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長旅

「何故よりにもよってマジョルカニス家が来るんだ!それに兵を出せだと!」

 ローディー・ミランが怒鳴り声を上げるのも無理はない。今、ミラン家は最大の危機を迎えていた。党首であるベルガー・ミラン伯爵が戦死、暫定的であるが息子のローディー・ミランが家を取り仕切っていた。

 王都に救援要請し駆け付けたのはミラン家が忌み嫌うマジョルカニス家の子息であった。しかも三十人程度の小隊しか引き連れていない。ローディーはこれはマジョルカニス家の嫌がらせなのかと勘繰ってしまった。

 実際の所はマジョルカニス家が嫌がらせをされてミラン家はそれに巻き込まれているだけである。中央の貴族は辺境のミラン家の事などどうでも良かったのだ。マジョルカニス家の力を削ぐ事しか考えていなかった。

 執事からの報告に憤りフンフン鼻息を荒くしているローディーに執事は恐る恐る口を開いた。

「どうなさいますか?」

 執事の質問にローディーは間髪入れず断言した。

「兵は出さない!この領都守る為に必要だからな」

 

「何だと!これはガルバル将軍からの命令だぞ」

 ミラン家の屋敷の前で大声を上げたのはベルギウスである。

 数日かけてミラン領の領都に着き、その足でミラン邸に向かったところ兵は出せないと言われたのだ。

 それどころか屋敷の中にも入れてもらえず玄関の前で執事が対応する無礼っぷりにベルギウスは怒り心頭であった。

 そんなベルギウスを説得するように執事は弁明している。

「ですがミラン領の騎士団は先の戦闘で壊滅的な被害を受けました。残る兵を集めてこの領都の防衛にあたっているのです。そちらに兵を割く余裕はありません」

 ベルギウスに対して必死に言葉を紡いでいる執事だがベルギウスの圧に圧倒され心が折れかけていた。そもそもこの執事はミラン家とマジョルカニス家の確執なんて関係無い。ただの雇われの身である。ベルギウスが怒鳴ってくるのは理解できるが自分に言わないでくれと心の中で叫んでいた。

「救援要請を出したのはそちらであろう」

「ええ、ですから戦力が無いから救援要請を出したのです。我々は何も出来ません。ここを守るのに精一杯なのです」

 なにを言っても兵を出せないと突っぱねる執事に対してベルギウスは我慢の限界を迎えていた。今にも屋敷に乗り込みそうなベルギウスを後ろで聞いていたシリウスが声をかけた。

「ベルギウスもういい」

「ですがシリウス様」

 シリウスはベルギウスの前に出た。執事に緊張が走るが「時間を取らせた、失礼する」と言い残しシリウスは帰っていった。

 執事は緊張の糸が切れ、大きく息を吐いた。これで何とかローディーの命令を果たせたからだ。領内で暴れているスウィストフ兵の事は何も解決していないがそれも執事には関係ない事であった。

 屋敷の外に停めてあった馬車にシリウスとベルギウスは乗り込んだ。シリウスに着いてきたベルギウスだがその顔は納得していない。

「いいのですか」

「どうせこうなるだろうと分かっていた。だから今回の任務はただの偵察だ」

 シリウスは改めてこの遠征の目的を伝えた。

 それを納得したか分からないがベルギウスは憤りながら話している。

「この事は将軍にも伝えておきます」

「将軍も何も出来ないだろ。今は魔法使いの権力が強過ぎる。何のお咎めもなく終わるだろう」

「軍隊内の力関係は知っておりましたがまさかここまでとは……国が侵略されているのに……」

「そもそもは私の父が要らぬ争いの種を振り撒いているのが原因だ。甘んじて受け入れよう」

「なら何故シリウス様をこの任務に?」

「それも貴族のゴタゴタだ」

「……何と言いますか」

 あまり貴族に対して滅多な事を口にするのは危ない事だがベルギウスはどうしても言いたかった。

 ――貴族は下らない事ばかりしている、と

 口をパクパクさせ心の声を言いそうになるベルギウスを見てシリウスは優しく諭した。

「まあ、それは胸の内に秘めておけ。何処で誰に聞かれているか分からないからな」

「分かりました」

 そもそも目の前にいるシリウスも貴族だが、ベルギウスはその事をすっかり忘れていた。数日共に行動してシリウスに親しみを持ち、そして貴族であるのにそんな役回りをさせられ同情すらしていた。今ではシリウスを貴族というより良き上官としてベルギウスは認識していた。

「それよりもミラン兵が当てにならないのならこちらで情報を集めるしかない。この街にも何か知っている者くらいいるだろう」

「シリウス様は宿でお待ち下さい。我々で何としてでも有力な情報を集めてきます」

「そうか、ならお言葉に甘えよう」

 ベルギウスは御者台に座る兵に宿に向かうよう伝えると、馬車はゆっくりと動き出した。


 その夜、シリウスの為だけに用意された高級宿でベルギウスは報告をしていた。

「行商人の証言によると敵兵はスウィストフ王国の者で間違いないらしいです。今はここから東の村に向かっているらしいです」

 ベルギウス始め小隊が手分けをして手に入れた情報は信憑性のある重要なものだった。

「目的は何か分かったか?」

「スウィストフは今年酷い飢饉らしくおそらく食料の略奪が目的かと。領地も占領もしていませんし、こちらに何か要求もありません」

「飢えれば兵士も略奪するのか」

「情報を元に敵の足取りを部下が追っていますので、発見出来れば明日には出発し戦闘に入るかと」

「あくまで偵察だ。こちらは期待していた戦力がいないからな」

 少しばかり勇足なベルギウスにシリウスは改めて任務の方針を伝えた。

「分かりました。周知させます」

「そうしてくれ」

 これで話は終わったかと思ったシリウスだがなんだかベルギウスはまだ話したそうにしている。すると少し間を置いてベルギウスが質問をしてきた。

「一つよろしいですか?」

「なんだ?」

「もし偵察だけで終わり王都に帰還するとシリウス様の立場は悪くなるのですが、それでも良いのですか?」

 ここまでシリウスは随分とベルギウスとその小隊を気にかけていた。そんなシリウスをベルギウスは心配していたのだ。

「私は貴族としての誇りとやらを持ち合わせていないからな。貴族連中に馬鹿にされても死ぬよりはよっぽどいい。それに立場がどうなろうとマジョルカニス家の存続には何も問題ない」

「そうですか。差し出がましい事を言い申し訳ありません」

 ベルギウスは深く頭を下げてシリウスに謝罪した。貴族の心配をするなど侮辱とみなされてもおかしくないがシリウスは気にしていない。

「別にいいさ。だからベルギウス、私の目の前で死なないでくれ。君も生きて帰るんだ」

 シリウスの言葉にベルギウスは思わず黙ってしまった。貴族であるシリウスが話しかけているのに口をポカンと開けたまま微動だにしない。

「どうした?」

 シリウスが問いかけてやっと我に帰ったベルギウスは慌てて喋り出した。

「いえ、幼い頃から国の為に命を捧げろと言われて育ってきたので……まさかそんな事を言われるとは……考えもしませんでした」

「そうか、それは悪かった。君の軍人としての誇りを傷付けてしまって」

 シリウスが謝罪をするのを慌ててベルギウスは止めた。

「いえ!違います!驚いただけです!自分の視野が狭かった事に」

「ならいいが」

 必死に誤解を解いたベルギウスは額に汗をかき焦りながら話を切り上げた。

「では失礼します!」

 ベルギウスはいつも軍人の鑑なような振る舞いをするが今は何だかぎこちなく部屋を出ていった。

 ベルギウスが去り静かになった部屋の中でシリウスは一人だけである。

「彼もまた家に縛られているのか……」

 シリウスは寂しそうに部屋に飾り付けられた花を見ながら呟いた。

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