第2話① 作戦会議
共闘の提案にまだ思うところがあるのか、エリシアは窓明りをぼんやりと見つめていた。涙の跡こそ残っているが、表情に悲壮感は無く、背筋はまっすぐに保たれている。
「…エリシア嬢は、なぜ僕に話してくれたのですか?」
彼女自身が、庇護ではなく制裁を望んでいたとは言え、もう少し良い人選も出来たのではないかと思う。エリシアはこちらに振り向いて、困ったように笑った。
「実はロイス様も『インフィニティ学園』に登場するんです。それで、もしかしたら1番良い形で悪役令嬢を制してくださるかな、と」
「えっと…それは僕もヒロインの"攻略対象"だと…?」
「いいえ?ロイス・エッケンベルクはプレイヤーをサポートしてくれる『お助けキャラ』です。ゲームの登場人物の中で、唯一ヒロインに恋をせず、悪役令嬢を罰しない中立のキャラクター」
物語の最後に断罪されるエリシアから見れば、確実に「悪役令嬢を罰しないキャラ」というのは、意外と貴重な存在なのかも知れない。
僕は早々にアルディスの元に戻らないといけなかったし、目元を腫らした令嬢と並んで歩くのは色々と問題になるので、その場はそこで解散にした。
――エリシア様、またあの子を虐めたって
生徒会室に向かう道中、そんな噂話が耳を掠める。先ほどのリアの逃亡劇を、さっそく誰かが面白おかしく広めたのだろうか。
女の子がお菓子作りを失敗したなんて話より、「高位令嬢による卑劣な虐め」というトピックの方が人々の関心を引く。噂を流した人間には当然そうした思惑があっただろうし、なんならリア自身が吹聴した可能性も十分にある。
「失礼します。戻りました」
生徒会室のドアを開けると、カリカリとペンが走る音が響いていた。僕の姿を見つけたアルディスが、ニコッと笑ってペンを持ったままの右手を上げる。
「…そういえば殿下、近ごろエリシア嬢の良くない噂が流れているようですが、ご令嬢は気を落とされていませんか?」
僕が自分の席に座ると、おもむろにウィルソン(取り巻きA)がそう切り出した。アルディスは少し目を丸くして、それから苦笑いを浮かべて「うーん」と唸る。
「気丈な女性だ、大丈夫だと思うよ。綺麗だからかな、誤解を受けやすいんだよねぇ」
この学園には、アルディスを頂点とする自治組織 ―― 生徒会が存在する。第二王子であるアルディスは別格だが、役員の多くは学園内でちょっと名の通った人気者の集まりだ。
ウィルソンは、公爵家の嫡男で、生徒会では書記の立場にある。この世界では珍しい艶のある黒髪で、これまた珍しいメガネ姿。学科試験では常に1位を死守する、分かりやすいインテリくんだ。
「女性は噂話が大好きだからな。本当にくだらない」
大きすぎる主語でヘイトを溜めそうな、このガタイの良い男は、副会長のレオンハイト(取り巻きB)。現騎士団長の甥で、常に「俺が1番強い」と疑わない自信に満ち溢れた立ち振る舞いをしている。
「美しい花に雨や風はつきものですから。殿下の優しいお言葉があれば、エリシア様もお喜びになるのでは?」
そう言う本人の方が物理的に花を背負っていそうなのは、ひとつ年下で、色男と名高いノエルだ。アルディスにも負けない顔面偏差値で、鳥肌が止まらない可笑しなワードセンスを除いては、これと言った欠点はない。
言われてみれば、正に乙女ゲームという感じだ。
王子アルディス、インテリのウィルソン、騎士レオンハイト、色男のノエル…。キャラの濃い彼らに加えて、生徒会のメンバーはあと2人。
「ロイス、帳簿の準備は終わっている?確認してもいいかな」
「もちろんです殿下。……殿下のお手元の青い書類入れがそうですね」
「え!ふふ、本当だありがとう。ロイスは相変わらず仕事が早いね」
会計はロイス・エッケンベルク。僕だ。
中肉中背で冴えない薄茶色の髪。他4人の男たちと比べると、かなり地味な出立ちだ。特徴と呼べる特徴は、まあ、いつも笑顔ということくらいか。
――『ロイス様のお顔、本当にゲームのイラストにそっくりですよ』
くすくすと笑うエリシアの顔が思い出された。
――『生徒会室に行くと、いつでもロイス様がいらっしゃるんです。いつも笑顔の立ち絵で、次のイベントのヒントや、攻略対象からの好感度レベルを教えてくれます』
モブキャラらしい、表情差分無しの固定立ち絵ということだろう。
それにしても、生徒会メンバーがことごとくイケメン揃いの攻略対象なのに、1人だけその枠から外すというのは、何だか少し憤りを感じないことも無い。
作り笑顔を貼り付けていないと「眠いのか」「機嫌が悪いのか」と心配されるような目つきで、乙女にときめけと言うのも無理な話ではあるけど。
生徒会メンバー最後の1人は、当然ヒロインであるリアだ。
彼女が来るようになってから、確かに生徒会室は一段と明るくなった。外見上の華やかさもさることながら、リアが、鈴を転がしたような声で笑えば、男達の顔が自然に綻ぶ。鉄仮面のレオンハイトでさえどこか機嫌が良いし、サボり放題だったノエルも自分から生徒会室に来るようになった。
まぁ、僕のことは基本無視だけど。
数日後、僕はエリシアと作戦会議のため早朝の中庭にいた。
学園の中庭は、程よく見通しが良く、それでいて朝から足を運ぶ人は稀だ。密会を疑われずに内緒話をするなら最適な場所という訳だ。
手頃な東屋に腰掛け、まずはエリシアの知る『恋するインフィニティ学園』の情報を聞いていく。
「リア様のご様子を見る限り、アルディス様をメインの攻略対象に据えた"逆ハーレムエンド"を目指しているのではないかと」
「……『逆』ハーレム?」
「一人のヒロインに対して、複数の男性が好意を寄せているという意味です。アルディス殿下の攻略ルートだけは、攻略対象の内、誰か1人でも好感度の低いキャラがいると成立しないようになっていて…」
確かにアルディスの性格からして、身近な人を虐げる人間を、特別に好きになったりはしないだろう。何より攻略ルートが分かるなら、抑えるべきイベントも絞ることができる。
「では『アルディス攻略ルート』と仮定して…。ゲーム内でヒロインと悪役令嬢《エリシア嬢》が対峙するイベントを優先して洗いましょうか」
「私が登場しない、普通のイベントは良いのですか?」
「そこに貴女が首を突っ込むと"悪役令嬢の嫌がらせ"としてカウントされかねませんから」
リアに対する攻略対象メンバーからの態度や、生徒会に入るまでの流れを見ても、世界がヒロインの有利に動いているのは明白だ。
第一目標が婚約破棄の回避なら、今は、リアの"好感度を上げない"ことよりも、エリシアの"好感度を下げない"ことの方が重要になる。
「対策は大きく分けて3つです」
手頃な紙に要点をまとめていく。
「1つ目は先ほど言った『ヒロインと対峙するイベント』の無効化。直接手を下した事実が無ければ、断罪はかなり難しくなるはずです。
2つ目は『ネガティブな噂の払拭』。既にエリシア嬢を非難するような噂が流れているようですが……今のところアルディス殿下が気にしている様子はありません。ただ、周囲に"エリシアならやりかねない"と思われてしまうと、殿下の意思とは関係なく断罪が実行される可能性があります」
エリシアは口を挟まず、真剣に僕の話を聞いている。
思うところはあるかも知れないが、まずは最後まで聞こうというスタンスなのだろう。
「3つ目は、リアの攻略イベントの妨害ですが ……これは先ほど申し上げたようにリスクが高いので、するなら実行役は僕であるべきですね」
もしリアが、直接"お助けキャラ"としての僕を頼ってくるなら、やりようはいくらでもありそうだが、現状その気配は無い。
僕個人としては、全力ぶりっ子令嬢の恋愛相談なんて、1ミリも受けたくはないけど……。
「あの…私がアルディス様にア、アプローチというか……積極的になる必要はないのでしょうか?」
そうした話題に抵抗感があるか、エリシアにしては珍しくはっきりしない物言いだ。幼い頃から王子の婚約者であったエリシアの生活には"異性を落とす"なんて概念は存在しなかったのだろう。
「本来であれば必要ですが……」
「…えっと……?」
「僕から見ても、既にアルディス殿下は貴女にベタ惚れですから」
「ロイス様!!???」
エリシアがけほけほと咳き込む。顔を真っ赤にしてうつむく姿は大変可愛らしいので、それこそ是非アルディスに披露して欲しい。
何か、もごもごと納得していない様子だったが、すぐに否定の言葉が出てこないあたり、彼女にも思い当たるところはあるのだろう。
「変にリアを意識して、らしくない振舞いをする方がリスクがあります。とりあえずは今のままでいいと思いますよ」
「…はい……」
それからエリシアの持つゲームの記憶を辿って、対策が必要なイベントを洗い出していく。
ヒロインの攻略イベント自体は無数にあるとのことだが、エリシアが対峙するような"虐めイベント"は、主要な学園行事やストーリー上の転換点に集中しているようだ。
「あとは……これからの季節だと"噴水落ち"があります」
「噴水落ち?」
「本来ウィルソン様の攻略イベントですが……エリシアがヒロインを噴水に突き落とします」
「なぜわざわざ、他所の攻略ルートに…」
「ヒロインを表立って虐める令嬢は、エリシアだけですから」
ヒロインを虐める存在が無数にいると、"悪役令嬢としてのエリシアのキャラがぼやける"という配慮なんだろうか……。言われてみれば、ウィルソンやレオンハルトの婚約者が、リアと対峙しているシーンには出くわしたことがない。
「まぁ、リアが全員の好感度を上げているなら、対策は必要ですね」
出来るだけ噴水に近づかないこと、一人で行動しないことなど、できそうな対策をまとめていく。
それから万が一、エリシアの目の前でリアが噴水に落ちる ―― 最悪の事態になった場合の立ち回りだ。
「正直に言って、かなり貴女に無理を強いる案ではありますが…」
「大丈夫です。それに楽しそう」
「……楽しそう、ですか…?」
「はい。普段はなかなか出来ないことですから」
もちろんそんな事態に陥らないことが最優先だ。
ただ、当然のようにその日はやってくる。




