第5話② 不穏
学園の休日、天気のいい午後。その日は珍しく、王都の繁華街に出ていた。
もちろん一人でではない。エリシアとシェーンが人気の菓子店に行くと言うので、"友人という名の護衛"として同行する形だ。
「ロイス様、この間は本当にヒヤヒヤしましたわ…」
ティーカップから口を離したシェーンが、苦々しい顔でそう言った。"この間"というのは、当然剣技大会のことだろう。
エリシアとシェーンは、見ているこちらが胸焼けしそうな大ぶりのケーキをぺろりと平らげ、今は口直しの紅茶を楽しんでいる。
「具体的なものとして明言してしまえば、興が逸れるかと思いまして」
「だからって…」
「確かに、あの時もし殿下が『護衛に』と明言されなかったら、花はシェーン嬢に渡さざるを得なかった訳ですが」
「ひっ…!!」
「ひっ」って……。顔を青くして悲鳴をあげるシェーンに、隣でエリシアがくすくすと笑っている。そのリアクションはいくら僕でも傷つく。
シェーンは小さく咳払いをして居住まいを正すと、まだ少し眉間に皺を残したまま、改めて口を開いた。
「……でも…貴方がエリシア様のために動いてくださっているのは分かりましたわ」
菓子店を出た後、家庭の用事があるということでシェーンとはそこで別れることになった。
迎えに来た執事を待たせて、「大通りを歩いて、真っ直ぐお戻りになること!」と僕に言い聞かせてくる辺りは流石である。
「ふふ、シェーンったら面白い」
彼女の後ろ姿を見送りながら、エリシアが嬉しそうに言う。
「それだけ貴女のことが大切なんでしょう」
「アルディス様と一緒にいらっしゃるときのロイス様も、あんな感じですよ?」
「………やめて下さい」
エリシアはご機嫌で、まだくすくすと笑っている。
先ほどのケーキが余程美味しかったのか、もしくは人の目だらけの学園から出て気が抜けているのか。今日の彼女は随分と柔らかい物腰でリラックスしているように見えた。
シェーンの指摘は的確だ。あれが無ければ、きっと良く考えもせず「気晴らしに寄り道でも」なんて提案していたかも知れない。
学園までの大通りを、寄り道はせず、ただいつもより少しゆっくりと歩く。
不貞の噂に剣技大会にと、しばらく忙しなかったが、次のイベントとなる創立記念の舞踏会までは、少し時間に余裕があるはずだ。
「そう言えば、まだ詳細を伺ってませんでしたね。創立記念日のイベントでは、舞踏会の前夜にドレスが切り刻まれる……という話でしたよね」
「はい。このエピソードはウィルソン様が中心のもので…」
エリシアの話では、パーティ前夜にドレスを切り刻まれたリアの為、ウィルソンがその知性と人脈を駆使して代わりのドレスを用意するというストーリーらしい。
普通に考えれば、公爵家の財力で一発だと思うが、リアのドレスは母親の形見だとかなんだとかで、そのドレスをベースに、より華やかなものに仕立て直すのだとか。
「普段クールなウィルソン様が奔走される姿はもちろんですが…。
舞踏会でヒロインはアルディス様にダンスを申し込まれて、ウィルソン様は辛い胸の内を隠してそんな二人を送り出すんです。そんな切ない展開が大人気のエピソードなんですよ…!」
このイベントに何か特別な思い入れがあるのか何なのか、説明するエリシアの声に熱がこもる。あまり意識して無かったけれど、そう言えば彼女はこのゲームのファンだったな…。
「ドレスを切り刻んだのは確かに悪役令嬢なんですか…?」
「リア様の用意されたドレスがエメラルドグリーンで、エリシアのドレスと色が被ってしまうんです。それに腹を立てて…と」
「ああ、エメラルドグリーンはアルディス殿下の瞳の色ですからね」
婚約者のエリシアがエメラルドグリーンのドレスを着るのは、自分がアルディスのパートナーであるという主張でもあるはずだ。そんな特別な色を恋敵が着るとなれば、当然良い気はしないだろう。
「何とかリア様のドレスが切り裂かれたりしないようにしないと…」
「エリシア嬢?」
「仕立て直されたドレスも素敵でしたが、お母様の形見ですもの…。何も無いのが一番です」
「貴女がしないなら、ドレスは無事では?」
僕の言葉に一瞬エリシアが固まる。
それから一拍遅れて意味を理解すると、かっと顔を赤を赤くして縮こまってしまった。
「そうですね!私がエリシアなんですから…!」
「貴女の犯行に見せかけた第三者、という可能性が無いとは言いませんが……。変に近づいて証拠を残すのだけは止してくださいね?」
エリシアは自分の失言を恥ずかしそうにしていたが、リアのドレスに被害は及ばないのだと気付いて少しホッとした面持ちだ。
個人的には十中八九、"リアの自作自演"によりドレスは切り刻まれると思うが、今のエリシアにそれを言うのは憚れる。
「エリシア嬢はもう当日のドレスを用意されたのですか?」
「私の、ですか…?今年はまだ…もうすぐいつもの仕立て屋さんが採寸にお見えになるはずですが」
「でしたらまだ間に合いそうですね」
「間に合う、ですか…?」
「アルディス殿下なら、きっと喜んでくださいますよ」
◇
学園の創立記念日、当日。
午前の式典では、生徒会として忙しくしていたが、それも昼過ぎにはお役御免となった。舞踏会は創立者である王家の主催だったし、会場には正式な警備がしかれるため、護衛としての役割も無い。
女性陣は当然身支度に忙しく、男達はそれぞれのパートナーを迎えに行く為にそわそわと時間を気にしている。
……僕のようにパートナーのあてもなく、一人暇を弄んでいる奴は稀だ。
「ロイス…!」
身支度を終えたアルディスに声をかけられる。
式典では生徒会長として、舞踏会では主催である王家の人間として、今日の彼は大忙しだ。
「ふふ。これからエリシアを迎えに行くところなんだ」
忙しさにげっそりしているかと思ったが、アルディスは何やらいつもに増してご機嫌な様子だった。それがエリシアの"ちょっとしたサプライズ"によるものなら、願ってもないことだ。
不意に、嗅ぎ覚えのある甘い香りがする。
「アルディス殿下、今日は一段とご機嫌ですね。……もしかしてお酒でも飲まれましたか?」
「飲んでない!飲んでないよ!!この後ちょっと楽しみなことがあって……そんなに顔に出てたかなぁ」
アルディスは自分のにやけ顔を何とかしたいのか、自分の頬をひっぱったり潰したりと慌ただしい。仮にも一国の王子の顔にそんな無体を働くのはどうかと思うが、やっているのは本人だし、アルディスだから諦めよう。
「生徒会のみんなには、いつも僕のために動いてもらってばかりだからさ。今日くらいはゆっくり羽根を伸ばしてね」
「暇すぎて、早速落ち着かなくなってきたところですよ」
「今日は僕のお守りは無いんだ。ロイスだって誰かにパートナーを申し込んで良かったのに…」
「断る側の気苦労を思うと、そういう気にはなれませんね」
本気でそう思っているのか、アルディスは「OKがもらえるかも知れないだろ?」と少々不満気だ。
アルディスにはそろそろ、自分がロイス・エッケンベルクのことを過大評価していると気付いて欲しい。
「さぁ殿下、こんなところで油を売っている場合ではありません。エリシア嬢がお待ちですよ」
「うん。じゃあロイス、会場でね」
去り際に手を振るアルディスはやはりご機嫌で、大盤振る舞いの王室スマイルに、近くにいた女子生徒から感嘆のため息がもれていた。
――信じられない!そんな事までするなんて…!!
会場まで間もなく。不意に、女性の悲劇的な声が聞こえた。
声の方を見やると、いつか生徒会室に忍び込んでいた、リアの友人であるご令嬢が、険悪な顔で数名の女子生徒と何やら話している。
「ドレスの色が被ったのが気に入らないからって…。いくら婚約者だからって、そんな方に殿下の瞳の色を着る資格は無いわ!」
「亡くなったお母様の形見のドレスなんでしょう?リア様お可愛そう…」
「リア様ったら、泣きながら『エリシア様を責める気は無い』っておっしゃるのよ?なんて健気な方なのかしら」
ああ。エリシアが手を下さなくても、予定通りリアのドレスは切り刻まれたのだ。
なんの証拠も無いだろうに、エリシアを犯人と決めつけて非難轟々だ。例えその晩のエリシアに強固なアリバイがあったとしても「手先にやらせた」と言い張るつもりなのだろう。
令嬢たちは周囲の人間の耳に入るよう、声を荒げ、噂を流すのに忙しそうだ。
「エリシア様がこんな酷い方だったなんて……家の都合で婚約させられているアルディス殿下がお気の毒だわ」
不意に件の令嬢と目が合った。
自分がどんな顔をしていたのかは分からない。
余程悪役めいた表情だったのか、それとも先日の記憶と照合が取れたのか、令嬢は怯えた表情でさっと視線を外した。
「皆さま、そろそろ会場に向かわなくては…。リア様のドレス、何とかなると良いのですが…」




