはいつも薄汚いから……噴水の水で少しはキレイになるとお考えだったのでしょう?!」


 すごい理屈を考えるものだなと、見事な独白に少し感心してしまう。

 周囲の注目を引く声の大きさも流石としか言いようがないし、節々にエリシアの名前を入れることも忘れない。完全な確信犯だ。


 人垣の中でひとり感心していた僕とは逆に、エリシアのお付きの令嬢はリアの小芝居にお冠だ。


「貴女が勝手に噴水に落ちたんでしょう!!エリシア様は誰かを突き落としたりなんて絶対にしませんわ!……そんな言い方で貶めようなんて、恥を知りなさい!!」


「シェーン、私は大丈夫。彼女を責めないで」


「エリシア様ごめんなさい…!どうか許してください!!!」


「リア様…私は何も怒ってなんていませんよ」


「エリシア様、こんな娘許す必要ありませんわ!!」


「シェーン、私は怒っていないったら…」


 話が今ひとつ噛み合ってないし、何なら高貴なエリシア様の主張が、1番蔑ろにされている。そもそもリアは「エリシアに突き落とされた」とは言っていなかったはずだが、お付きの令嬢のおかげで明文化されてしまった。


 当然エリシアが手を出した訳では無いし、足元を見ても”偶然”転ぶような要素は無いのだから、リアの自作自演は明白だ。


 騒ぎを見る人は、怪訝そうな表情をしていたり、呆れていたり、囁き合ったり様々だ。

 ただ次の瞬間、不意を突かれたようにざわめきに包まれる。


「へ……?」


「エリシア様?!!何を!!」


 ざぶん。


 エリシアがリアの救出のため、自ら噴水に飛び込んだのだ。


 普通に入れば良いのに、軽くジャンプしたせいでバランスを崩し、エリシア自身もリア同様に全身ずぶ濡れになる。


 高貴な侯爵令嬢の破天荒な行動に、お付きの令嬢の顔は真っ青だし、周囲は軽いパニック状態になっている。


「ふふ、今日は暖かいから、水が心地よいですね」


「はぁぁぁ??!!!な、なんでぇ??!!」


「さぁリア様、あまり長居すると風邪をひいてしまいます。体調をくずされては生徒会の皆様も心配なさってしみゃ…しまいます」


 ……噛んだな。


 "今日は暖かい"と言っても、秋口の噴水はそこそこに水も冷たいはずだ。身体が冷えれば舌が回らないこともあるだろう。


 エリシアは微笑みを浮かべたまま、リアの手を取り立ち上がらせる。水に濡れた重たいスカートを少し持ち上げて、リアの手を引き噴水の外まで誘導していった。


 当のリアは混乱で顔を作れないまま、されるがままだ。


「な………エ、エリシア様がリアを突き落としたのに…なんで……」


「それは問題ですね」


 頃合いを見計らって人垣を抜け、エリシア達に歩み寄る。


 僕が近くで見ていたことに気づいていなかったのだろう、急な登場にエリシアまで驚いた顔をしている。


 ―― できれば傍観を決め込みたかったが、リアvsお付き令嬢の第2ラウンドが始まってしまっては元も子もない。


 僕が上着を脱ぐと、はたとリアと目が合うが、脱いだ上着は当然エリシアの肩にかける。


「エリシア嬢。冷えますから、とりあえずこれを」


「……ありがとうございます」


 リアが少々むっとした表情をしている。


「これだけ人がいるんですから、リア嬢が突き落とされたのを、誰か見かけた方がいらっしゃるのでは?」


「な……!」


 後半は、野次馬に聞こえるように少し声を張り上げて言う。


 ぐるりと周囲を見回したが、手を上げる人はいない。あれだけ警戒していたエリシアが疑わしい行動をする訳がないので、当然と言えば当然だ。


 周囲の沈黙が、問いかけの答えだ。

 リアは反論できずに顔を真っ赤にしている。


「妖精のいたずら、ということにしておきませんか?」


 リアと、それからお供の令嬢に有無を言わせないよう、笑顔で適当に締めくくる。


 芝居じみた言い回しに、脇でエリシアが少し笑いそうになっているが、恐らく僕以外は気づいていないだろう。


「さぁエリシア嬢、そんなお姿ではアルディス殿下も心配されます。女子寮の前までお供しますよ」


「ありがとうございます、ロイス様」


「あ!」と何かを思い立ったエリシアが、さっとお供の令嬢に駆け寄る。


「シェーン、リア様に付き添っていただけるかしら」


「ぇ?わたくしが…??」


「リア様、あとで使いの者に暖かい紅茶を届けさせますね。どうかお身体を冷やされないように。それから…」


「エリシア嬢、行きましょう」


 おせっかいも度を過ぎると嫌味になりかねないので、途中で制してエリシアを連行する。


 本来であればイケメンに救出されエスコートされる予定だっただろう、諸々の期待を砕かれたリアはその場で座り込んで固まっていた。


 人垣にウィルソンの姿を見つけたが、彼の度胸では今のリアに駆け寄るのは難しそうだ。



 女子寮へ向かう道中。


 ぐっしょりと濡れたエリシアのスカートからは、時折ぽたぽたと水が滴るが、本人がそれを気にする素振りは無い。それどころか、どこかご機嫌な様子で足取りは軽い。


 エリシアは濡れた髪を耳にかけると、不意にこちら向いてくすくすと笑った。


「ふふ、たまにはお転婆をするのも良いものですね」


「本当ですか?僕が仕組んだとバレたら処刑ものですが…」


「楽しかったので、大丈夫ですよ」


 これから学園に広まるエリシアの噂が、「恋敵を噴水に突き落とした令嬢」ではなく、「無礼者も懸命に助ける令嬢」だと良いのだけど。

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