第6話① 違和感
「ご実家からですか?」
シェーンと待ち合わせたカフェテラスへの移動中、エリシアが僕の手元の封筒を見て尋ねる。
今朝方、寮の部屋に届いたものだが、読む暇がなく教科書の間に挟んだままだった。
「ウチの兄はあまり身体の強い方ではなくて、毎月のように手紙を寄越すんです。『また体調を崩したけど、妻と娘の愛で完全復活!心配には及ばないよ』っていうお決まりのノロケですね」
「ふふ。お兄様はお茶目な方なんですね」
エリシアが嬉しそうにくすくすと笑う。
新緑の木漏れ日が、キラキラとその横顔に揺れていた。
「先日の…舞踏会のリア様のドレス、本当に素敵でしたね。ゲームで見たときから憧れていたんです」
舞踏会から1週間ほど経ったが、リアのドレスを切り刻んだ犯人はまだ捕まっていない。というか、自損事件であれば捕まるはずがないのだけれど。
「エリシア嬢の黒もとてもお似合いでしたが……もしかして本当は”可愛い系”がお好きなんですか?」
エリシアは返事をせずに、困ったように笑ってみせた。そういうことなんだろう。
「ロイス様は違うのですか?」
「と、いうと?」
「リア様と踊ってらしたじゃないですか」
…まさかエリシアから、その事について言及があるとは思わなかった。
実際あの後、レオンハルトとノエルからはネチネチと嫌味を言われた。リアが壮大な打算と妥協から僕の誘いを受けたなんてことは、彼らには知る由もないのだ。
「成り行きとヘイト管理の為ですが……僕も一人だったんです、仕方ないじゃないですか」
「私も男性だったら、やっぱりリア様をお誘いしたと思いますよ?」
「ですから…」
「エリシア様!お待ちしておりましたわ」
言いかけたところでシェーンが合流し、反論の機会を奪われる。別にエリシアも、僕がリアに気があると本気で思っている訳ではないだろうから、無理に弁明するような事でもない。
「ロイス様、送ってくださってありがとうございます。生徒会のお仕事も頑張ってくださいね」
◇
エリシア達と別れ、生徒会室に向かう。
一応ノックをしてから中に入るが、そこには誰の姿も無かった。そもそも今日は書類仕事の為に来たのであって、会議の予定がある訳でもない。
会計としての仕事に加えて、エリシアの護衛として行動する時間が多くなり、最近ではアルディスの随行はもっぱらウィルソンとレオンハイトが努めている。
部屋の中に僅かに残る、甘い香りが鼻をかすめた。入れ違いになっただけで、だれかがお茶でもしていたのだろうか。
コンコン。
控えめなノックの後、間を置かずにドアノブが回る。振り返ると、ひょこりと顔を出したのはリアだった。
「あ、ロイスさまいた!」
僕の姿を見つけて、リアがニコリと笑う。
「リア嬢、どうしました?今はアルディス殿下も、他のメンバーもいませんが……」
「だから来たんですよぉ。ロイスさまにこっそり聞きたいことがあって」
下心の無い軽快さが逆に怖い。同じ生徒会にいながら、先日まで僕の名前をもろくに呼んだこともなかった彼女が、一体何の用だというのだ。
「アルディスさま、リアのことを何かおっしゃってました?」
「……は?」
―― ロイス・エッケンベルクはプレーヤーをサポートしてくれる『お助けキャラ』です。
いつかのエリシアの説明が思い起こされる。もしかしなくてもリアは、僕に『お助けキャラ』としての役割を期待しているのだ。
「だから、アルディスさまです」
「…あぁ……舞踏会のドレスには、大変感心されてましたね。翡翠色は殿下のお好きな色ですし」
頭はまだ混乱したままだが、とりあえず当たり障りの無い返答を返しておく。
完全に油断していた。
これまで見事にリアに無視され続けていたので、まさかお助けキャラとして頼られる日が来るとは。こんなことなら、エリシアに予めゲームでの立ち回りを聞いておけば良かった。
「他には?リアがヒドい目にあったのに。アルディスさまは、まだエリシアさまのこと……ううん。リアのコトを心配したりしてませんでしたか?」
「今回の舞踏会でのリア嬢の被害を、殿下はご存知ないと思いますよ?」
リアの表情が訝しむようなものになっていく。当然ゲームではこんな返答ではないのだろう。
「そう……エリシアさまのせいって知らないのね」
リアの小さな独り言に、気味の悪いものを感じる。彼女の中では「自分がアルディスに好かれること」と「エリシアがアルディスに嫌われること」は、同じだけの重さを持っているのだ。
「ありがとうございます、ロイスさま。また色々と教えてくださいね?」
なんの感情もこもっていない、形式だけの笑顔だ。
僕の中のリアへの感情の何割かは、同族嫌悪というやつだろう。




