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第7話② 崩壊

 数日後の放課後、次のイベントの内容を確認するため、エリシアと二人で西校舎の階段に出向いた。


 悪役令嬢がヒロインを階段から突き落とし、運よく居合わせたアルディスが間一髪受け止める、というストーリーだ。アルディスは虐めの現場を直に目撃してしまい、それがエリシアの断罪を決意するきっかけとなる。


「どことは明示されていませんでしたが……学園内でスチルの画像と一致するのはここの階段だけです」


「エリシア嬢が普段使う場所なら、まず間違い無さそうですね」


 アルディスから受けた相談の内容をエリシアに伝えるべきか、まだ迷っていた。

 伝えたところで何か改善に繋がるとも思えないし、あまり彼女の心労を増やしたくはない。


「ゲームではアルディス様が受け止めてくださったので、リア様に怪我はありませんでしたが……万が一を思うと恐ろしいです」


「それでも、彼女は落ちるでしょうね」


 エリシアを上階に残し、階段を降りた。全部で14、5段といったところだ。

 下から見上げるとかなり急な印象を受ける。


「いくら落ちてくるのが小柄なリア嬢とはいえ、受け止めた殿下まで怪我をしそうな角度ですね」


「ああ!!エリシアさまやっと見つけたぁ!」


「え?」


「は…??」


 まさか、だ。


 階段ホールに響く舌足らずな声。

 呆けた顔のエリシアに駆け寄ったのは、他ならぬリアだった。相変わらず僕の存在は見えていない。


 というか今、リアは「見つけた」と――。


「でもよかったぁ。どうやってココまでつれてこようか悩んでたんです。やっぱり、世界はリアの味方ですねぇ」


 ニコニコと意味の分からない言葉を並べる彼女の姿は、傍から見ればかなりサイコパスだろう。


 でも残念ながら、僕らには意味が分かってしまう。


「リア様…?…私に、何かお話があったのでしょうか?」


「え~?リアには無いですけどぉ、エリシアさまにはあると思って。リアがアルディスさまとなかよしなのを、怒ってるってうわさで聞きましたぁ」


 相手の激昂を誘導するような、露骨な煽り文句だ。

 エリシアは険しい表情でリアの笑顔からは視線を逸らしている。


 ―― 頼んだよ、ウィルソン


 聞きなれたアルディスの声。


 反射的に声の方を見ると、そこには寮に帰る途中のアルディスとウィルソンの姿があった。


 アルディスもこちらに気づき、ぱっと視線がぶつかる。


「あれ?ロイス一人かい?」


「……アルディス殿下」


 柱の影になっていて、まだアルディスからは階上のエリシアとリアの姿は見えない。


 良くない。


 このままだと条件が揃ってしまう。


「そうだ殿下、実はお話が……」


「きゃぁっ!!エリシアさま何を?!」


 僕の声を上書きするように、リアの演技じみた悲鳴が響く。

 同族だからわかるが、彼女は内心ほくそ笑んでいるに違いない。


「リア…?!」


 その声にアルディスが慌てた様子で駆けてくる。


「リア様、落ち着いてください…」


「やだ!!はなしてぇ!!!」


「殿下!お待ちくださ…」


 階下に到着したアルディスの姿を確認するや否や、エリシアの手を振り払いリアが階段へ身投げする。


 ―― はずだった。


「え?」


「リア様!!!」


 浮いたリアの体が、ぐるりと反転する。


 エリシアが咄嗟にその手を引いた反動で、二人の位置が入れ替わったのだ。


 代わりに放り出されたエリシアが辿る軌道は、当然、弧を描くようなものでは無い。

 このままだと階段に全身を打ち付けかねない。


「っ…!!!」


 数段を駆けある。

 間一髪間に合ったが、バランスが取れず、そのままエリシアを抱えて転がり落ちた。


 身体を数か所打ち付け、ホールに嫌な音が反響する。


「ロイス!エリシア!!」


「ロイス様!!」


 アルディスとエリシアに名を呼ばれるが痛みで声が出ない。

 ……もっというと一番痛いのは尻なので、頭の中にはマヌケなセリフしか浮かばなかった。


「ロイス様、お怪我は…」


「………少し打っただけです。問題ありません…」


 階段の上では、リアが呆然としてへたり込んでいた。


「リアは?怪我は無いかい?!」


「あ……アルディスさま……わたし…」


 アルディスの声かけに、リアが青ざめる。


「リア……エリシアさまとお話していただけで……なにも…」


「分かってる。二人に怪我が無くて本当によかった」


 単純にあのシーンだけを切り取れば、取り乱しバランスを崩したリアを、エリシアが咄嗟に助けただけのことだ。

 どちらかが故意にということでは無く、ただの事故でしかない。


「エリシアも、リアを守ってくれてありがとう。痛いところは無い?」


「……はい。お気遣い感謝いたしますアルディス様」


 順番が逆だろう。


 エリシアの返事を聞いたアルディスは控えめに微笑み、そのまま階段を上りリアに寄り添う。


 その後ウィルソンには医務室に行くようしつこく諭されたが、尻の痣を確認されるだけのイベントはごめんなので頑なに拒否した。



 ◇



「ロイス様、少しよろしいですか…?」


 翌日。朝食後の教室移動で、エリシアが声を潜めて言った。喧噪けんそうの中でギリギリ聞き取れるかどうかの小さな声だ。


 彼女の手には可愛らしい花柄のメッセージカードが握られている。


「今朝、寮の部屋を出た際にベルーナ様からこれを渡されて…」


「ベルーナ?」


「リア様と仲の良いご令嬢です」


 ああ。


 いつか生徒会室に忍び込んでいた女子生徒の顔が浮かぶ。


 たしか創立記念のイベントの際「ドレスを切り裂いたのはエリシア」という噂を広めていた令嬢の中にもいたはずだ。


 ――このあいだのお礼をしたので、今日の夕方にひとりで講堂にきてください。


 ――リアより


 子供っぽい文章と文字。


「お礼と言いつつ、完全に果たし状ですね」


「ゲームの中で、ヒロインとエリシアが講堂で対話するようなイベントはありません…。リア様の意図が読めなくて…」


「シナリオとは関係なく、彼女自身の意思ということですか」


 なんとも居心地の悪いものを感じる。


 リアはゲームのシナリオを妄信しているので、僕やエリシアの言動には基本的に無関心だ。

 そのリアがゲームから逸脱した形で接触してくるということは、彼女の関心が明確にこちらに向いたことになる。


「……同行します」


「リア様は『ひとりで』と書いていらっしゃいますけど…」


「そもそも"男爵令嬢"が貴女を呼びつけることが可笑しいんです。行って差し上げるだけお優しいですよ」


 冗談めかして言うと、エリシアがくすりと苦笑いした。


 放課後になり、少し肌寒い空気の中、講堂の入り口を開けた。


 当然、何か催しが行われているはずもなく、数百の客席には誰の姿もない。ただ壇上には照明が当たり、佇むリアの後ろ姿があった。


 ドアの音を聞き、振り向いたリアの赤い髪が揺れる。


「こんにちは、リア様」


「あれぇ?エリシアさま、おひとりじゃないんですね?」


 がらんとしたホールに二人のやり取りが響く。


 入ってきたドアの横で僕が立ち止まり両手を上げると、エリシアはそれを一瞥して、客席の間を抜け舞台の方へ歩んでいった。


「護衛はアルディス様からのご配慮ですから、目をつぶってください」


「うーん、まぁロイスさまならいっかぁ」


 これがアルディスや他の攻略対象なら話は変わってくるだろうが、リアにとってロイスは空気みたいなものだ。


 静かに見守っているだけなら、いないのと同じだ。


「昨日のお礼ということでしたら、人払いなさることも無いと思いますが…」


「あはっ!そんなの口実ですよぉ。エリシアさまだってわかってますよね?」


 中央に置かれた赤絨毯の階段を上り、エリシアが壇上のリアと向き合う。


 エリシアは問いかけに返事をしないが、リアはニヤニヤしたまま続けた。


「きのう、エリシアさまが話してるの聞いちゃいました。前から変だなぁとは思ってたんですよぉ」


 思わぬリアの発言に、エリシアは動揺を隠すに必死だ。


 リアがエリシアの方に歩みより、下からその表情をのぞき込む。


「エリシアさま、転生者ですよね?シナリオのジャマばっかりして恥ずかしくないんですかぁ??」


「……何をおっしゃっているのか良く…」


「今さら隠したってムリですよぉ」


 あははははっ!とリアの可愛らしい笑い声がホール内にこだまする。


 もっと早い段階で、リアがそのことに気づいていても何の不思議もなかった。ここまで引っ張れたのはむしろ幸運だったとさえ言える。


 例えリアがはじめからエリシアの転生を知っていたとしても、やはり彼女はゲームのシナリオをなぞっただろうし、エリシアを退けることを選んだだろう。


「でも残念ですね?たくさんジャマしたのに、けっきょくアルディスさまはリアにメロメロですもん」


 コンコンッ。


 適当な壁をノックすると、二人の目線がざっとこちらを向いた。


 少し驚いた表情の後、リアはあからさまにその顔を歪める。


「リア嬢、一つ誤解があるようですので良いでしょうか?」


「……ロイスさまには関係ないでしょ?」


「いえ、そうでもありませんよ」


 営業スマイルを張り付けたまま、先ほどのエリシアと同じように客席を降りていく。


 高級な絨毯に吸われて、足音はほとんどしない。


 芝居がかったセリフ回しもそうだが、わざわざ講堂にエリシアを呼び出すあたり、本当にリアはヒロインとしての立場に酔っているんだろう。


「リア嬢が心配している"転生者"は、実は僕の方なんです」


「はぁ?!」


 ずいぶんとお行儀の悪いリアクションだ。


 訳が分からないと戦慄くリアの横で、エリシアも困惑した顔で必死に口を閉ざしていた。


「エリシア嬢には、君の恋路を邪魔するよう、協力してもらっていただけですよ」


「意味わかんない!モブのくせに何言ってるの?!…だいたい、何でロイスがリアのジャマするのよ!」


 壇上に上がり、リアの方に向き直る。


 顔を真っ赤にしたリアが、こちらを睨みつけている。


「それは勿論、君に恋をしてるから」


「え…」


「は?!」


 エリシアからも驚きの声が上がっていたけれど、いったん無視する。


 じりじりと後退するリアの方に、同じ速度で距離を詰めた。


「だってあんまりじゃないですか?トラックに轢かれた上、せっかく『インフィニティ学園』に転生したのに、まさかお助けキャラのロイスですよ?」


 僕のメタ発言に、リアが混乱していくのが分かる。

 転生者以外が『インフィニティ学園』なんてゲームタイトルを知っている訳がないのだから。


「どんなに頑張っても、君に見向きもしてもらえないなんて」


 ジリジリとにじり寄っていたが、後ろがあまりないと観念したのか、リアが後退をやめる。

 そのタイミングを見逃さず、距離を詰め、彼女の右手を握りしめた。


「でも創立パーティーの時は一緒に踊れて嬉しかったなぁ。あの後リアも僕に話しかけてくれるようになったしね。昨日だって、本当は僕はリアを抱きとめるつもりだったのに……エリシアが愚図だから」


 リアが握られた手を振り払う。


「触らないで!気持ち悪いっ!!!」


「"アルディスルート"はもう無理だよ?昨日の階段落ちが無効になったんだから、アルディスはエリシアの断罪には踏み出せない」


 断罪されないということは当然、婚約破棄も行われず、アルディスの正妻の座はエリシアのものだ。リアだって別に、愛妾になりたいという訳では無いだろう。


「僕のかわいいリアには、ぜひ"ロイスルート"を選んで欲しいな」


 リアの華奢な手が、僕の頬を引っ叩いた。

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