第5話③ 舞踏会
会場に着くと、既に多くの生徒が歓談していて、賑わっている。
学生が主体の舞踏会という事で、普段の社交場に比べるとかなり緩い雰囲気だ。
「今年も一人で来たのか」
仏頂面のレオンハイトに声をかけられる。
剣技大会以降、更に険悪な関係になるのも覚悟していたが、試合後のリアの華麗なフォローによって彼のメンタルと面子は何とか保たれたらしい。その時のリアの行動スピードと判断の的確さは、思わず拍手を送りたくなるほどだった。
「そう言うレオンハイトは?ご婚約者の姿が見えませんが…」
「彼女は向こうで友人と歓談している。何やらウィルソンが慌ただしくしているから、その加減もあるんだろう」
レオンハイトの婚約者とウィルソンの婚約者は、割と仲が良いらしい。パートナーが離席中の令嬢を一人には出来ないと、友人同士グループで動いているのだろう。
「先輩方。レディも連れずに男二人で、周囲に怪しまれますよ?」
そう言ってくすくす笑いながら登場したノエルはというと……案の定と言うか、4、5人の令嬢を引き連れている。仮にも舞踏会だと言うのに、異様な光景だ。
「お前は連れすぎだ」
「理不尽な世の中ですね…」
「僕にはとても、花と蝶のどちらが美しいかなんて決められないので」
令嬢同士、なぜ乱闘を起こさないのかは疑問でしかない。
令嬢たちは「ノエル様ったら」「近くにられるだけで光栄ですわ」なんて口々に言っているので、満更ではないのだろうが。
「そろそろ始まりますが……リアとウィルソン先輩の姿がありませんね?」
不意に、会場がざわつく。
周囲の視線が一斉に会場の入り口に注がれた。
「……素敵…」
どこからともなく、そんなため息交じりの声がする。入り口には、ウィルソンにエスコートされたリアの姿があった。
胸元から膝上までの鮮やかなエメラルドグリーンは、おそらく今回被害に遭ったドレスがそのまま使用されているのだろう。長さを補う純白のスカートには繊細なレースがあしらわれていて、バランスを取るように、白い生花がコサージュの役割を果たしている。
赤い髪に全身エメラルドグリーンは、いささか派手なのでは思っていたが、見事な仕立直しでリアによく似合うドレスになっていた。
「……無事に間に合いましたね」
「ありがとうございますウィルソンさま。リア、こんなステキなドレスで踊れるなんて夢みたいです」
悲劇のヒロインであるリアの目には涙が滲んでいる。ウィルソンは多少疲れた様子だが、そんなリアを前に幸せそうだ。
「リア様!本当に良かった…。ああ、なんて素敵なドレスなのかしら」
友人の令嬢達が、リアに駆け寄る。
「ボロボロになったドレスを見たときはもう駄目かと…」
「それはしかたないの。リアなんかと同じ色のドレスじゃ、エリシアさまが怒ってしまうのもムリないもの」
殊勝な態度を装っているが、よくもまぁ上手くエリシアに矛先を向けるものだと呆れてしまう。
リアに注目していた周囲の人間たちは、当然彼女の発言を聞き逃すことない。会場が、ざわざわと不穏な空気に包まれていく。
―― またエリシア嬢が?
―― 色が被ったくらいで、なんて酷いことを
―― お可哀そうに
―― でも、なんて素敵なドレスなのかしら
『第二王子殿下のご入場でございます…!』
ウィルソンとリアが僕らの側にたどり着いたのを見計らったように、おもむろに侍従の声が響く。
音楽が止み、ファンファーレが鳴った。静寂の中、会場の人々が一斉に礼をとる。
アルディスと、彼にエスコートされたエリシアが入場する。
「え……」
リアから小さく声が漏れた。
なるほど、黒だ。
エリシアが身に纏うのは、彼女の凛とした空気を引き立てる黒のドレス。
華やかに施された金の刺繍はアルディスの髪の色を連想させ、格調の高さをまざまざと見せつけている。髪は結い上げられ、すらりと続く首筋と胸元には金のネックレス。
そしてその中央に輝くエメラルド。
リアのドレスと絶対に被らないようにと、注文をつけたのは僕だけれど、なるほどこれは幼い顔立ちのリアには到底着こなせないドレスだ。
エメラルドグリーンと白を基調としたリアのドレスとは、程遠い。
――あら…?
――色が被ったって……
周囲の視線が、控えめにエリシアとリアを見比べている。
騒ぎ立てるような場面ではない。
でも、これ程までに似ても似つかないドレスでは、「ドレスの色が被ったからエリシアが怒った」なんて話は筋が通らない。
因みに、エリシアをエスコートするアルディスは見事なドヤ顔で、美しい婚約者の姿に自慢げだ。
エリシアの話では、あのネックレスはアルディスから贈られた大切なものだそうだ。その思い出の品が最も映えるようにとコーディネートされた今日の装いは、十分なサプライズになっただろう。
アルディスとエリシアが中央に到着すると、おもむろに楽団の音楽が再開した。
「ねぇみんな、今日のエリシアは特別綺麗だろう!?」
生徒会の面々を見つけたアルディスが、こちらに声をかける。エリシアの姿を早く自慢したくてウズウズしていたらしい。
「本当にお美しい。リアが春の妖精なら、エリシア様はさながら夜の女神のようですね」
ノエルがいつもの調子で返す。
アルディスは、ノエルの言葉ではたと気がついたように、視線をリアの方に向けた。
「うわ……本当だ…。そのドレス、とても似合っているねリア」
ストレートなアルディスの台詞に、リアが顔を赤らめる。迷わず一歩前に踏み出すと、リアはアルディスに向き直り一際綺麗に笑った。
「ありがとうございます、アルディスさま。……リア、こんなステキな舞踏会に来れて、とって幸せです」
リアを見るアルディスの表情はどこか惚けている。
「まさか」と言うのはおかしい。事前にエリシアからそうなると聞いていたのだから。
でも、本当にまさかだ。
「リア、良ければ僕と一緒に踊ってくれるかい?」
差し出された手に、周囲の空気がざわつく。
まだ開会前だ。誰も声は上げない。
それでも、リアのエメラルドグリーンのドレスが嫌でも目についた。
「……殿下、エリシア嬢がお待ちですよ」
小声でそう耳打つと、アルディスはハッとして手を引っ込めた。
今日の主役であるアルディスは、この後王子としてファーストダンスを務める。当然、パートナーは婚約者であるエリシアでなければならない。
「あはは、そうだったね。ごめんねエリシア」
流石のアルディスもばつが悪そうだ。
この展開を唯一覚悟していただろうエリシアは、困ったような笑顔で事態を受け入れている。
「一曲だけご辛抱ください、アルディス様」
エリシアの視線が僕の方を向くことは無い。
学園長が開会の宣言をして、続けて王家の…そして生徒の代表としてアルディスが挨拶を続ける。
楽団の演奏は華やかなワルツに切り替わった。
アルディスに差し出された手を、エリシアが迷いなく受ける。二人はゆったりと会場中央に進み、優雅に踊り始める様は流石の美しさだ。
「え……じゃあリアはどうしたら…」
アルディスとエリシアを囲む人垣の中で、リアが真っ青な顔をしている。ゲームのストーリーの通りなら、今あそこで踊っているのは自分のはずなのだ。
曲の終盤になれば、他の学生たちもダンスに加わることになる。正式なパートナーを持たない彼女は待ちぼうけを喰らう形になるだろう。
ファーストダンスの為の曲が、いよいよ終盤に差し掛かる。
「リア……もし良ければ私と…」
「ウィルソン」
言いかけたウィルソンを、レオンハイトが静かに静止する。二人とも婚約者のある身だ。
リアの為にここまで奔走したウィルソンには気の毒だが、主である王子が「ちゃんと順序を守れ」と諭されたのに、側近が同じ過ちを犯すわけには行かないだろう。
リアをダンスに誘いたいのは何も彼ら二人だけでは無いようで、周囲の男達がタイミングを窺っているのが分かる。……ちなみにノエルもその一人のようだが、引き連れた令嬢達にがんじがらめにされているので、彼が参戦することは無いだろうが。
エリシアと踊るアルディス。正式な婚約者の元に向かうウィルソンとレオンハイト。一向に自分の元には来てくれないノエル。
自分の置かれた状況を理解したリアが、暗い顔をして俯く。
このまま再度アルディスが誘いに来るのを待つのも選択肢だ。ただ恐らくそれよりも先に、彼女にはその辺りの有象無象から声が掛かるだろう。
それはあまりにも、乙女ゲームのヒロインとして美しくない。
「リア嬢、一曲お願いできますか?」
リアが僕のことをまともに見たのは、多分これが初めてだ。まさかの展開に目を丸めて、口をぽかんとあけている。
そう言えばお助けキャラだったなと思い出し、例の笑顔で右手を差し出して、少し首を傾げてみせる。
「え…ぁ……」
視線を泳がせるリアの心中が手に取るように分かった。
お目当ての男達はみんな行ってしまった。
他に自分を誘いそうな人間の家の格は?
顔は?
一番映えそうなのは?
これを断ったら、もしかしてぼっちなんじゃ?
コンマ数秒の間に行われる品定めだ。
「よ、よろこんでロイスさま…」
数々の妥協の末、震えるリアの手が重なる。彼女のお眼鏡に適ったとは思えないが、"生徒会役員"という肩書きが、他よりはいくらかマシに映ったのだろう。
「僕の名前をご存知でしたか?」
「あ、あたりまえじゃないですかぁ…」
ファーストダンスの為の演奏が終わり、フロアが開放される。周囲で控えていた生徒たちも一斉に踊り出す。
一歩、二歩。音楽に合わせて、円を描くように滑り出す。
視界の隅でリアのドレスが揺れる。ウエディングドレスを思わせるような純白と、輝く翡翠色。
「ロイスさまには…嫌われていると思っていました」
「生徒会の仲間なのにですか?」
リアにとっては憧れのダンスパーティだろうに。ステップを踏む彼女の顔は引きつっていて、とても楽しそうには見えない。探るような視線で僕の表情を読もうとしている。
「エリシアさまはリアのことを嫌っているし……あなたはエリシアさまの味方でしょ?」
「考えすぎですよ。今だって、純粋に貴女と踊りたくてお誘いしたんですから」
中央では、金糸に彩られた黒のドレスが回っている。若い男女ばかりの場で、一人漆黒のドレスを纏うのは、いささか勇気がいったのではと思う。
不意に、アルディスと視線が交錯した。すれ違いざま、彼はリアの鮮やかなエメラルドグリーンに目を奪われていたのだろう。
―― 一曲だけご辛抱ください、殿下。
深い意味は持たなかったのかも知れない、エリシアの一言が思い出される。
「それに、エリシア嬢は、貴女を嫌ってはいないと思いますよ?」
アルディスを真っ直ぐに見つめるエリシアには、彼の視線がどこに移ろったのか、確かに分かっただろう。
それでも、この瞬間を惜しむように、丁寧にステップを踏み続けている。




