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出立

シリウスはベルギウスに抱いた第一印象を思わず口にした。

「私が言うのもなんだが、随分と若いな」

 小隊を任されるとなればそれなりに経験がある兵士である筈だが、ベルギウスは成人を迎えたばかりに見えた。

「心配なさるのも無理はありません」

「すまん言葉が足りなかった。その若さで小隊長を任せられるとは優秀なのだろう」

「ありがとうございます。騎士の家系ですので幼い頃より訓練を受けております」

 これにはシリウスも納得した。ただの兵士ではなく幼少期からその道の教育を受けているならこの若さで小隊長になるのも頷けた。

 そして同時にその道しか選べなかった事にシリウスは少し同情し自分と重ね合わせた。

「そうか、頼りにしている」

「はっ!」

 ベルギウスは力強く敬礼した。

「それで私はこれから何をすればいい?」

「小隊が西門で待機しています。準備がお済みでしたらそのまま向かいますが」

「こちらは問題ない。荷物を積み込んだら直接向かってくれ」

「分かりました」

 シリウスとベルギウスが簡単な自己紹介を済ませると屋敷の中から旅行鞄を持った執事と魔法杖を持ったミルザが出てきた。

「御坊ちゃま、荷物をお持ちしました」

「お兄様、杖です」

 執事が馬車に鞄を積み込んでいる間にシリウスはミルザから杖を受け取った。立てるとシリウスの肩の高さまである長い杖は先端が膨らんでいる独特な形状をしており、歩行の補助をする実用性は皆無に見えた。

「ありがとう。紹介しよう、今回の任務で私の護衛をしてくれるベルギウスだ」

「初めましてミルザ・マジョルカニスです。兄をよろしく願いします」

 ミルザは貴族の淑女らしく美しい挨拶をした。先程はまで取り乱していた少女とは思えない完璧な作法である。

「ご紹介に預かりましたベルギウス・オリオーヌです。ご安心下さい、シリウス様は必ずお守り致します」

 ベルギウスはミルザに力強く断言した。ベルギウスが断言したからなのかミルザの表情はほんの少しだけ和らいだ。

「では行ってくる。ミルザ、家の事を頼む」

「はい、兄様が帰って来た時の為にしっかりと守ります」

 シリウスは馬車に乗り込み、ベルギウスは御者台に座り手綱を握った。

「出発してくれ」

「はい!」

 シリウスが指示をするとベルギウスは手綱をしならせて馬に合図を送った。馬車はゆっくりと動き始めマジョルカニス邸を後にした。

 ミルザはその場に立ち尽くし馬車が遠く見えなくなっても見送っていた。

「お嬢様、中に入りましょう」

「はい……」

 ミルザは執事に促されようやく屋敷の中に入っていった。それでも何度も振り返り何もない道の向こうを見つめていた。

 馬車は貴族が乗る為に作られた高級感溢れる物であり、中はすこぶる快適であった。

 シリウスは御者台に座るベルギウスに話しかけた。

「今回の遠征はその第八小隊だけなのか?」

「はい、後は現地でミラン領の兵士と合流します」

 現地でミラン領の兵士と合流するとはいえ戦争をするのに小隊一つとは明らかに戦力不足である。

「随分と相手を低く見積もっているのだな」

「敵戦力が分からないのに大隊は組めないと……その急遽方針が変わり……私も突然のことで」

 ベルギウスは自分の落ち度のように申し訳なそうに話しているがシリウスには心当たりがあった。

 病で動けない当主の代わりに戦力不足のまま戦地に向かう実践経験の無いその子息。ここでこの遠征が失敗すればマジョルカニス家の影響力は地に落ちるの明白であり、シリウスが戦死しようものなら後継者が娘のミルザだけになり最悪マジョルカニス家はお取り潰しになる可能性すらあった。

 国が侵略されているのに中央の貴族は権力争いに夢中であった。その事は軍を纏めるガルバル将軍も重々承知であったが魔法が使える貴族に対して軍は立場が弱く、渋々従うしかなかったのである。

「どうせ他の貴族の横槍だろう。すまんな、貴族の下らない争いに巻き込んで」

「いえ、私は下された命令に従うまでです」

「感謝する」

 王都の大通りを馬車は西門に向かって進んでいく。馬車の窓から見える通行人はここから遠くの地で戦争が起きているなど微塵にも思っていない。そこ笑っている少年も今すれ違った馬車の中にはこれから死地に向かう魔法使いが乗っているなんて考えもしないだろう。

 馬車は西門を潜り王都を出た。その少し先に第八小隊が待機していた。

「着きました。出来れば部下に一言お言葉をお願いします。急に規模を縮小され動揺しておりまして」

「それくらい構わない」

 シリウスが馬車から降りると兵士達は既に整列してシリウスを待っていた。ざっと見たところ三十人程の部隊である。その後ろには四台の質素な馬車が並んでいる。

 いくらミラン領で兵士が増えると言ってもこの戦力で戦争をしろとは無理があった。魔法使いがいても圧倒的戦力差の前ではどうする事も出来ない。

 シリウスは整列した兵士達の前に立った。その顔を見ると確かに不安そうな表情をしていた。

「私が今回の遠征に同行する魔法使いシリウス・マジョルカニスだ。見ての通り今回は敵の殲滅ではなく偵察を目的とした遠征である。我が国に有益な情報を持ち帰る為に生きて報告する事を心がけるように」

 まさかの言葉に兵士達はどう反応したらいいか分からなかった。兵士達は敵兵と戦闘を行うと聞かされ出発直前に突然部隊を減らされた。そして同行する魔法使いから偵察だと言い切られた。

 もはや何を信じていいのか分からない兵士達は縋るように小隊長であるベルギウスを見た。

「えっと、ガルバル将軍からはそんな事は……」

「貴族である私に何か言いたい事でも?」

 ここでようやくベルギウスはシリウスの意図を察した。

 これが貴族の争いに巻き込まれた小隊へ最大限できるシリウスのせめてもの贖罪であり貴族への抵抗であると。

 ベルギウス達は傲慢な貴族の自分勝手な判断により戦闘ではなく偵察に行かされるのである。

「いえ、寛大なる配慮感謝致します」

「さあ、何のことやら」

 シリウスはとぼけた振りをしてさっさと自分の馬車に乗り込んだ。馬車の外からはベルギウスの指示によりバタバタと兵士達の馬車に乗り込んでいる音がする。

 こうしてベルギウスが小隊長を務める第八小隊はミラン領に向けて出立した。

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