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第7話① 疑念

「ロイス……ちょっと良いかな?」


 アルディスが、珍しく落ち着いた声色でそう僕に話しかけた。生徒会の仕事を終えて、面々は寮に帰るための身支度をしている。


「どうかなさいましたか殿下?」


「うん…」


 アルディスははっきりと答えない。

 様子を窺っていたウィルソンに、そわそわと目配せをしている。


「……ではロイス、後は頼みますよ。私達は先に寮に戻りますので」


「え???アルディスさまはまだ帰らないんですか?リアさみしいです…」


「殿下にもご公務がありますので。貴女のことは私とレオンハイトで責任を持ってお送りしましょう。…ノエルも野次馬は控えてください」


「ちぇ〜、ウィルソン先輩はお堅いなぁ」


「おいノエル、分をわきまえろ」


 本当によく出来た側近だ。

 アルディスが直接口にしなくても、アルディスと離れたくないリアも、好奇心丸出しのノエルも、ついでに正義感に燃えるレオンハイトも、みんなまとめて引き取ってしまった。


「じゃあねみんな、また明日」


 一部不満そうな顔を引き連れたウィルソンを、アルディスが笑顔で送り出す。


 ドアが閉まった後もしばらくの間彼らの話し声が聞こえていたが、じきにそれもなくなり、何とも言えない空気と静けさが生徒会室の中に満ちた。


「……なんだか、こうしてロイスと二人で話すのは久しぶりだね」


 アルディスは休憩用のソファに移動して腰掛けると、こちらを手招きした。


 いつかエリシアとの仲を疑われたときにも似たことがあったが、その時のような拗ねた様子はない。

 今日のアルディスは物静かな雰囲気で、何か重大な問題を抱えているように見て取れた。


「殿下が人払いをするなんて、珍しいですね」


 促されるままアルディスの向かいの席に座る。

 他に人もいないので紅茶の一つも無いが、今出されてもただ冷たくなるのを待つことになるだろう。


「……リアがいたからね。彼女がそれを望んだ訳じゃないけど、やっぱりロイスには話しておこうと思って」


 アルディスが自分を鼓舞するように、一つ深いため息をつく。

 それから重い口を開いた。


「リアから相談を受けているんだ……エリシアからいじめられているって」


「……は?」


 アルディスから面と向かってそう言われて、一瞬頭が真っ白になる。


 卒業記念パーティまではあと二月ほど。

 その日にエリシアを断罪するつもりなら、リアだって当然事前の根回しをはじめるだろう。


「彼女の勘違いでは?嫌な噂も流れていますし、想像でエリシア嬢と結び付けているとしか」


「……ロイスならそう言うと思ったよ」


「少なくとも僕が同行している場面で、そういった行動はありません」


 普通に考えれば、エリシアと友人である僕の証言にはあまり効力は無いだろう。

 こればかりは、その友情よりもアルディスへの忠誠心が上回っていると信じてもらうしかない。


「……殿下は、リア嬢の言葉を信じているんですか?エリシア嬢がいじめをしていると?」


「僕だって疑いたくはないけど……」


 アルディスが頭を抱える。


 エリシアのざまぁ準備を目撃した日 ―― 少なくともあの日までの二人は仲睦まじい婚約者同士で、あの時のアルディスならきっと「勘違いだよ」なんて笑顔でリアをなだめただろう。


「エリシアといたリアが噴水に落ちたのを、たくさんの生徒が目撃してる。生徒会室に脅迫文も届いたし……それに」


 アルディスが胸ポケットから一つの封筒を取り出す。

 金の淵に瑠璃色の封蝋 ―― 王家の印章が押されたそれが、どこからの手紙なのかは容易に想像がつく。


「この前の誘拐事件、犯人たちは『エリシアの依頼でやった』と証言しているらしいんだ」


「なら尚更です。本当に首謀者がエリシア嬢なら、わざわざ自分の名を明かす訳がありません」


「そうだけど…。いじめなんてする時点で、正常な判断ができる状態とは思えないよ」


 リアを妬む第三者の仕業ならまだしも、リア自身が悪漢を手配するなら、当然その罪はエリシアに向くようにするだろう。


 雇われた男達は適当なタイミングで逃げ出す算段だったのだろうが、最終的に彼らが捕まることをリアは知っていたはずだ。


「では何なら信用に足ると?殿下はこれまでエリシア嬢と過ごした時間より、その犯罪者やリア嬢の言葉を信じるのですか?」


「リアが嘘をついてるって言いたいのかい?」


 アルディスの語気が強くなる。目に怒りの感情が滲んでいる。

 彼にとって、被害者を疑うなんていうのは許されない不道徳な行為だ。


「いくらエリシアを庇いたからって、リアを責めるのは間違ってる」


「では僕が庇わなくても済むくらい、殿下がエリシア嬢を信じてください」


 アルディスの返事はない。


 事前に僕に相談してきたところを見る限り、アルディスの中にも迷いがあるはずだ。


 でも今、アルディスの心は完全にリアの方に向いている。


 ここで何を言ったところで、僕の発言はすべて"エリシアの悪行を隠蔽するためのもの"と見なされ、それはアルディスに断罪を決意させるための材料にしかならない。


「公平な目で判断したいんだ……。犯人が仮にエリシアだったとしても、リアにそんな仕打ちをした人間を、僕は許すことができない」


 アルディスの目に宿る憎悪は、とても普段穏やかな彼のものとは思えなかった。

 ましてその感情は、エリシアに向かおうとしている。


「……ごめん、ちょっと取り乱しちゃったね。あぁ…リアのクッキーが食べたいなぁ」


「クッキーですか…?」


「ん?ああ、最近ロイスとはタイミングが合わないもんね。ときどきリアが差し入れに持ってきてくれるんだよ。……もちろんウィルソンやレオンハイトに毒見はして貰っているよ?」


 自分の顔がゆがむのを、必死に抑えた。


「……今回の話は、ロイスに言うことじゃ無かったね。ロイスにはこれからも、エリシアの力になってあげて欲しい」


 そう言うアルディスは笑顔だったが、彼には珍しく作り物の笑顔だった。

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